16.深い霧の中で③

「ぶっはぁ!!」


 瓦礫の散乱する広場で、噴火のように、地面が噴き上がる。さらに細かく砕かれた瓦礫がガラガラと転がり、巻き上がる土煙の中から二人の男が現れた。


「げほっ、げほっ」


 星空煉獄と羽犬塚明である。


「くっそ、やっぱ罠があったか」


 罠には警戒していた。だが、罠があるなら扉を開けた直後だと思い込んでいた。警戒の緩む時間差で大量の爆薬が起爆、彼らは生き埋めとなった。星空煉獄の異能で爆風を防ぎ、星空煉獄の異能で崩れ落ちる天井から身を守り、星空煉獄の異能で脱出した。

 そして、彼らは今に至る。


「……死ぬかと思った」

「死ぬわけないだろ。あの程度で」


 と、言いつつ煉獄にとっても冷や汗ものだった。自身を守ることには慣れているが、仲間を守るのは慣れていなかったからである。


「ごめん。俺たちがあそこを調べに来るってのは読まれてたみたいだ」

「なに、収穫はあった。……あったよな?」

「まあね。卒業式システムがもう修復不能だってこと。桜佐武郎と、あともう一人があの場にいたこと」

「罠を仕掛けたのは桜か?」

「順当に考えるとそうだね。煉獄を殺せるなら殺しておいた方が後腐れはないから」

「それもそうか。俺はもう死んだも同然だから命を狙われることはない、と思い込んでたとこがあったな」

「基本的には逃げの一手だと思うよ。下手にちょっかいかけて返り討ちに遭う方が怖い」

「……なあ。疑問なんだが」


 煉獄は頭を掻いた。


「桜は、なぜ俺のポイントを奪った?」

「え。いや、それは……1000Ptも奪えるなら……」

「過剰だ。正直、俺も稼ぎすぎたと思ってた。つい調子に乗って、四桁の大台に乗せられるならと乗せちまったが……1000Ptは俺が持っているからよかったんだ。俺でなければ、すぐに群がられてられて終わりだ」

「でもまあ、今はポイントシステムそのものが死んでるし。彼を殺してもポイントが奪えないと周知されれば安泰なんじゃないかな」

「だが、桜は二年だろう?」


 解せないのは、その点である。


「どれだけ高ポイントを得ても今年卒業できるわけじゃない。来年以降に正常な卒業式が開催されたらどうする? 生き延びる算段はついているのか?」

「さあ。どこまで考えてやったんだろうね。どっちにしろ会って話を聞けばわかる」

「森へ逃げたと言ってたな。どっちだ?」

「南の方。といっても、俺のことは把握してるだろうから真っ直ぐ逃げたともかぎらないけど」

「地道に探すしかないか。しかし……あー……疲れたな……」

「コーヒーかい?」

「ああ。どっか学食にでも寄るか……」

「いや。森に入ればどっかにあるだろ、秘密基地セーフハウスが。そこに備蓄がある」

「だったな」


 霧が出てきた。彼らもまた、深い霧の中にいる。

 ひとまずの方針は事件の中心人物である「桜佐武郎に会うこと」だ。しかし、会ってどうするのか。なにを問うのか。その答え次第でどうするのか。見通しは立っていない。

 もはや敵をただ斃せばよい戦いではない。覚束ない足取りで、彼らは歩き出す。


「なあ、羽犬。お前は一度桜佐武郎に会ったことがあるといってたよな」

「うん」

「めちゃくちゃ性格悪くないか」


 煉獄は時間差起爆の罠を仕掛けられたことを根に持っている。


「一度会っただけだからね。性格まではわからないけど。まあ、見た感じ、手強そうだったよ。俺が正面から戦いたくないって思うくらいにはね」

「お前が正面から戦いたいって思うことがまずないだろ」

「いや、いやいや。俺も頑張ったんだよ? 生徒会の切り札が煉獄を狙ってたときとかさ」

「ん。そんなことがあったのか?」

「あ、うん。まあね。鬼丸ありすがいて、あとは知らない一年が君を見てた。遠隔から発動するタイプの……煉獄に通用するってなら、即死系の異能かな」

「マジか。ああ、そうか。二ノ宮が俺を殺すつもりなのかと思ったが、いや、そうだな。考えてみれば」

「どうかした?」

「いや。もう終わった話だ。よく生きてたな俺。いや、お前か。羽犬。お前のおかげで生き延びたのか」

「終わった話だよ。それより思い出したけど、鬼丸ありすだ。彼女も、まるで二ノ宮綾子のポイントをごっそり奪うようにしてランキング二位になってたよね」

「ああ。三位が図書館だったな」

「なんだろうね、このへん」

「単なる嫌がらせじゃないのか?」

「嫌がらせ?」

「生徒会会長のポイントを副会長が奪うような形になれば、当然副会長は疑われる。組織は内部分裂だ」

「なるほど。図書館は?」

「似たようなのか、図書館もこの件に絡んでいるのか。こういう陰湿なの、だいぶ図書館あいつららしいからな」

「あー、つまりそれか。注意を逸らすためだ。“図書館も関わっているかもしれない”――そう思わせる。そして、図書館は動かない。嫌疑をかけられた図書館は〈障壁〉で籠城する。それで時間が稼げる」

