7.星空煉獄②
【00:06】
「やあ。煉獄、どうだった」
「妙だ」
短く、眉をしかめながら答えた。
「十九人殺した」
「へえ。まだポイントを稼ぐかあ」
と、煉獄は腕時計の表示を見せる。
「俺のポイントは1Ptも増えていない。1024Ptのままだ」
「……へえ?」
羽犬塚は首を傾げた。
「それより、コーヒーは準備できているな。まずはよこせ」
「ほい」
煉獄は腰を下ろして、淹れたてのコーヒーを羽犬塚から受け取った。一口二口ほど胃に流し込み、落ち着いてから話を続けた。
「ふぅ」
「で、どういうことなんだい?」
「あいつら……、もしかしたら学園の生徒じゃないのかもしれん」
「生徒じゃない? ……なるほど」
不可解な事態に対し様々な可能性を思い浮かべていた羽犬塚は、その一言で合点がいった。
「俺も〈探知〉でいくらか確認したけど、知ってる顔が一人もいなかった。一人もだ。さすがにおかしいと思ってた」
「〈幻影〉とかじゃなくて?」
魅々山が割り込んで指摘する。
「俺の〈探知〉より範囲の広い〈幻影〉か? それなら“知ってる顔”で構成した方がそれっぽいだろ。というか、煉獄。その可能性はあった?」
「ない。動きもとろかった。疑って目も凝らした。全員が自動小銃で武装しこっちに撃ってきてもいた」
「なにものなんだろ」
「学園の生徒じゃないってことは……人間なのかもしれん」
「人間?」
「異能者ですらない、ただの人間――うわっち!!」
揺れ。RPGによる攻撃だ。煉獄は熱々のコーヒーを手に溢してしまった。
「くっそ。許さねえ。皆殺しにしてやる」
「まあまあ。目は覚めただろ?」
「目が覚めるとか覚めないじゃないんだよ。俺はカフェインが摂りたいんだ」
「まだ残ってるから。ほら。で、状況はだいぶ不味そうだけど、どうする?」
戦術においては先に仕掛けた側――
だが、それも結果論だ。「本当にいる」という確信もなかったし、敵の正体もなに一つわかっていなかった。仮に「暴れ回る」戦術をとっていたとしても、巧妙に隠れ潜む彼らには辿り着けなかった可能性が高い。無駄な労力とリスクを負っていただけになっていただろう。
ならば、万全の態勢で待ち構え、迎え撃つ。彼らはその戦略を選択をした。ただ、実際の敵戦力が想定を遥かに超えて巨大だった。「星空煉獄に勝てる」と確信を抱いて攻めてくるにはそれだけの規模が必要だったのだろう。
星空煉獄もまた、それだけの規模を想定していなければならなかった。
「さっきから撃ち込まれてるロケットだが……正直、かなりきつい。どこか外壁に穴くらい空いたかもな。これ以上は時計塔全体を薄く守り続けるのも限界だ」
「じゃあさ、逃げていい?」
魅々山は軽口のつもりで言ったが。
「ああ。逃げろ。羽犬。魅々。お前たちまで失うわけにはいかない」
「え。マジ?」
煉獄が本気で返すので、魅々山は少し狼狽えた。
「俺が包囲に穴を開ける。お前たちはその隙に逃げてくれ。敵の狙いは俺だけのはずだ」
「れ、煉獄……! や、優しすぎて……涙が……」
「やってる場合か」
「いやぁ〜、逃げろって言われてもね……。俺は煉獄と一緒に卒業したいんだけど」
「なんだ、俺が死ぬとでも思っているのか?」
「別に煉獄だけが狙いとはかぎらないだろ。敵さん、逃がしてくれるかな」
「敵が、じゃない。俺が逃がしてやるんだ」
「頼もしいや。じゃあ、お言葉に甘えて……もう行くよ?」
「ああ。またな」
決断は早い。羽犬塚と魅々山の二人は速やかに一階まで駆け降りていった。
煉獄はコーヒーの残りを口に流し込んだ。
「んきゅ。んきゅ。ぷはぁ」
コーヒーを飲み干し、覚悟を決める。
メテオも備えてきた。どのような敵が現れるかもわからないが、備えてきたのだ。
煉獄はロッカーを開く。「武器」がいっぱいに詰まったバケツを両手に一つずつ持ち、再び屋根へと上がった。
【00:09】
「ただいま」
敵の数は千にも及んだ。学園の卒業式では、本来なら全校生徒を一度に相手取らなければありえない数だ。ゆえに、星空煉獄の想定にこの光景はない。
「出てきたぞ! 撃て! 撃てぇ!」
地上からの銃撃は大した脅威ではなかった。高さ30mの時計塔頂上に立つ目標に対してはそもそも当てることが難しい。本気の攻撃というよりは牽制だろう。
問題は数である。千にも及ぶ兵全員が武装している。星空煉獄を斃すために準備し、訓練している。どれほどの兵器を隠し持っているのかもわからない。そんな連中と戦うことを思うと、煉獄は身震いを抑えられない。
(負けるかもな……)
彼をして、そう覚悟させるほどの光景だった。
しかし、それでも。
彼は負けるつもりはない。
バケツに入っていたのはパチンコ玉ほどのサイズの鉄球だ。これを空中にばら撒く。それは煉獄の周りで静止し、残弾を意味する。
星空煉獄の異能は長い射程と高い出力を誇るが、限界はある。彼の異能はいわば長く見えない“手”を無数に有しているようなものだ。ただ、100mや200mも離れている相手にはさすがにその“手”も届かない。
