4.決戦前③
「よう。鬼丸ありすはいるか?」
大講堂を訪ねた男は、玄関前に顔を見せるなりそういった。
テンガロンハットを深く被り、歯を見せて笑む男だった。くちゃくちゃと音を立てて顎を動かしているのは、ガムでも噛んでいるのだろう。
――
さらに、背後には双子の少女がいた。見分けのつかぬほど同じ姿をした、銀髪ショートの双子だ。背丈は低く、質素な黒のワンピースを身に包み、人形のような印象を受けた。だが、眼は生きている。その佇まいから、彼女たちは樋上の護衛なのだと察することができた。
「誰? そしてなんの用?」
玄関から現れ、応対するのは有沢ミルである。
「鬼丸ありすを出せ。それでわかる。つーか、俺が来てんのは見てたろ。いちいちもったいぶるな」
「ああ。見ていた」
奥から、さらに鬼丸ありすが姿を見せる。
「……知り合い?」
「ああ。去年、図書館で見た男だ。樋上董哉だな。お前が図書館に所属していることはわかる。だが、なんの用かまではわからないな」
「まー、それはそうだろうな。わからねえようにしておいた。伝えることは一つ。〈契約〉の“時”が来た」
「――!」
鬼丸がなにかに気づく。というより、思い出していた。
「じゃ、用件はこれだけだ。帰るぜ」
「待て。なんだこれは」
鬼丸は当惑しながら問う。
「ん? 俺からの説明が必要か? それはあのときに済ませておいたはずだせ。去年、図書館に訪問したお前は、同じく図書館を訪ねていた市瀬拓と〈契約〉した。手の内を晒す代わりに、時が来るまで詳細を忘れるという〈契約〉だ」
「……そのときが来たというわけか」
「そうだ。市瀬にとって敵はあくまで星空煉獄。
「ああ。思い出した」
「オーケィ。なら、もういいな。あ、いやまだあったか。作戦の決行は明日――日付が変わった直後、〇時だ」
「わかった」
「よし。つーわけで、今度こそ帰るぜ」
そういい、テンガロンハットを押さえながら、樋上は双子を連れて大講堂をあとにした。
「ちょっとちょっと。どういうこと? 意味わかんないんだけど」
「私も説明が欲しいわね、ありす」
さらに、その場に二ノ宮会長も加わった。彼女らは大講堂内に戻り話を続けた。
「はい。余さず説明します。星空煉獄を斃す方法――“四天王が二人になるまで待て”の意味も含めて。そして、これからなにが起こるのか」
「いや……、それより、さっきのあいつは誰なの?」
「〈契約〉の異能者だ。私は去年、彼の異能によって市瀬拓と〈契約〉を交わした」
「そのへんの話はだいたい聞いてたけど……市瀬? そいつも図書館の? あの図書館がマジで仕掛けるってこと?」
「いや。図書館はただの仲介役だ。市瀬拓はまた別の独立勢力。我々のように一年以上前から星空煉獄を斃すために準備を進めていた
「マジ? そんなやばい異能者いた?」
「いたんだ。彼らはずっと潜んでいた。星空煉獄に完全な奇襲を仕掛けるため。さらには、
「それは驚いたわね。なにか未知の勢力が潜んでいる――というのは漠然と感じていたけれど……。そう。彼らはつまり、数百人規模の
「数百人!?」
「そうなります。加え、長い訓練を経て統率された組織です。彼ら自身は“烏合の衆”などと名乗っていますが……まるで実態に即さない、皮肉かなにかのつもりなのでしょう」
「へ、へえ……。でも、勝てる? 数百人で囲んだからって、あの星空煉獄に……」
「勝てる。
***
「おかえりなさい。樋上さん。無事、伝えることはできましたか?」
図書館へ戻り、彼は長谷川傑に迎えられる。金縁の眼鏡をかけた、やや老けた男だ。無精髭に、頬骨が出ている。彼はソファに座り、ゆったりと寛いでいた。
――長谷川
「ああ。道中でも特になにもなかったな。こいつらのおかげだ」
樋上は護衛としてついてきた双子の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「生徒会は動きそうですか?」
「ん? それはわかんねえな。ただ、去年伝えた情報を思い出すように〈契約〉を解除してきただけだ。まー、その情報があればいい感じに動くんじゃねえか?」
「結構です。下手に助言する必要もありません。生徒会は生徒会の戦略で動けばいい。彼らにも彼らなりの勝算があるはずです。布石は打ちました。これで、きっと星空煉獄は死ぬでしょう」
「へえ。俺はいまいち信じられねえけどな。あの星空煉獄だぜ? 確かに、市瀬とやらの戦力はかなりバカでかく膨れ上がっているとは思うが。だからといって……勝てると思うか?」
