三章
1.桜佐武郎
「ねえねえ。前から気になってたんだけど、サブローくんって日本人なの?」
いつだったか、桜佐武郎は片桐雫にそんなことを聞かれた。
「俺がロシアの
「そうそう。だけど、パッと見は日本人じゃん? 日本語も流暢だし」
「訓練次第で
「じゃあ、姿の方は?」
「……俺は生まれも育ちもロシア人ですよ」
「ふーん」
片桐はどうにも納得していない様子だ。
「じゃあ日系ってこと?」
「そう思って構いません」
「んもー、なんでそんなハッキリしないの? 濁されれば濁されるほど気になる〜ぅ」
「逆に聞きますが、なぜ他人の生い立ちがそんなに気になるんですか」
「なんでって言われてもその、なんかさ、いろいろあるじゃん。えーっと、その、あれとかさ」
「なに一つ回答としての体をなしていませんが」
「気になってる理由なんて気になってるからだよ。“実は日本人です”って返ってきてもふーんで終わるし」
「なぜ“ロシア人”という回答ではそこで終わらないんですか」
「うーん、なんでかな?」
調子が狂う。
短い付き合いだが、片桐雫という女はその振る舞いの反面、決して知能が低いわけではない。〈聴心〉という異能のため他人の外見と内面の齟齬をフィードバックして理解しやすいという性質から、日常的にその手の訓練ができているのだろう。
一方で、即応的だという性格もある。「その場の判断」で切り抜ける成功体験が大きいためだろう。「なにも考えていない」ように見えて、「考える必要のないことを考えずに取捨選択している」という評価が的確に思える。
ただ、それはそれとして困っている。
「正直に話しましょうか。俺もよくわからないんですよ」
「わからない? どゆこと?」
「……あなた方も、人工授精と遺伝子操作によって生産されているのですから似たようなものでしょう。姓も当てられてはいますが、ほとんど意味のないランダムなものではないのですか」
「そだねー。ありすから聞いたけど、ふつうは両親とかいるらしいね。サブローくんもそうだと思ったけど、違うの?」
「いるにはいるはずです。おそらく。ただ、俺は知りません」
「うむぅ。なんか踏み込んじゃいけないデリケートな領域だった?」
「そこまでしつこく聞いておいて今さらですか」
「つまり孤児ってこと? 生まれてすぐ捨てられたとか?」
「…………」
その後も根掘り葉掘りと質問攻めは続いた。
生徒会は桜佐武郎を「転入生」であるがゆえ――つまり、「未知」であるがゆえに勧誘した。片桐の質問はそんな佐武郎を「未知」でなくすための情報収集、とも最初は思ったが、おそらくは違う。ただの興味本位だ。
聞かれれば、答えずとも考える。彼女にとってはそれが「答え」と同義だ。だから、彼女は「訊く」という行為が楽しくて仕方ないのだろう。
ただ、佐武郎は彼女の〈聴心〉を警戒して距離を取っている。これは彼女にとってあまり経験のないふつうの質疑応答だ。その齟齬のために質問がいつまでも止まない。
聞かれれば、答えずとも考える。
佐武郎も考える。自分はいったいなにものなのか、と。
***
「例の計画について目処は立っているのか?」
資料室に籠る桜佐武郎に、鬼丸ありすが問いかけてきた。他には誰もいないことを確認した、事実上の密会である。
「まだなんとも。まずは、端末の解体許可を願えますか」
「ああ。占拠はしているがほとんど使用していない端末がある。ただ、お前の計画には反対派が多い。会長もその立場だ。秘密裏に進めるため準備に少し時間がかかる」
(秘密裏に、か。いよいよスパイらしくなってきたな……)
佐武郎の進めようとしている計画。
それは、卒業式のシステムに干渉しランキングを
ただ、副会長の鬼丸ありすだけが、どのような心変わりがあったのか佐武郎を支持している。
(俺の仲間であるイリーナが会長を撃っている。そこから考えて、俺自身も会長を落とせるなら落としたい立場にあると推測は立てられるはずだ。というより、実際そのつもりだからな。にもかかわらず、鬼丸は
佐武郎が生徒会と関わりを持ってまだ二週間足らず。積極的に調査と交流を重ね、おおよその相関図を脳内で組み立てていた。
鬼丸ありすは会長・二ノ宮綾子に心酔している。
片桐雫のような〈聴心〉を持たずとも、言動の観察や周囲の聞き込みでその関係はおおよそ察せる。というより、生徒会そのものが二ノ宮綾子を崇拝する集団である、とすら言える。
(ならば、これはほとんど裏切りに近い、のではないのか……?)
