第42話 食後

 当たり前だがご飯は食べれば減るわけで。それがあまりにも美味しいものだったらさらに減るのは早くなるのも当たり前。


「ごちそうさまでした」


 お皿は空っぽ。見事に完食してしまった。満腹だ。そしてすごく美味しかった。一人で食事をとることも多かったから、温かい食卓の良さを実感する。


「ここまできれいに食べてくれると嬉しい」


 ニコッと笑う春野さん。


「ねぇねぇ。私、良いお嫁さんになれると思う?」


「お嫁さん」そんな単語を聞くとは思わなかった。小さい娘が親戚のお兄ちゃんとかに使う単語のイメージがある。


 しかし、女の子から発せられるこの言葉。威力がありすぎだ。この状況でそんなことを言う意味は一つしかない。


 俺と将来をってことだよな。やばい。そんなこと考えるとようやく落ち着いた心臓がまたうるさくなってくる。


「川上くん顔紅くなっちゃってるよ。部屋暑い?」


「いや大丈夫だよ。麻婆豆腐食べるて身体が熱くなっちゃった」


 違う。今身体が熱いのも心臓がうるさいのも全部春野さんのせいだ。俺をドキドキさせるようなことばっかり言うから。


「私も熱くなっちゃった。クーラーつけよっか」


 シャツの胸元をパタパタさせながらクーラーのリモコンを押す。扇情的だ。目が釘付けになる。


 ダメダメだ! そんなこと考えるのは無し。女の子はそういう目線には敏感だと聞く。こんなことで好感度を下げたくない。


 目線を無理やり変える。そしてしばらくすると涼しい風が吹いてくるようになり、少しずつ身体の火照りも治まってきた。


「ごちそうさま〜」


 春野さんも食べ終わったようでもちろんお皿は空っぽだ。


「それじゃあお皿洗って来るよ」


 料理作ってもらったんだからお皿を洗うのはもちろん俺だ。そう思って立ち上がろうとしたところでストップがかかる。


「食器なんて洗わないで良いからこっちに来て」


 ぽんぽんと自分の横横を叩いて座ってとアピール。ご丁寧になぜか座布団まで用意されていて、逃げ場がない。


「はーやーくー。後で私が洗っておくから」


 こうなったら春野さんの横に行く以外の選択肢はない。立ち上がって春野さんの横に座ると、嬉しそうに春野さんが微笑む。


「えへへっ。今日も疲れたね」


 そう言ってコツンと頭を俺の肩に乗せてくる。なんだこの可愛い生き物は。


 どの男子もが憧れるシチュエーション。こんな近くに春野さんがいる幸せ。ふんわりと甘い香りが疲れた身体を癒やしていく。


 このまま寝てしまったら最高だろう。ただそれは出来ない。お泊まりイベントはまだ早いのだ。


「本当お疲れ様。本当はもっとこうしていたいけどそろそろ帰らないと明日起きれなくなりそう」


「そっか……でも仕方ないよね。お皿は本当に大丈夫。玄関まで送るよ」


 申し訳ない。でもここで寝るわけにはいかないし、明日また元気に春野さんと顔を合わせるためには帰って寝るしかない。


「それじゃあおやすみなさい。ご飯ごちそうさま。本当に美味しかった」


「ありがとう。おやすみなさい」


 靴も履いてもう春野さんとはお別れだ。明日にはまた会えると分かっていても寂しさがある。


「あ、あの川上くんっ!」


 ドアノブに手をかけ、いざ部屋を出ようとしたところで呼び止められる。


「最後にお願い。す、好きって……好きって言って欲しいの……」


 こんなお願いアリなのか? さっきまでぐいぐい来ていた春野さんがしおらしく、そして俺にトドメを刺してきた。


 可愛い攻撃に脚がふらふらになりそうになりながらもなんとか耐える。そして春野さんの願うことを、心を込めて。


「好きだよ春野さん」


「っっ……! ありがとう。私も川上くんのこと大好き」


 愛情を全身に感じて俺は春野さんの部屋を後にした。ちょっと俺のHPはそこでゼロになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る