第35話 危険な後輩

「先輩、顔ニヤけてますけど何かあったんですか?」


 土曜、日曜、休日は社畜同然の俺にとって絶好の稼ぎ日和。さらに春野さんと一緒のシフトとなれば、もはやバイトデートと言っても過言ではない

 かもしれない。


 でも何かできるわけでもない。ただ一緒の空間で働くというだけ。


「わかりました! 彼女さんと何かあったんですね。夏休みのこととか考えてニヤニヤしてたんでしょ?」


 でも景色が全然違う。前までは好きな人で憧れの人の近くにいるという物理的な距離が近いだけ。今は心が通じ合っていて、たとえ話せなくても心は通じ合っている、気がする。


「先輩、聞いてますか!」


「わっ! 菊池さん急に出てこないで」


「急じゃないですよ! さっきから私の話全然聞いてくれてない気がします。前にもありましたよね。先輩はもっと私の話を聞いた方が良いと思います」


「ごめん。でも多分菊池さんの話ってロクでもない内容な気がするから、スルーの方が良いのかも」


「なんだか私の扱い粗末すぎません? いくら彼女いるからってもうちょっと後輩に優しくした方が良いですよ?」


 彼女。なんて良い響きなんだろう。横の春野さんもなんだか嬉しそうだ。


「美吹さんもそう思いますよね?」


「えっ、私?」


 急に話を振られた春野さん。これなんて答えるのか少し気になるが、春野さんを俺の彼女だと言えないのが心苦しい。いつか言いたい。


「確かにちょっと希空ちゃんへの対応がお粗末だよね。でも、どうせ大切な彼女のこの考えていたんでしょ? なら仕方ないよ。希空ちゃんも許してあげて」


 少し悩む素振りを見せて言った春野さんの言葉は、俺の心を鷲掴みにした。目を合わせると「私のこと考えてくれてたんだよね」と訴えてくる。


 あぁ! こんなのやばすぎる! 仕事中なのにこんなことになろうとは。


「そうなんだよね。川上くん?」


 ここで猛追してくる春野さん。


「ま、まぁそうかな。彼女が可愛すぎてそのことばっかり考えていたんだ」


「良いですねぇ。そう。そうですよ。私はそういう甘い恋愛話を聞きたかったんです。あれ? 美吹さん、どうしてそんな笑顔に?」


「えっ?」


「もしかしてもしかして、美吹さんも誰かとお付き合いしてるんですか? 私の恋愛センサーがビンビン反応してます」


 獲物を俺から春野さんに変えた菊池さんがぐいぐいと春野さんに迫っていく。


 助けてと言わんばかりの顔をしている。ちょっとホールの方を見てみるとナイスタイミングで来客が。


「菊池さん、お客さんお客さん! ちょっと俺、トイレ行きたいからお願い」


「えー。せっかく良いタイミングだったのに。でも仕方ないですね。それでは行ってきます!」


 一瞬で仕事の顔になった菊池さんは営業スマイルでお客さんを迎えた。これはプロだ。


 菊池さん。やっぱり要注意人物だ。春野さんも同じことを思っていそう。

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