第1話 プロローグ


 大学生活と聞いてみんなは何を想像するだろうか。楽しいキャンパスライフ。サークルでの飲み会。何にも縛られない自由な一人暮らし。そして、ガールフレンドとのあれやこれっ……


 しかし、実際にそんな生活を送れるのはごくごく一部のリア充だけだ。大抵の学生が何をしているのかというと、お昼は大学に行って夜は「バイト」。これだけである。主はバイト。


 でもしっかり勉強もしないといけない。だって学生は単位の奴隷なのだから。大学生はこの単位がお金を払ってでも欲しいものだ。でもそれはテスト前に頑張ればどうにでもなる。結局はバイトなのである。


 かくゆう大学一年生の俺もバイトに明け暮れていた。大学で講義が終わったら速攻でバイトに行って働く。


 ちなみに俺が働いているバイト先は「米屋」という定食屋だ。個人経営店で結構繁盛しているお店。ピーク時はかなり多くのお客さんが来る。


 自分で言うのもなんだが、そこで俺は、仕事ができる人としてパートの同じバイト仲間から信頼されている。


 そこからドンドンシフトに入ってくれと言われるようになり、俺も楽しくなりホイホイとシフトを入れるという循環。


 そして今日も今日とて。


「おはようございま〜す」


「おはよう」


お昼のシフトに入っている年配のお姉様方と挨拶を交わして更衣室へと向かっていく。キッチンからは良い匂いがしていてお腹が鳴りそうになるが我慢。


「おはよう、今日も頑張ろーね」


 シフトに入る時の挨拶はどんな時間でも「おはようございます」だ。裏口から入ってまずはキッチンの人に挨拶。着替え終わると、俺は担当であるホールに出る。ここで同じように挨拶をする。


「おはようございます」


「おはよう。今日も暑いね」


「川上くん今日忙しいかもー」


 俺の名前は川上颯汰かわかみそうた。もう分かっていると思うが大学生。学年はまだ一。市内の大学に通っていて一人暮らし。


「ん〜今日も頑張りますか」


 ここの職場はとても働きやすい。みんな優しいし、仕事も難しいものは少ない。ただ相当忙しいのとめんどくさいお客への対応が大変だ。


 俺が一つ前に働いていたところはザ・ブラックで人使いが荒く、人間関係も最悪だった。そこの店長が夢にまで出てくるようになったので、流石にやばいと思い退職した。


 そこで新しく働き出したのが「米屋」という訳だ。ある程度前のバイト先で仕事をする基礎ができていたからこそ、米屋では仕事出来る新人君として今のような感じになって行ったのだった。


「今日はお昼に全然お客さんが来なかったから夜にはすっごいくると思うよ」


「うわっ。まじですか。それめっちゃきついな」


「まぁ川上君なら大丈夫でしょ。あ、そういえば杉上さんがドーナツ買ってきてくれてたから上がる時に食べてね」


 こんな風に本当に最高な職場だ。ホールは特に。そしてここは女性が働いている割合が高い。しかし、みんなフレンドリーで良い人だらけ。


 そんな職場で困った問題が2つもできた。


「ねぇねぇ、川上君。私の彼氏やっぱり束縛が激しんだけどどう思う? 川上君は彼女に束縛とかしないんでしょ?」


「そうですね。僕は遠距離なので心配にはなりますけどよく通話もしますし、それで十分です」


 俺に話を振ってきたのは河本さん。五ヶ月ほど前に彼氏ができて、その彼氏が河本さんのことを大好きなようだ。俺もしっかりと自分の彼女のことを考えて返答する。


 でも本当は俺に彼女は……いません!!!!


 これが1つ目の問題だ。休憩中に俺に彼女はいるのかという質問を河本さんからされて、俺はどうせその場かぎりの話題だと思いつい見栄を張ってしまった。


 これが間違いだった。その話は次々といろんな人に伝わり今では米屋の店員全員が知っている始末。


 おかげで俺はいるはずのない彼女のことを考えてこうして恋バナに対応しているわけだ。ちなみに恋の知識はラブコメラノベで仕入れている。


 女子が多いこの職場だが、ここで俺の彼女が出来ることはないだろう。出会いは会ってもそれから発展することは全くない……


 そうこうしているとシフトに入って一時間が経った。ここでさらに新しくもう一人がシフトイン。


「おはようございます」


 そう言って入ってきたのは黒い髪をポニーテールにした女の子。クールなイメージで、米屋の制服がとてもマッチしている。身長が高く、スラッとした体型も相まって一言でいえば映える。


 こんな綺麗な女の子とは普通に生活していたら喋る機会などないだろう。名前を春野美吹はるのいぶきと言う。


「あ、春野さんおはようございます」


 春野さんにも同じように挨拶する。

 そして向こうからも挨拶がきちんと返ってくる。


「おはようございます」


 しかし、その声音と表情からは、それ以上喋ってくるなという意思がありありと伝わってくる。その鋭い目線が痛い……


 そんな視線向けられる心当たりは全くないのだが、俺が入社してからずっとこうだ。


 そう、二つ目の問題は春野さんがめっちゃ俺のことを嫌っているということ。なんなの? 俺、女難の相でも出てるの?


「はいはい川上くん、仕事だよ」


 さっきまであれだけ恋バナしていた河本さんに注意されてしまった。しかし、そうだな。ちゃんと集中しよう。バイトは大事だ。


 そして残りの三時間。しっかり仕事をこなした。結局、その日も春野さんと喋るとこはなかった。






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