第54話 春野さんの歌

 目の前にノリノリで歌う俺の彼女がいる。彼女は今日がカラオケ初めて人前で歌ったことはないらしい。


 春野さんが歌っている曲は最近発売されて爆売れしているやつ。三人グループのアーティストの曲なんだが……


「春野さん上手すぎない!?」


 そう。彼女、めちゃめちゃ歌が上手いのだ。全く音程を外さないし、さらにはビブラートなんかも量産。


 さらに可愛らしく歌う姿はもうアイドルだ。サビで俺の方を向いてウインクしてくれた時に俺のハートは撃ち抜かれてしまった。


 はっきり言って可愛過ぎる。いつもの人前でのちょっとクールっぽい感じが吹っ飛び、「可愛い」が全面的に押し出されている。


 俺は既に昇天しそうだった。もう、俺歌わなくていいや。それよりもっと春野さんの歌を聴いていたい。


 カラオケでは自分が歌い終わって他の誰かが歌っている時に自分が歌いたい曲を選んだり、ちょっとどんな曲だったかと予習することもある。でも春野さんから目が離せなくてそんな余裕はなかった。


 もう曲が終わる寸前だというのに。そして春野さんが歌い終わって一息ついたところで俺は全力で拍手。


 今、ほんの少しだけアイドルオタクの人たちの気持ちが分かったかも知れない。ほんの少しだけだ。


「春野さんすごい良かったよ! もうアイドルみたいだった! 春野さんこんなに歌上手いなんて知らなかったよ!」


「そ、そんなことないよ。ただ一生懸命歌っただけ。でも歌うのって楽しいね。すごくスッキリしちゃう」


 と、ほっこりした顔でいう春野さんに見惚れてしまう。春野さんがこんなに歌が上手いってことを知ってるのは俺だけという独占欲も生まれてしまった。


「次は川上くんの番だよね。何を歌うの?」


 ギクッとした。春野さんに見惚れていて選んでなかったからだ。急いでタッチパネルを操作すると、気になるコーナーを発見。


「デュエット」


「恋人やお友達と」というキャッチフレーズで画面の一角にデュエット曲ランキングなるものがあった。いつも全然興味ないせいかスルーしていたが、春野さんと一緒に歌うというのはすごく楽しそうだ。


「春野さん。次は俺と一緒に歌わない? いや、歌ってください」


 なに一緒に踊ってくださいみたいなこと言ってんだ。下手にカッコつけて恥ずかしい。


「はい。私と歌ってください」


 そんな俺にこうして応えてくれる春野さん。はっきり言って最高だ。


「どんな曲があるのかな」


「俺もデュエットは歌わないからどんなのがあるか分からないな」


「ならそこからだね」


「そうしよっか」


 カラオケって絶えず誰かが歌ってる感じがあるけどこうして一緒に何を歌うか考えるのも楽しい。


 俺の知らなかったことを春野さんがきっかけで知れていく。今回とかは大袈裟すぎだろと思うかもしれないが、この小さなことが大切なのだ。


「あっ、これ私知ってるよ」


「俺も知ってる。すごい有名だもんね」


 そして歌う曲が決まった。

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