2.嵐の前

 的場討伐から三日間は特になにごともなく過ぎていった。

 厳密には、ランキングを見るかぎり少しずつ死者は出ていた。ただ、生徒会の視点からは平穏そのものだった。過去の記録を見るに、例年最初の一週間は比較的静かに過ぎていく。もっとも、一昨年に巨大な例外があったため「例年」の定義は怪しくはあった。


(残り872人。去年よりは展開はやや遅いか)


 佐武郎は生徒会が管理する資料室にこもって、各種資料を読み込んでいた。

 過去の卒業式の人数推移と、開始時と終了後のランキング。これを見比べるだけでも興味深い。生徒会にもマメな人間はいるようで、表やグラフの統計分析もセットでついてきた。

 これにより、今年の卒業式でなにか異常なことが起こっていないか推し量ることができる。


(人数の推移についてはふつうだ。ただ、的場のような高ランクが一週間以内に落ちるというのは珍しくはあるようだな)

『ねーねー、こんなのじゃなくてさ、なにか面白い本はないの?』


 ひょっこりと、リッシュは本棚から顔を出して佐武郎の鼻先まで寄ってきた。


「お前のいう“面白い本”はここにはないだろうな。というか、お前まだ日本語読めないだろ」

『ひらがなとカタカナは読めるもん!』

「まあ、漢字はな……」


 そこで、佐武郎はふと気づく。


「“大島”……図書館の長谷川傑はそう言っていたな」

『え?』


 メモ紙に“大島”と書き記し、リッシュに見せる。


「ランキングで“大島”を探してみたが、二名が見つかった。二年に一人、一年に一人だ」

『うん』

「どちらかが図書館のいう“大島”かと思ったが、どちらも男らしくてな」

『え。なんだっけ。あー、“愛するもの”だっけ? だから女の子のはず? ぴぴー! ポリティカル・コレクトネス! 的場がだったかなんてわかんないじゃん!』

「それはまあ、そうだが……あるいは、漢字が間違っていたのかもしれない。“おおしま”――他に表記はあるか?」

『なんでそれ私に聞くの』

「わるかった」


 思いつくかぎり別の表記をメモする。大嶋、大嶌、大志摩……いずれにせよ「大」は共通だ。あり得たとして「多」くらいか。改めてランキングを眺める。ただ、やはり「大島」以外は見当たらなかった。


「ダメだな。悪くない着眼点の気がしたんだが」

『えー、リッシュちゃんの何気ない言葉が閃きに繋がって事件が解決する流れじゃなかったの?』

「なかったようだ」

『じゃあ、この二人のどっちか? やっぱり的場って?』

「さあな。あの図書館が“わからない”というほどだ。姓だけがわかっているというのも奇妙だ。そんな単純な話ではなさそうに思う」

『ふーん』

「これ以上は不毛だな。調べることは他にもある」

『面白い本は?』

「ないっていってるだろ」


 調べることは多い。「大島」については名簿を見ればなにかわかるかと思って先に調べただけで、本命ではない。彼がいま最も興味を持っているのは“管理者”の居場所である。生徒の死殺を把握するためのシステム側の異能者がどこかに潜んでいるはずだ。


『あー、そうだね。どうやってるんだろ。さぶろーが誰か殺したら一瞬でポイントは反映されてたよね』

「ああ。時間差はほぼなく、正確だ。なんらかの異能で監視しているのだろう、とは思うが……」

『まあ、中心じゃない? 学園の真ん中』

「時計塔か」


 時計塔はメテオが占拠している。ただ、メテオというのは星空煉獄を前提とした組織であり、ゆえにその結成は一昨年の卒業式後。つまり二年未満の歴史しかない。それまで時計塔は空白地帯だった。わざわざ学園中心の目立つ位置に陣取ろうなどという自信家はそれまでいなかったのだ。


