第64話 電話

「写真も撮り終わったし……そろそろ帰ろうか」


「うん……時間もかなり経ったからね」


 やっぱり終わりっていうのはなんとも言えない損失感や虚無感に襲われる。美吹もみるみるうちにシュンッとなってしまった。


 それでも改札を通り、ちょうどのタイミングで来た電車に乗り込む。あまりたくさん話すことはなく、電車が家の最寄駅に到着するのを待った。


「着いちゃったね」


 美吹の言葉でもうデートが終わりなことを実感する。普通のカップルなら駅前とかでお別れなのだろうけど、俺たちの場合アパートまで一緒。まだあと少し、美吹といる時間は残ってる。


「不思議だよね。夏休みもバイトとかでたくさんまだ会えるのに寂しくなっちゃう」


「そうだな。別に遠距離恋愛してるわけでもないのに」


「颯汰くんの架空の彼女さんとは遠距離だったよね」


「もうそれはやめてくれ〜」


 俺の痛々しい過去の過ちを掘り返さないでほしい。今、猛烈に恥ずかしい。


 月明かりに照らされながら、アパートへ歩いて行く。その道のりはあっという間で、すぐに俺たちのアパートまで着いてしまった。


「美吹、今日はありがとう。とっても楽しかったよ」


 アパートの駐輪場。もう美吹とはお別れ。明日は俺も美吹もバイトは入れてなかったはずだから、次会えるのは明後日か。明日は冷蔵庫空っぽだしスーパーにでも行こう。


「まだ帰りたくないかも……」


 そんなことを考えていたら不意に美吹が顔を下にしてそんなことを言い出した。それはつまり……


 そんなことを思ったら急に心臓が跳ね上がった。いや、そんなことを美吹が言いたいわけではないのだろう。


「なら……俺の部屋くる?」


 分かってるけど、それでもやっぱりまだ離れたくなくて。俺の部屋に来ることを提案してしまった。それに応えるように美吹は小さくコクリと頷いてくれた。


 コツコツと2人で階段を登って行く。2人でこの階段を登るのは初めてじゃないだろうか。


 鍵を開けて電気をつけるといつもは1人の空間に一輪の華が。俺の後ろにちょこんと美吹。


 別に変なことをするわけではないよ。これは絶対です。


「それじゃあ椅子に座って待ってて」


 俺は飲み物を準備しよう。たしか、オレンジジュースくらい冷蔵庫にあったはず。


 2人分の飲み物を美吹が待っているところへ持っていくと不意にポケットのスマホが鳴りだした。え? 着信って俺、滅多にないからびっくりしてるんだけど。


 なんだと思ってスマホを取り出すと画面には母親の名前が映し出されていた。連絡することを怠っていたから母さんの名前を見るのも久しぶりだ。


 美吹に断りを入れて通話ボタンをタップ。このタイミングで連絡を入れてくるなんて母さん、変なことをしないか俺を疑っているのか?


「もしもし」


「あっ、もしもし颯汰? 久しぶりね」


「うん。久しぶり母さん。どうした? 用件を早く教えて欲しいんだけど」


 美吹が待っているので早く終わらせて欲しい。長くなるようなら別日にしてもらおうかなんて考えも生まれてくる。


「あ、そう? 久しぶりだからいろいろ話したかったけど、颯汰もバイトとかで忙しいものね。それで言いたいことなんだけど、颯汰はいつこっちに帰ってくるの? もう夏休みなんでしょう? 1週間くらいこっちに帰って来なさい」


「えー、それは……絶対? バイトのシフトもあるしまだ実家に帰れるか分からないんだけど」


 1週間も美吹に会えないとか考えるだけでも辛い。もちろん実家に帰ることの大切さも分かってはいるけれどそれでも美吹と居たい。


 それなら連れて行けば? という意見もあるかも知れないがそんなアホな意見ははなから却下。


「なーに? 彼女でも出来た感じなの? それな連れて来なさいな」


「ちっ、違うからな! それだけなら切るぞ! また考えるから! じゃあおやすみ!」


 最後は一方的になってしまったが、通話を終える。本当、母さん何言ってんだか。


 しかし、この一件があんなことになることをこの時の俺は知る由もなかった。

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