「さあ。どうでしょうね」
「おいおいおい。ここまでお膳立てしておいてなんだそりゃ。さっき死ぬって言ったよな?」
冗談だろ、と樋上は肩をすくめる。
「これまでに、誰も星空煉獄を斃せてはいません。誰も彼の限界を知りません。であれば、彼に勝てるかどうかは断言はできません。確実に勝てる戦いなど存在しないのです」
「そりゃそうだろうが、つまんねえ答えだな」
「ええ。もちろん、勝っていただかなければ困ります。我々はこれ以上動きませんが、さすがに動き過ぎましたからね。網谷さんと、市瀬さんを信じます」
「信じる、ね」
曖昧に言葉を濁しているが、この男は勝利を確信している。樋上にはそれがわかった。であれば、きっとそうなるだろう。
「おろ? すごいなあ。そこまでやるんだあ」
声の主は、女である。本棚を背にして床に座り込む、両脚を失った女だ。微笑みを浮かべながら目を瞑っている。その言葉は単なる独り言のようであったが、図書館の面々は彼女の声を注意深く聞いていた。
――
「どれどれ」
そんな彼女のもとに力強い太眉の麗人が歩み寄り、隣に腰を下ろす。緩いパーマの入ったショートボブと中性的な顔立ちで一見して男性にも見紛う。目を瞑る視村の手を取り、彼女自身も目を瞑った。
――
「なるほど。これはこれは」
それに応じるように長谷川も目を瞑る。長谷川もまたその光景を“視る”ことで感嘆の声を漏らしていた。
「さすがですね、市瀬さんは。ここまで念入りに準備なさっているのですか」
これが図書館だ。図書館に居ながらにして学園中を覗き見ている。そうして彼らは、ポイントを稼ごうと思えば稼げるような好機を幾度も目にしてきた。だが、彼らは動かない。ただ情勢を俯瞰し、準備し、必要であれば対応する。ゆえに他勢力は彼らがなにを知り、なにを知らないのかも把握できない。
その図書館が、今回の件では比較的積極的に動いた。市瀬拓の率いる“烏合の衆”に協力し、生徒会とのパイプも繋いだ。樋上を介して〈契約〉を結んだのである。
(仮に市瀬が星空煉獄に勝ったとして、次の敵が生徒会ってんじゃ“先”がねえからな)
そうして、市瀬は対メテオの戦場から生徒会という不確定要素を排除した。星空煉獄に勝利したあとの出口を開いた。生徒会としては、烏合の衆が勝とうが負けようが漁夫の利を得られる。図書館はただそれを対岸の火事と眺める。
すべては星空煉獄を斃すため。三者の利害が一致した結果だ。だが、そのうちで腑に落ちない点が樋上にはあった。
「ところで、あと一つ気になってたんだが、いいか?」
「ええ。なんでしょう」
「あんた、今年も留年するつもりだよな? だったら、なんで星空煉獄を斃そうとする? いや、俺はありがたいぜ。今年で卒業するには、あれは邪魔すぎるからよ」
「学術的好奇心――といったら、怒りますか?」
「あ? ったく、まともに答える気はねえんだなって思うよ。本気で言ってんのか?」
「半分は本気です。樋上さんも興味はありませんか? 星空煉獄の限界です。一人の突出した異能者が、果たしてどこまでやれるのか。その実験のためには、彼らはこのうえない
「はあ。遊び半分かよ。もう半分は?」
「ええ。簡単な話です。星空煉獄が斃れなかった場合、私にも命の危険があるので」
「くく。そうだな。こーやってコソコソ暗躍して背後で笑ってるクソ野郎、俺が煉獄だったらブチ切れてぶち殺しにくぜ。ただまあ、いくら星空煉獄でもあんたの〈障壁〉を破れるとは思えねえが?」
「具体的にどのような破るかはわかりませんが……こうして籠城しているだけの私を星空煉獄は面白く思っていないのでしょう。我々はポイントこそ低いですが、彼にとってもはやポイントは重要ではありません。ただ、気に入らないものは叩きのめしたい。そのために彼が本気を出したのなら、私も無事ではすまないかもしれません」
「ふうん。別に恨まれる覚えがあるわけでもねえのか。臆病がすぎるぜ。あんた」
「ええ。私はとても臆病です。だからここまで生き延びてこられました。そして、臆病なまま卒業したいと思います」
「はっ。あんた、ポイント稼ぐ気あんのかよ」
図書館はただ、静かに状況を
情報を得て、然るべき勢力に情報を流し、事態を動かす。災いを引き起こしながら、自らを渦中の外へ置くように。
ゆえに、図書館は無敵であった。
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