「時計塔に“管理者”がいるとしたら……メテオとの関係はなんだ。同居人か?」

『うわ、不正のかおりがしてきたね。卒業式ってぜんぶメテオの出来レース?』

「どうだかな。地下かもしれん。高さは誤差の範囲だ」

『どっちにしろ近づけないね。メテオが邪魔で』

「資料室でわかる程度の情報にはやはり限界があるな」


 それでも、資料室で得られる程度の情報はできるだけ頭に叩き込んでおこうと思う。仮説だけではなにもわからないが、仮説がなければ検証もできない。


「端末だな。端末を調べるべきだ。無線だか有線だかはわからないが、端末は確実に外部と通信をしている」

『調べるって?』

「まずは分解だな」

『おこられそう』

「ああ。少なくとも生徒会の協力は不可欠だな」


 今のところ、生徒会はこの方針に乗り気ではない。というのも、佐武郎自身の信用がそこまで高くないからである。この手段をとるにもまだ決め手が足りない。


「地道にアプローチを続けよう。説得が難しそうなら……まあ、強硬手段だな」

『ひえ~』

「そうだ、他にも気になることがある。イリーナの武器の出所だ」


 はじめは、イリーナであればなんらかの手段で持ち込めたのだろうと軽く考えていた。だが、イリーナが持っていた武器は狙撃銃だけではなかった。

 無操作により自動的に煙幕が発生する時限装置。スペツナズナイフ。防毒マスク。催涙弾。

 なにより、イリーナは

 少なくとも事前にそのような打ち合わせはなかった。むしろ、「的場についてはこちらに任せ、図書館の調査を頼む」と伝えたくらいだ(ただ、的場のポイントを二ノ宮綾子に奪われてしまう結果になった以上、それを責めづらくはある)。

 結果、イリーナは逃走には成功したものの狙撃銃を手放すことになった。的場戦において特になにもしなかった(ないしできなかった)ことも踏まえると、イリーナにしては間抜けな結末と言わざるを得ない。


「あれから連絡も取れないが……」

『うーん』

「どうかしたか?」

『私、あの人苦手……』


 これもまた考えても答えは出ない。なにもかもが霧のなかだ。

 メテオの一角が崩れたのは進展として大きいが、それ以外はなに一つ事態をコントロールできていない。異能者の戦場は、あまりにも動きづらい。


「こんなところにいたのね。探したわよ」


 また片桐雫あいつか、と思ったが、声が違う。

 金髪ツインテールがやたらと目立つ女――有沢ミルだった。意外な人物から声をかけられ、佐武郎はしばし硬直する。


「他に誰かいるわけじゃないのね。さっきからずっとブツブツ言ってたの……独り言?」

「探していた、というのは?」

「ずっと資料室ここにいたらしいわね。コソコソ諜報活動かしら?」

「そうですね。まずは公開情報の精査からはじめるのが基本です」

「ふーん……」


 嫌みのつもりで言ったのだろう。当たり前に返されて有沢は不機嫌さを増していた。

 佐武郎が記憶するかぎり、有沢ミルは佐武郎に好印象を抱いていない。執行部のうちでは最も敵意を剥き出しにされている。だから意外だった。ゆえに、片桐のように用もなく話しかけてきたわけではないだろうと佐武郎は察した。


「なにか用ですか、有沢先輩。こちらは一段落したので手は空いています」

「支給品よ。注文したでしょ。そろそろ届くころよ」


 そうだった、と佐武郎は思い返す。注文したのは三日前だ。投下地点を学園の外れに指定している。


「ありがとうございます。時間としては……あと二時間くらいですね。そろそろ準備します」

「私も行くわよ」

「え?」


 佐武郎も思考が止まり、返答に窮した。


「私も行くって言ってんの。ただ支給品を取りに行くって言っても、一人で外出は危険でしょ。だから私もついていくわ」

「えっと、……有沢先輩が?」

「わるい?」


 どういう風の吹き回しだ、と佐武郎はできるだけ態度には出さずに考える。会長の指示でもあったのか、と問うのは失礼に当たるだろうか。変に勘繰るとキレるさまが目に浮かぶ。


「……会長の指示でもあったんですか?」

「私の意思よ! わるい?!」


 思った通りになった。


「では、なぜ」

「危険だから付き添いに行ってやろうって言ってんの! なに、私の善意を踏みにじるわけ? あ、会長にはもう報告は済ませておいたから」


 不可解なことが、また一つ増えてしまった。

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