17.地下迷宮
謎の集団と行き違いになるのを、彼女たちは陰から見送った。
その進行方向と「声」から判断して、行き先と目的はわかった。その数は約二十人――おそらく、敵の全戦力に近いだろう。生徒会を攻め落とそうとするなら可能なかぎり戦力は集中すべきだ。逆にいえば、敵の拠点はいま最低限の守りしかないはずである。
この時点で、敵の狙いは捜索隊を誘い込んで罠にかけることより、捜索隊を出動させて戦力を分散し手薄になった本部への襲撃にあると判断できた。
(であれば、なぜあえてそれを知らせるように騒いで進軍している……?)
疑問はあったが、まずは連絡だ。鬼丸ありすは敵の進軍を知らせるための連絡役として有沢ミルを帰した。そして、そのまま本部の防衛に加われと指示した。むろん抗議はあったが、
「地下練武場……こんなところにもあったのか」
異能を外部に漏らさずに訓練できる密室には需要がある。ゆえに、学園には各地に多数の地下練武場が存在する。なかには生徒が自主的に掘って建造したものもある。そして、生徒会ですら把握していない地下空間もまた存在していた。
学園北東。グラウンドの端。部室棟の地下にそれはあった。
「ここ……だと思う。いや、もっと下かな……」
〈追跡〉の異能者・及川みくが指をさす。彼女が追うのは生徒会長・二ノ宮綾子を苦しめる〈呪縛〉の異能者である。〈呪縛〉はその発動中、動くことができない。ゆえにどこかに隠れ潜んでいることが予想された。
無人の練武場を捜索し、さらに隠された地下空間を発見する。空の段ボールで覆うだけの雑な隠し方だったが、あると思って探さねば見つからぬ落し戸である。
「よいしょ。うわっ、だいぶ広くて暗そうだね。ライトとか持ってきてる?」
片桐雫が鬼丸と手を繋ぎながら落とし戸の奥を覗き込む。
「あいにく用意はないな。だが……」ガサゴソと片隅のロッカーを探す。「やはりあったか。ちゃんと動作するし、人数分ある。片桐、誰かいる様子はあるか」
「んー、ちょっと待って。いるような、いないような……」
「曖昧だな。そういうことがあるのか?」
鬼丸と手を繋ぎ〈増幅〉された片桐の〈聴心〉の射程は半径30m。これだけの範囲を覆えれば索敵・偵察能力として十分に有用だ。
「わからない。なにか、いるにはいるんだけど、……こんなの、初めて聞く。人じゃないのかも」
「人じゃない?」
「なんか、声になってないっていうか……。〈呪縛〉の異能者も……まだ範囲外かな? みくちゃん、距離とかわかる?」
「あまり……わからない、けど……まだ遠い、と思う……」
「30mよりは遠いのかも。ってことは、めちゃくちゃ広いんじゃない? この先」
「及川。手を貸せ」
「ん? ん……わわっ、なにこれ」
「これで正確な距離はわかるか?」
「えと……50m? 方向も、はっきりわかる……」
及川はやや斜め下を指さす。だが、鬼丸が手を繋いでもわかるのはここまでだ。
これ以上の事前偵察が意味をなさないのであれば、突入するほかない。どのような危険があるかはわからないが、鬼丸と片桐ならば待ち伏せには対応できる。
ただ、心を持たないブービートラップには対応できない。敵の心を聞くことができれば、その情報をも得られるはずだった。
(敵は生徒会を狙ってきた。周到な準備で、調査も十全に行っただろう。ならばこれは、片桐の対策か? 片桐の異能はほとんど知られてはいないはずだが、推測する材料がないわけではない……)
「ありす。考え過ぎはダメだよ。行かなきゃわかんないときは、行かなきゃ」
片桐が手を引く。二人でいるときはいつもそうだ。
鬼丸も考えを改める。警戒を怠るわけではないが、尻込みしていても仕方ない。
「それで、この先なの? お姉ちゃんをいじめてる人」
ここまで会話に加わることなく退屈そうにしていた二ノ宮狂美は、大きな欠伸を零した。
というのも、先の集団が過ぎ去るとき、あれこそが姉の仇だと直感した狂美は向かって襲撃しようとしていた。鬼丸と片桐が必死で抑えた。そのことを不満に思って拗ねていたのだ。
「うん。この先だね。この先だったら、いくらでも暴れていいからね」
「わかった。皆殺しにする」
機嫌がなおったわけではないが、合意は取れた。
「お姉ちゃんをいじめていいのは、私だけだもん」
突入する部隊は四人。鬼丸ありす、片桐雫、及川みく、二ノ宮狂美だ。
彼女たちは暗がりの地下へと、足元に注意して一人ずつ降りていった。
先は、一人がやっと通れるだけの狭い道だった。天井も高くはない。閉所恐怖症でなくとも息の詰まるような閉塞感があった。空気も淀んでいる。奥には曲がり角が見え、それだけで複雑な構造を予感させた。加えて、ずいぶんと暗い。彼女らは練武場で手に入れたLEDライトを点灯し、周囲を照らした。
