第36話 忙しいときは

「美吹ちゃんご新規さまお願い! 川上くんはデシャップに専念してて! 私と希空ちゃんでバッシングするよ!」


「はい!」


 さっきまでほのぼのとした時間を過ごしていた。俺たちは10時シフトインだが、11時シフトインの河本さん達と談笑をしてながら時間を過ごしていた。


 その時、今日がここまで忙しいことになるとは誰も思っていなかっただろう。お昼になるにつれて徐々に増えていくお客さん。そしてついに行列が出来てしまった。


 厨房からはひっきりなしに注文が入ったことを知らせる音が鳴る。個人経営の定食屋だけど、店長が高価な食券機を導入してくれているのが救いだ。


 確実にオーダー厨房に行くのでミスが少ない。それに買った瞬間から作り始めるので提供スピードもかなり早い。


 店長は厨房で奥さんとシャーロットさんとバタバタと大量の注文を処理している。俺は俺で呑気なことはしていられない。


 次々と出てくる料理をそれぞれお盆に乗せていく。定食によっては小鉢とかタレとかがたくさん付いて大変なものとある。


 そういうことを考えるとデシャップというのはなかなか忙しい。配置や付くものを間違えることも出来ない。責任が重いところだ。


 はぁ。春野さんと話したい。さっきみたいに他愛もない話で幸せを感じたい。


「春野さん、提供お願いします!」


「はいっ。さすが川上くんだよね、これだけ一気に料理が出てきても正確に素早くできるなんて」


 俺の横を通る時、小さな声でそう言ってくれた。菊池さんにも河本さんにも聞かれていないし、俺たちのやり取りを見られてもいない。


 一気に顔が熱くなるのを感じる。春野さん、こんな時に俺をドキドキさせないでくれっ! さっき言われたことが頭の中をリフレインして、仕事が手につかなくなりそうになる。


 忙しいと春野さんを混ぜると危険だ。混ぜるな危険とはこのことだったらしい。


「川上くん、手が止まっちゃってるよ!」


「はっ! すみません!」


「もう、何考えてたの? 地元の彼女とか言ったらぷんぷんだよ」


「そんなわけないですよ。ちょっとぼーっとしちゃっただけです。すみません」


「確かに忙しいから休憩もしたいよね。でも頑張ろう」


 河本さんもすごい良い人だよな。自分だって忙しくて大変なはずなのに、こうしてリラックスさせてくれるような言葉をかけてくれる。これは彼氏さんがベタ惚れになる理由もわかる気がする。俺は春野さん一筋だけど。


 と、横をみるとさっき俺を蕩けさせた春野さんが、悪戯っぽく俺の方を見ていた。


 してやったりといった感じだろうか。俺の彼女は可愛く悪戯心もあるらしい。俺もいつか仕返ししよう。そう思いながらこのお昼のピークを乗り越えるのだった。

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