ならば、投げればいい。
物体を十分に加速し、慣性で敵のもとまで届ければよい。
小さな鉄球はそのための弾であり、彼の異能で射出されれば一つ一つが大口径弾程度の威力を持つ。
(まずは、二人の退路を開こう)
包囲は均質だ。ならばどこを狙っても構わないが、逃げるならそれに相応しい地形がよい。
(図書館側だな)
煉獄は鉄球を六十四個ほど、地上の包囲網に向かって叩きつけた。一つ5g程度の鉄球も超音速で射出されたなら散弾銃――否、もはや重機関銃と比べてもなんら遜色はない。人体に命中すれば、腕が千切れ、腹部に穴が開き内臓が飛び出る。柔らかな人体は衝撃波で容易く弾ける。
そして、血と肉塊が赤い道を形づくった。
直後。
「!!」
攻撃を受けた。
学園で最も高い建造物の上に立っていた煉獄が、明確な攻撃を受けた。
煉獄がこれを防ぐことができたのは、小惑星のように――あるいは、原子核を回る電子のように、異能による“手”を多重層に超高速で周回させ続けているからである。
そのために防げばした。備えていたから防ぐことはできた。しかし。
(重い。速い。狙いも精確だった。“手”が痺れるような一撃だ)
遅れて銃声が聞こえた。
煉獄からは、見えるはずもない。
狙撃は、900mも離れた学生寮の屋上から行われていた。
その距離を、ただの一発で、仰角の弾道を計算に入れ、精確に狙いを定めた。
射手の名はイリーナ・イリューヒナ。構える銃はKSVK。50口径対物ライフルである。
12.7mmという大口径の質量によって有効射程5km以上の長距離狙撃を可能としたもの。土嚢や壁に隠れる程度では容易く貫通する。対人では過剰な威力を持ち、人体を上下真っ二つに分け隔てたという記録もある。
その狙撃が、幾たびも延々と星空煉獄に浴びせられる。
(……少し守りを変えるか)
まずは正面から、網の目のように張った“手”で減速させる。さらに、進行方向に対し垂直ベクトルの力を加えることで弾く。精妙な異能操作によって可能となる全周防御。それでなんとか防げる。身体のどこに命中しても致命となる運動エネルギーから身を守ることができる。
(少しでもミスれば死ぬ。こうも狙撃を続けられるときついな……)
煉獄の異能は攻防一体。防御においても完全。360度、全方位に隙はない。
それは強みである。だが、逆に言えば防御に
狙撃は八箇所から行われていた。断続的に繰り返される狙撃のため、煉獄の攻撃はどうしても緩む。そして、さすがの煉獄も狙撃手までは攻撃を届けられない。
(降りてこい……ってことか? 地上に降りれば狙撃の射線は切れる。今度は地上の大群と遊ぶことになるが)
煉獄は時計塔の“壁”を解除していた。守るべき二人はすでに脱出したと思ったからだ。
なれば、煉獄は自身の戦いに集中できる。だが、敵もそれで時計塔を攻めることができる。敵の狙いはまずそこにあるだろうと思っていた。しかし。
(来ないのか? 時計塔に突撃して俺を引きずり下ろしに来ると思ったが……)
いずれにせよ、そのときは来る。地上の大群と戦わねばならぬときが。今のうち減らせるだけ数を減らす。
そう考え、再び六十四個ほどの鉄球を地上に叩きつけるように加速させる。が。
「くっ!」
その挙動にタイミングを合わせるように狙撃が来る。防ぐことはできる。だが、狙いは逸れる。結果、鉄球のほとんどはただ地面に穴をあけるだけに終わった。
(イライラさせてくる。だが、それだけだ。せっかく奇襲を仕掛けてきたわりに動きが緩慢すぎる。決定打の気配がない)
違和感。煉獄は敵の様子を注意深く観察したが、遠巻きに包囲し待機しているだけに見える。地上からも小銃が撃たれているが、そもそも命中率がさほどではない。屋上に立つ煉獄からすれば、彼らはただの的である。
「ああ、そうか。なるほど。お前たちの考えそうなことだ」
敵はもう動いている。〈幻影〉か、〈透姿〉か、〈薄影〉か。なんらかの姿を隠す異能によって、すでに時計塔に侵入している。大して当たりもしないのに撃ってきているのは、つまり陽動だ。
狙いは足元。星空煉獄の防御が全周対応だとして、足元はどうか。
彼もまた地面に立たなくてはならない。地面が削れていないのであれば、そこに防御はない。直下からの攻撃は、星空煉獄も防げない。
「――と、思っていたかもしれないが、こんなこともできる」
煉獄は、浮いた。サンダル履きの足は、確かに地を離れた。
ほんの30cmほどでも、彼は空を飛ぶことができる。
彼の読み通り、敵はすでに複数名が時計塔に侵入していた。
時計塔を支える柱に、あるいは屋根の直下――星空煉獄の足元に成形爆薬を仕掛けて、自らが巻き込まれることも厭わずに起爆した。
【00:15】
時計塔が崩れる。
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