25.その影で
【04:27】
指向性成形爆薬が時計塔地下を貫いた。
それは現状で入手可能な最も高効率の掘削手段だった。
市瀬立花が多様な作戦展開を想定して持ち込んでいた物資の一種。そこに潜入したイリーナが持ち出したもの。それは桜佐武郎の手に渡り、現在の使用に至る。
「遅かったな」
「この下か?」
イリーナは市瀬拓の〈思操〉によって囚われていた。それは事実だ。しかし、彼女はすべての自由意志を失っていたわけではない。彼女の異能によってかろうじて最悪の事態を避けていた。一週間前までは。
(この女は、ここまでの展開をすべて見通していたのか……?)
結果だけ見ればそう思えた。
もし、市瀬拓が星空煉獄を斃し、生存し続けていたのならどうするつもりだったのか。その場合でも、いずれは生徒会かなんらかの勢力によって斃される計算だったのか。
佐武郎はあえて問わなかった。彼女の口が真実を語るとは思えなかったからだ。
***
【04:21】
(まさか、こんなことが……)
彼は爪を噛んでいた。予想と異なる展開が起きている。
星空煉獄は斃されるはずだった。市瀬拓の持つ戦力は過剰ともいえるものだった。九年に渡って集めた膨大な記録と、星空煉獄個人を追って集めた記録。それらを照合して考えても、決して負けるはずがないと確信していた。
だが。
(網谷葵も、市瀬拓も負けた。だとしても――)
生徒会がいる。生徒会もまた、独自に星空煉獄を斃すための策を持っていたはずだ。市瀬が煉獄を斃せなかったにしても、大きく消耗させたことは確かだ。星空煉獄は一夜のうちに二つの勢力から波状攻撃を受けている。だといういのに。
(それが、未だに決着に至っていない。あんな力押しが生徒会の用意していた作戦ではないはずだ)
おそらく、生徒会の作戦もまた失敗した。今はただ無策の状態で最後の望みに縋っているのだろう。
(それで勝てるのか? 星空煉獄を斃せるのか? もし、斃せなかったとしたら――)
その牙はこちらに向くかもしれない。長谷川傑は身震いした。
図書館は卒業式の争いには表立っては出ていない。情報系の異能者を抱え、有利な情報を得ては、状況をコントロールするためにふさわしい相手にふさわしい情報を流す。盤面が整ったなら、卒業を目指すものは少しだけ動いてポイントを掻っ攫っていく。最後だけは賭けになるが、長谷川自身はその賭けには参加しない。
である以上、学園の情勢が彼の手の平から溢れたことはない。
(焦ることはない。星空煉獄は負ける。それだけは確かだ。それまで、ただ待っていればよい)
「オーケィ。市瀬は死んだようだぜ。自爆だ。妹と一緒にな」
樋上が背後から声をかける。長谷川は振り返らずに応えた。
「そうですか。それは残念です」
「ハッ! なにが残念だって?」
「
「今は生徒会とやりあってんだ。そこで負ける。それがやつの限界だろ?」
「どうでしょう。樋上さんは、生徒会が星空煉獄に勝てると思いますか?」
「あ? だったら、どこの誰がやつを斃すんだよ」
長谷川傑はあくまで平静を装った。内心では取り乱しつつも、周囲には気付かれないよう振る舞った。
なにもかもが終わったあとで、「やはり思った通りだった」という顔をしていればよいのだ。
(いや、問題は星空煉獄よりも……まさか彼が、あのような異能をもっているとは……)
市瀬拓が敗れ、死亡した。予想は外れ、戦略は修正を余儀なくされる。目まぐるしく移り変わる戦場を俯瞰し、長谷川傑は「真の敵」を見据えた。
***
【00:26】
時計塔が崩れた。
そして、絶え間ない銃声と爆発音が夜に響いた。それがたった一人に向けられた殺意だと気づくにはずいぶん時間がかかった。
銃声は拳銃のものではなかった。学園で支給されるはずのない小銃を装備した「軍」が犇めいていた。その総数は全校生徒より多い。夜闇ではっきりとは見えなかったが、明らかに異常な光景が広がっていた。
(狙いは星空煉獄、か)
普段は学園の僻地で、卒業式という殺し合いから距離を置く彼も、その異常事態には飛び起きざるを得なかった。すかさず屋上へ登り、遠目から事態の推移を観察していた。
(どんな異能だ。兵士や武器を生み出す異能? この規模で? そんな異能がありうるのか?)