壁と床の材質は土塊だった。コンクリートに覆われた練武場と比すれば「手作り」感がある。“敵”が増築したものだろう。それも人知れず成し遂げた工事であるなら、異能によるもの以外にはあり得ない。壁は丁寧に均されており、軽く叩くかぎり厚みもあり強度も高い。その精巧さも異能によるものである証左だった。
怪物の胃に迷い込んだ心地がした。
「これ、まさか迷路……?」
曲がり角まで差し掛かり、さらに道が複雑に分岐しているのを見て、確信する。日用的な施設にはあり得ない無意味な構造は、迷わせることそのものを意図したものだ。
すなわち、敵は人員を割かぬ代わりに迷路を防衛の要としている。
「まんまと誘い込まれてしまったか」
「っても、この先でしょ? というか、敵はここを毎日行き来してたりするわけ?」
「抜け道があるかも知れないと?」
「それとも、ずっと引きこもってたのかも?」
「少なくともついさっき出ていったようだな。いや、ここから出たとはかぎらないか。拠点はあくまで練武場で、この迷路は〈呪縛〉の異能者を守るためだけに用意したものかも知れない」
「いやまあ、そうでしょさすがに。交通が不便すぎるって。暗いし迷うよ」
「だとすれば、警戒度はさらに上げる必要があるな」
警戒すべきは罠である。たとえばワイヤー、落とし穴などのブービートラップ。異能によって建造されたものであれば壁も天井も油断できない。閉所ではなんらかのガスによる罠もありうる。支給品のうちにわかりやすい兵器化された毒ガスは存在しないが、学園の備品から手作りできるものは存在する。
「今度は三叉路か」
迷路は進むほど複雑さを増していった。空間を最大限活用するかのように路は狭く、無駄がない。
一方で、鬼丸の攻略にも無駄はない。鬼丸はこれまで通った路の形状を記憶していた。同じ道をまた辿るような愚は犯さない。それでもなお、警戒しながらの歩みは遅かった。一刻も早く会長の〈呪縛〉を解除したいと逸る気持ちを抑えた。
「片桐。人の気配はやはりないのか」
「ないねー。だから、罠があるとしても落とし穴とかの古典的なやつじゃないかな。そんな複雑なことはできない気がする」
「……〈爆化〉による地雷もあるんじゃないか?」
「それやったら迷路そのものが崩れない?」
「生き埋めにするつもりかもしれん」
「〈呪縛〉の異能者もいるはずでしょ?」
「距離が離れている。そいつは安全圏にいるのかも知れない」
「だとしたら、さっさと先行かないとね。敵の懐に飛び込むほど致命的な罠はきっと減る!」
「かもな」
「壁、壊してもいい?」
答えを聞く前に、彼女――二ノ宮狂美は、両斧を振りかぶって叩きつけた。壁は崩れ、穴が空き、道が開いた。
「…………」
鬼丸は呆れた。そして感心した。
なぜ、敵のつくった迷路を馬鹿正直に攻略しようとしていたのか。己の至らなさを恥じた。そもそも、本当にゴールのある迷路であるかどうかもわからないのだ。迷路に見せかけた袋小路なら迷うだけ損である。
「方向、こっちであってる?」
「……うん。あってる。道が開いたことで、より鮮明に繋がってきた感じ……」
「じゃ、どんどん行くよー」
狂美が次々に壁を壊し、一直線に突き進んでいく。決して脆いつくりではない。だが、鉄筋コンクリートの壁を容易く破壊する狂美にとっては豆腐のようなものだ。斧は決して掘るための道具ではないが、狂美の膂力が用途外を補って余りある。疲れる様子もなく、壁を何層も破壊していった。
「いやぁ~、ちょっと待ってね」
狂美が次の壁を破壊する前に、片桐は壁を叩いて硬さを確認する。材質はただの土だ。とはいえ、土も固めれば十分な強度を持つし、建材としても利用できる。
そのうえ、壁は厚い。破壊された壁の断面を見ても30cmはある。密度も極めて高い。
今度は蹴ってみた。はじめは軽く。次は思いっきり。金具の入った安全靴ではあったが、表面がわずかに擦れた程度だ。掘るよりは順当に迷路を攻略した方が早い。そう思えた。
「どしたの? どうしたの?」
「いや、うん……すごいね」
その壁を、狂美は難なく破壊する。たとえ適正な道具――スコップやハンマーがあったとしても、同じことができるビジョンは見えなかった。
「あ、聴こえた。いるよ。バカスカ壁を壊してきたから、音にだいぶ慌ててる」
片桐の異能が目標を捉えた。
「それにもう一人。多分、この迷路をつくった異能者かな。めっちゃキレてる」
「他には?」
「いない、はず……?」
いないはずだった。目標周辺には。そして、
「グルォォォォ……」
だが、迷宮に棲む怪物はいる。
足音の重い響きで、彼女たちはその接近を知った。
荒々しい呼吸音と唸り声で彼女たちはその殺意を知った。
ヒグマ、という名で知られる怪物である。
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