なにかあった、とすれば、考えうることは一つ。
片桐雫の死だ。
「片桐先輩から聞きましたけど、鬼丸先輩も転入生、なんですよね?」
「……ああ。中学からだがな」
微反応。表情変化は乏しいが、片桐の名前を出した際にわずかな動揺が見られた。
「お前は、片桐とよく話していたな。どんな話をしていた?」
「向こうから話しかけてきたんですよ」
「知ってる。どんな話だ」
故人を懐かしんでいる。そんな態度だ。
「どんな、と言いましても……。俺の異能はなんなのかとか、日本人に見えるとか、そんな感じです。大した話はしてませんよ」
「あいつはしつこかったろう」
「そうですね」
「なぜそんなことが気になるのか、と聞き返しても要領の得ない答えだったんじゃないか?」
「そうですね」
そこまで聞くと、鬼丸ありすは押し黙ってしまった。
(わからんな……。なにか感傷的になっているらしいが……)
ただ、罠にかけようといった悪意は感じられない。もっとも、鬼丸ありすには一度すでに騙されている形にはなるので油断はできない。
いずれにせよ、計画は進める。そのためにはもっと情報が必要だ。
「ところで、転入生の情報はありますか?」
「転入生?」
「はい。学園で生まれ育ったものが大半でしょうが、本土から送られてきたものもいるはずです。その時期、人数、具体的には誰がそうなのか。記録は残っていますか?」
「ある。ただ、中学以前のものは正確ではない」
「この学園だけで結構です。それも二年以内」
「お前のような、別勢力のスパイが紛れ込んでいることを考えているのか?」
「そうですね」
やはり鋭い。というより、同じことを考えていたのかもしれない。
「だが、お前の話を信じるなら異能者を保有しているのは日本とロシアの二国だけなのだろう? ここは日本の学園だ。ロシア以外に誰が
「日本ですよ」
「なに?」
「日本は学園の卒業式をモニターしています。どこまで詳細に把握できているかは不明ですが、少なくとも星空煉獄という新星の存在は把握しているでしょう」
「そうか。日本としてはできるだけ強い異能者に残って欲しい。つまり、星空煉獄に卒業してもらいたいわけだな」
「はい。ゆえに、日本にもまた卒業式の結果を操作するため工作員を送り込む動機があります。そしてそれは、
「もし日本側の工作員がいた場合は
「厳密には星空煉獄の味方であり、俺にとっては最も厄介な敵です」
あえて訂正し、正直に話す。信用を得ることを優先する。
イリーナが囚われているなら「日本側の潜入員」による可能性がある。その仮想敵を排除することも佐武郎にとっては急務だった。
「話はわかった。
「そうですね。心当たりはありますか?」
「心当たりはないが、いるとするなら消去法でかなり絞ることはできる」
「というと?」
「お前を勧誘したように、転入生に対しては片桐が一通り声をかけていた。転入生は我々にとって未知であると同時に、彼らもこちらのことを知らない。つまり、片桐に対しての警戒心も低い。適当に話しかけて〈聴心〉で探りを入れていたわけだ。なかにはついぞ捕まらなかったもの、あの片桐ですら話しかけづらかったと退いたものもいるが、ほとんどは〈聴心〉によって素性を確認している。そのリストが気になるならあとで確認しよう」
「お願いします」
「少なくとも確認できているうちにはお前のようなスパイはいなかった。本土で事件を起こし、発見され、捕獲され、移送された。だいたいそんなところだ」
「となると、気になるのは確認できなかった方ですね。なぜ確認できなかったのか、という記録も残っているのですか?」
「どうだったか……。転入生が好成績を上げた例は少ない。卒業率もゼロに近いほど低い。ゆえに、転入生に対する警戒はさほど高くなかった。そこまでの記録は残していなかったかもしれない」
「では、どのようなケースがあったかは思い出せますか?」
「そうだな。名前を見れば思い出せるか……ああ、そういえば、片桐が話しかけたものの逃げ帰った、という例もあったな」
「逃げ帰った?」
「相手が“話すこと”を発動条件とする異能者だとわかったからだ。会話を深めることで精神に干渉し、支配する異能。このまま会話を続けるのはまずいと、片桐もすぐに緊急離脱したとのことだ」
「なるほど。その人物については素性の確認もできていないわけですね?」
「そうだ。片桐の異能はあくまでその場で浮かんだ考えを聴くものだ。生い立ちについて質問しなければその考えも浮かんでこない。片桐はそこまで踏み込む前に切り上げた」
「その人物はまだ卒業式で生存していますか?」
「そのはずだ。ポイントは低いがな。名前は、確か――」
鬼丸は記憶を手繰り寄せ、答える。
「市瀬拓」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます