第56話 結論
「あー歌ったね。歌い過ぎてちょうど喉が心配になってきそう」
「ちょうどはしゃぎ過ぎたかも。でも、気をつけてね。明日もバイトなのに声出ないとかだったら笑われちゃうよ」
「確かに〜。でも楽しかったよ。また行こうね」
会計を終えて外に出ると涼しい夏の夜の風が俺の頬をなぞっていった。先ほどまで春野さんと同じ部屋にいて緊張で身体が火照っていたからとても気持ち良い。
夏休み。大学に行くこともなくなり、学生にとっては天国の1ヶ月と半。大学の場合は課題も無いため、長く帰省するやつや彼女や友達とはっちゃけるやつなど様々だ。
もちろん俺はこの夏休みは春野さんとバイトに全てを注ぐつもりだ。少し帰省もするけどな。家族にも会いたいし。
「ねぇ川上くん。この夏休みバイトどれくらい出る予定?」
「ん? そりゃほぼ全部かな。もちろん春野さんと一緒にいたいし、2人で相談できると良いなと思うんだけど」
「そのことなんだけど……」
もじもじしながら俺の方を見つめる。えっ? なに? 仕事ばっかりで嫌とか言われるんじゃ無いよな?
仕事のしすぎで家庭を放ったらかしにしていたという理由で離婚したとか何かで聞いたことがある。お父さんも仕事頑張っていたのは分かる。家族のために必死だったことは。
いや、流石に話が飛躍しすぎだ。春野さんもそんなことが言いたいはずではない。
「川上くん103万の壁のこと考えてる?」
「103万の壁とは?」
何その微妙な壁。てかなんの壁? 壁は突破するためにあるってよく聞くし頑張らないといけない何かの数ってことか?
「川上くん知らないの!? 良かった、今聞いておいて。ちょっと説明するね」
びっくり顔の春野さんがスマホを慣れた手つきで操作して俺に検索画面を見せてくれた。そこには「103万の壁 税金」というなんとも現実味のあるサイトが表情されている。
よく読んでいくと、なるほどだいたい理解した。つまり所得がこれを超えると税金とかがかかるようになったり親の扶養を外れることになったりしていろいろと面倒くさいことになるらしい。
「えっ? でもまだそこまでの額いってないと思うよ」
ただ、俺がバイトを始めたのは4月からで、だいたい収入が月に10万円とちょっと。単純に計算しても今年103万を越えそうではない。
「でも、こういうこともちゃんと考えとかないとダメだよ? うっかり超えたら大騒ぎになるんだから。それにさ……」
真面目に話していた春野さんが急に俯く。何があったのかと顔を覗こうとした瞬間、春野さんの方が勢いよく顔を上げた。
「バイトで同じ空間にいるのも良いけど……もっとプライベートな空間でイチャイチャしたい……です」
「っっっ!!!」
上目遣いにそう言われて俺は完璧にノックアウトした。
俺は大学に入学したとき俺は勉強とバイトだけをひたすらする。大学生活のメインはバイトだと言った。
しかし、それは間違っていた。こんな可愛い恋人がいたら、バイトよりも恋人のために時間を使いたくなってしまうのだ。
つまり俺の大学生活のメインは「春野美吹さん」なのである。
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