第59話 思い
5分ほど歩くと目的の水族館に到着することができた。日曜日ということもあってか、家族連れからカップル、友達同士で来ている人など多くの人がいる。中には一人で来ている猛者もいた。
「うわー。外観からみても大きいねぇ。ペンギン早くみたい」
「さっそくチケット買って中に入ろっか」
料金は学割で二人で三千円。最初は俺が二人分払おうとしたが、思いっきり却下された。
「私のためにいろいろしてくれるのはとっても嬉しいけど、それは私も同じ。だからここは割り勘の方が良いと思うの。私、川上くんが一生懸命働いて稼いだお金だって知ってるから」
「春野さんは良い人過ぎるよ」
「私だって普通の女の子だよ。ただ川上くんのことが大好きってだけ」
そういうと次は春野さんの方から俺の手に触れてきた。そして先程と同じように絡まる指。さっきよりは自然に繋げている気がする。
「よーし。行こっか」
こうして俺たちはゆっくりと館内の見学を始めた。暗い館内は静かで落ち着く雰囲気で、春野さんの「わぁ」という小さな声をはっきりと聞くことが出来る。
水槽の中を優雅に泳ぐ魚たちは俺と春野さんのことを祝福してくれているみたい。
魚の説明を読んでいくと知らなかった特徴があって二人で驚いたり、意外な習性に笑ったり。今は、一緒にいてドキドキするというよりも落ち着くといった方がしっくりくる。
しばらく歩くと春野さんの楽しみにしていたペンギンのコーナにやってきた。
「川上くんペンギンペンギン!」
ペンギンを見るなり子供のようにはしゃぐ春野さん。本当に好きなんだな。こんなことくだらないって分かっていても、ちょっぴりペンギンに嫉妬してしまう。
顔を綻ばせてペンギンたちを見つめる春野さんはいつもにまして可愛い。今の俺はペンギンではなく春野さんに釘付けだった。
「可愛いよ」
漏れてしまった心の声。いつもは照れ臭くて言えないけれど、今は自然と声となって気持ちが溢れ出した。
春野さんと目が合う。そして彼女はニコッとはにかんだ。
「ありがとう。えへへ、ちょっと照れっちゃった。好きな人に可愛いって言われるのすっごく嬉しくてドキドキしちゃう」
そういうとペンギンのガラスケースに背を向けて俺の正面に向き直って口を開いた。
「私も川上くん……颯汰くんのことかっこよくて大好き。今日は私、たくさん好きって言いたいから……颯汰くん好き……大好き」
時が止まった。そんな気がした。
嬉しいとかそういう言葉では表すことのできないほどの感情が俺の全身を駆け巡る。愛おしい。目の前にいる春野美吹という女性のことが愛おしくて仕方ない。
震える口をなんとか開き、俺も応える。
「俺も美吹のこと大好きだよ。絶対離したくない。美吹が俺にくれた思い出は絶対に色褪せないから」
そしてそのままどちらともなく抱きしめあった。
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