その答えを探るため、遠目からの観察では限度があった。彼は慎重に、戦禍の中心へと近づいた。どんなものであれ、星空煉獄を追い詰めるほどの異能であれば興味は尽きない。
夜の学園を出歩くことは危険極まる。では、この喧騒の最中はどうか。比較的明るい、満月のこの夜はどうか。
軍隊の殺意は星空煉獄ただ一人に向けられていた。下手に近づけば流れ弾を受けかねない。星空煉獄が斃されるなら願ってもない。多くの生徒がそう考え、事態を静観していた。一昨年を知るものは「サンダーVS星空煉獄」の再来だと思った。一方、抜け目なく死体を漁って小銃を回収する生徒もいた。あるいは、そんな生徒を狙うものも。
星空煉獄を中心としつつも、それと無関係な外縁でも争乱は起こっていた。すなわち、その夜は出歩くに最も危険な夜である。戦闘系でない異能者も小銃という火力を手にしてしまっているから。夜闇だけでなく、音さえも喧騒に紛れてしまっているから。
(しかし、これはチャンスだ)
それでも彼は、外へ出た。夜の学園を歩いた。彼にとって「流れ弾」は脅威ではなかったこと。そして、探していた目当ての「白い影」を目にしてしまったから。
それに、腹が減っていた。
***
【00:54】
「いやいやいや……嘘でしょ」
煉獄はどうやら包囲を抜けて森へ逃げ延びたようだった。これならひとまず安心だと一息ついていたところだった。だが、その追撃に榴弾砲が出てきたときには魅々山も腰を抜かした。
「そこまでやるわけ……?」
千人もの武装した兵に加えて、巨大な砲。煉獄一人に向けられる殺意の大きさに眩暈がした。森が赫々と燃え落ちていく様を目の当たりにして、あれでは煉獄も生き残れないと思った。
(困ったな……どうしよう)
時計塔は崩壊し、帰る場所もない。煉獄が死んだとなれば羽犬塚とも敵対関係になる可能性が高い。生徒会からも狙われるだろう。そのなかを、あと二週間近くも生き延びなければならないのか。
(煉獄は死んだ……本当に?)
まだわからない。時計を見る。ランキングの更新まで五時間。時計塔が崩れた今となっては端末に触れることも難しい。どこかの端末を奪うには無茶をする必要がある。そのためだけにすべき無茶でもないように思える。
呼吸を整える。やるべきことを見据える。それどころではないことを思い出す。
「め・い・と・ちゃん〜」
振り返れば獣がいた。全身を真っ赤に染めた獣が。
いくらか被弾した自らの傷もあるだろうが、大半は返り血だ。両手に一振りずつ持つ斧によって引き裂かれた犠牲者の血だ。これが新しいコーディネートだと言わんばかりに、顔も、髪も、腕も、胸も、脚も、背も、全身が血に染め上げられていた。
「もういいでしょ……そんなに殺したなら」
「うん。私を撃ってきた人、撃とうとした人は全員殺したよ」
知能の高い猛獣は自らを狙って撃ってきたハンターの顔を覚え、執拗に追いかけ、復讐する。彼女は、知能の高い狂獣。
「だから、あとは迷杜ちゃんだけだよ」
彼女を〈隔世〉に招いた場合どうなるのか。二つの可能性がある。
①従来通り、片方が死ねば(四十八時間後に復活)解放される。
②両者とも死ぬことができず、永遠に〈隔世〉に囚われ続ける。
どちらが起こるかは試してみなければわからない。②が発生した場合は死よりつらい結末になる。ゆえに、彼女を〈隔世〉に招くことはできない。
「じゃあね」
「また逃げる〜」
何度でも逃げる。逃げ続けるしかない。あるいは、武器でも拾って現世で殺す。四十八時間後には復活するだろうが、それまでは休める。
(いやいやいやいや……そもそもなんで死んでないわけ?!)
あの規模の部隊にぶつけたというのに、またこうして追いかけて来ている。部隊の大半が人間で構成されていたといっても、小銃で武装し訓練もされていたはずだ。今さら魅々山が同じように小銃を拾ったところで狂美を殺せるとは思えなかった。
そして消耗している様子もない。全身が血に塗れて傷のほどもわからない。
今はただ逃げるしかない。とても〈隔世〉なしに勝てる相手ではない。
(でも、いつまでも逃げられるわけがない。どこかで追いつかれたり、破綻する。なにか手は――)
その「破綻」は、すぐに訪れた。
(こんなときに……!)
羽犬塚は「襲われた」といっていた。「話が通じない」とも。であれば、あれは“敵”だ。行く先を塞ぐように現れた影を、魅々山はそう認定した。
障害を排除しなければ、前には進めない。
その障害の名は、ヴァディム・ガーリンといった。
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