「なるほどな。やっぱり桜佐武郎、めちゃくちゃ性格悪いな……」

「……うーん……」

「どうした?」

「さっき煉獄も言ってたろ。1000Ptはあまりに大きすぎる。そのへん合理的に考えるなら、ランキング一位は俺あたりに押しつけて、二位か三位での安泰を狙う方が……よくない?」

「うお、羽犬。お前の方が性格悪いな?」


 深い霧の中にいる。ルールを知らない試合ゲームを観せられ、どちらが勝っているかもわからない。そんな気持ち悪さだ。羽犬塚は泣きぼくろを撫でる。

 そんな不安を打ち消すために、羽犬塚はより一層〈探知〉の網に神経を張り巡らせた。


(……見られている?)


 羽犬塚の異能〈探知〉は広い効果範囲を持つ。だが、そのぶん解像度は高くない。把握できるのは生命だけ。意識すれば個々の判別もできるが、基本は魚群探知機のようなものだ。近くに誰かがいるのはわかっても、なにをしているのかを正確に把握することは難しい。

 彼の異能は周囲からは万能だと思われているし彼もその方が都合がいいのでそう思わせているが、注意力を維持するにはかなりの神経を使う。取りこぼしも多く、限界もある。それが彼の認識だ。

 だから彼も、意識外の動きに気づくには時間差ラグが生じることがままある。


(0Ptになったはずの星空煉獄が生きている。不思議がって観察するくらいは普通か)


 実際、そのような好奇心からの視線もあった。時計塔地下で爆発があり、派手に脱出もした。好奇の視線を集めるのは自然だ。


(だが、それだけか?)

「どうした、羽犬」

「いや……」


 敵は誰なのか。それが見えない。霧はますます濃くなっていく。


 ***


『誰か、来るよ』


 リッシュの警告を受け、佐武郎と鬼丸は森へと出た。

 リッシュの移動半径は佐武郎を中心に10m。彼女の本領は壁などの障害物をすり抜けての「透視」にあり、屋外とは相性が悪い。広範囲の索敵能力としては、リッシュが上空からの視座を得ることで本領を発揮する。ただし、森のように見通しの悪い地形ではその形もさして強みはない。しかも今、森には霧が出ている。

 ゆえに、その人物に対しては気づくまでにかなりの接近を許してしまっていた。


「誰だ」

『わかんない。初めて見る』


 佐武郎は拳銃を抜いた。鬼丸にもリッシュの報告を伝える。彼女もまた同様に銃を構えた。戦場で拾った小銃AKだ。

 彼らがいるのは学園島の外縁。人が偶然通りかかることなどあり得ない。彼らの位置を把握し、彼らを探してこなければ、この場所に誰かが来ることなどあり得ない。


「何人だ」

『一人。男の人……だね。多分、他にはいない』


 木々の向こうに、霧の中に、朧げな影が見える。リッシュの情報通り、一人。男だ。そして見覚えはない。彼は真っ直ぐに、こちらへ向かってきていた。


「止まれ。それ以上近づくな」

「ありがとうございます。お話したいことがあってお伺いしました」


 男は警告に従い、立ち止まる。姿勢正しく背筋を伸ばし、手を後ろに組む。

 貼りついたような笑顔の、面長の男。七三分けのツーブロックで短く切り揃えられた髪型。整った紺の紳士服姿。全体的に体型シルエットが細く、そのせいで実際以上に背が高く見えた。


「初めまして、坂本タカシです。桜佐武郎さま、あなたに会いにきました」

「坂本タカシ?」


 佐武郎はランキングの記憶を掘り起こす。たしかに、覚えのある名だ。一年。最後に確認したポイントは4Pt。これといって目立つところはない。わかるのはそれだけだ。なにかの組織に所属しているのか、いないのか。一切の情報はない。彼が坂本タカシ本人であるかも不明だ。鬼丸とも軽く目配せしたが、どうやら同じ認識らしい。


「鬼丸ありすさまもいらっしゃるのですね。生徒会を裏切って桜さまについた形でしょうか?」

「……用件から話してもらおう」


 近づくものをみな敵とみなし、問答無用と撃ち殺す判断もできた。だが、少なくとも彼に敵意は感じられない。数もただ一人だ。警告に従い足を止めた。得体が知れない。銃くらい防げる異能者であるかも知れない。この距離では脅しになっても逃げ出されれば仕留めるのは難しい。

 よく言えば慎重であり、悪く言えば臆病だった。


「ありがとうございます。こうして足を運ばせていただいたのは、取引のためです。桜佐武郎さま、我が国に亡命しませんか?」

 ――坂本タカシ(一年) 防衛省・特殊異能部隊(SUT) 32Pt――

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