第58話 デート

「集合時間まで後20分か」


 腕時計で時間を確認してみると春野さんと約束した時間より20分も早く集合場所の駅に着いてしまった。


 いくらなんでも早く来すぎだと思うが、遅れるよりは全然良い。遅れるのと早く来るのでは全く違うからな。


 さて、この20分どうしようか。近くのコンビニで飲みのもでも買ってこようか。そう思った時、俺を呼ぶ声が微かに聞こえた。


 その声は絶対に俺が聞き間違えることのない人の声で。振り返ると大きく手を振ってくれる俺の大切な恋人が駆け足でこちらへやって来ていた。


「おはよう川上くん! 集合時間まだまだなのに早いね」


「う、うん。待ちきれなくってさ」


「えへへっ。私もっ」


 そういって照れるように前髪をちょんちょんと触る春野さん。今日の彼女の服装は白いボタンワンピース。夏らしくて、そして春野さんの可愛さを全面に押し出したファッションと言える。


 いつも着ているような服装じゃないってことは今日のために着てくれたのかな。俺とのデートを楽しみにしてくれていたのかな。そんな考えが頭をよぎる。


「それじゃあ行こっか」


 交通系電子マネーにお金をチャージして、予定より一本早い電車に乗る。車内は思ったより空いていて簡単に座ることが出来た。


 目的地の水族館までは3駅ほど。かなり大きい規模の水族館で全国的にも有名だ。


「えへへっ。川上くんとデートだっ」


 列車に揺られながら春野さんはご機嫌そうにそう言って俺の方に少し肩をくっつけてきた。それと同時に心臓が跳ね上がる。春野さんと当たっているところだけが異常に熱い。


 でもなぜか心地良い。まるでこれが最適解だと言わんばかりの良さ。たまに電車が激しく揺れて密着度が高まったり、逆に離れたり。そんなことを繰り返しながら目的の駅まで行くのだった。




 ◆◆◆



 水族館最寄りの駅にやってきた。ここからすぐそこのところに水族館はある。駅からも直通ができて、俺たちと同じように水族館に向かう人たちも多い。


 今なら手を繋ぐチャンスなのでは? ふと、そんなことが頭に浮かぶ。俺と春野さんは未だに手を繋いだことがない。俺がヘタレなのが全て悪いのだが……今回の俺はヘタレない!


「は、春野さん……手繋がない?」


 精一杯の勇気を振り絞って俺は春野さんに手を繋ぐことを提案した。断られたらどうしよう。一瞬、そんなことを思っていたがそれは杞憂に終わったみたいだ。


「うんっ。繋ごう! えへへ、うれしい川上くんの方からそう言ってくれて。じゃあ早速良い?」


 ちょんと俺の指と春野さんの指が触れ合う。最初はほんのちょっと触れていただけだったのが、少しずつしっかりと手と手で触れ合うようになって。最後には指と指を絡ませるいわゆる「恋人繋ぎ」となった。


 やばいやばい! 指を絡ませるとか上級者向け過ぎる。感じる春野さんの手の感触。とてもすべすべしていて、俺より断然細く強く握ったら壊れてしまいそう。


「にぎにぎ〜」


「ちょっと春野さん!」


 そう言って緩めに握っていた指と指の間を春野さんの指が動き回る。それがくすぐったくて思わず手を離しそうになる。


 それを離さないと言わんばかりにギュッと握られる手。もう何がなんだかわからなくなりそう。


「よーし水族館にレッツゴー!」


 こうして俺たちのデートが始まった。



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