第57話 デート前

「着ていく服がない……」


 春野さんのデートを前日にした俺はクローゼットの前で呆然としていた。俺のクローゼットには春野さんとの初めての予定をしっかり立てたデートに着ていくに適う行くが一着たりともない。


 今日は夜からのシフトなので午前中なら買いにいく余裕がある。ちなみに春野さんは今日もロングで働いている。夜になったら会えるので楽しみだ。


 それはいいとして本当にどうしたものか。経験のない俺にとって何が最善なのか分からない。こう言う時はネットを参考にしてみよう。


 と、まずは簡単に「デート服装」で検索。トップに出てきたサイトを読んでいく。


「なるほどなぁ」


 オススメの服装からデートの心得まで載せてあってとても参考になる。これをそのまま採用すれば問題はないんだろう。


 ということで急いで服屋に行くことにしよう。時間もそこまでない。俺は慌てるように家を飛び出した。




 ◆◆◆




 明日は川上くんとのデートの日。楽しみすぎて仕方なくて気分が浮かれちゃうけど、お仕事には集中しなくちゃいけない。変なことをして川上くんをがっかりさせたくないからね。


「美吹先輩、今日は一段とご機嫌がいいですね。何かあったんですか?」


 まだお昼のピークは来てなくてお客さんもまばらだからこうしてお話しする余裕はある。ただ、希空ちゃんとは先日のとある出来事からとても話し難い感じになってて。


 希空ちゃんが川上くんのことを好きなことは分かった。実際に口に出したわけではないけれど、あんな顔されたらすぐに分かる。


 今、私が川上君とデートなんだぁとか惚気たら最低な女になってしまう。どう言ったらいいんだろう。


「もうっ。美吹先輩は優しいですね。私に気を遣っているんですか?」


 私が答えられないことで希空ちゃんが気を使ってくれてくれた。そしてやれやれと言った感じで口を開いた。


「別に美吹先輩が気にすることではないですよ。私の勇気がなかったことがいけないんです。まぁ流石にあの先輩の嘘は見抜けないですよね。彼女いる人に私だって露骨にアピールはできません」


 希空ちゃんが強がっていることは痛いほど分かった。でも、私はそのことに気づいていないふりをしないといけない。希空ちゃんに川上くんを諦めてもらうためにも。


「でもですね」


「でも?」


「私、諦めないことにしたんです。これはお二人がお付き合いしてるって知った日に決意しました。美吹先輩はなかなか手強いですが負けません。勘違いしないで下さいね。私、美吹先輩のことは大好きです」


 私の後輩、思ってた数倍心が強かった。私の目を真っ直ぐ見据える彼女の瞳はとても純粋だった。


 でも私だって負けることは出来ない。私も希空ちゃんのことは好きだけど、譲れないこともある。


 もっともっと私は川上くんが好きだよってことを伝えていこう。明日はデート。何か進展があったら良いなと思う。

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