第33話 知らないことばかり

「い、いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」


「仕事中みたいな接客になってるよ。どうしたの? とりあえずお邪魔させてもらうね」


 緊張してバイト先の米屋でお客さんを迎えるようになってしまった。そりゃ緊張するよ。春野さんが部屋に来たんだぞ?


 それにしても、春野さんは緊張とかはしないタイプなんだな。テンションは高い感じだけど、落ち着いてる。俺なんてずっとドキドキしてるよ。


「お邪魔しまうわっ!」


 つまずいた。今、絶対つまずいた。ちょっとの段差につまずいた。


「あはは〜初めて来るお家だからここに段差あるって知らなくってね」


「たぶん春野さんの部屋と同じ間取りなはずなんだけど……」


 こういうアパートはどこも部屋は同じはずだ。それを指摘すると春野さんの顔がどんどん紅くなっていき、肩を震わせはじめてしまった。


「だって仕方ないでしょ! だって男の子の家に来たんだもん! 浮かれないように、緊張してるのバレないようにって思ってたのに〜。もう言っちゃうけど私、ドキドキしっぱなしだし、川上くんが思ってる以上に私は川上くんのこと好きなんだらね!」


「俺だって春野さんの気持ちに負けないくらい好きだよ。って玄関で何言ってるんだろう俺たち」


 とにかく部屋の中に入ってもらう。真ん中の特等席に座ってもらって俺は飲み物の準備。


 いつもはクーラーは使わないが、今日はフル回転。春野さんが来ているのだから出し惜しみは無しだ。


「飲み物オレンジジュースで良かったかな。あとお茶くらいしかなくて」


 と春野さんの方に戻ると案内した席にはおらず、ベッドの方で何かを見ているようだった。


「春野さん。何してるの?」


「如何わしい本を探しにっていうのは冗談で、川上くんもこういうライトノベルだっけ? こういうの読むんだね」


 指差されたところにあるのは小さい本棚に入ったラノベたち。その一冊を手に取ってカラーイラストを見ている。


 もしかしてラノベ持ってるオタクなんていや!とか言われてしまうとか? 俺はオタクじゃないんだ! ちょっと読んでるってだけなんだ。オタクってのは和真みたいなやつのことを言うんだ!


「よく考えると私、川上くんのこと全然知らないなって思って。バイト中のことは知ってるつもりだけど私生活は知らないことばっかり」


 こちらを向いた春野さんは少し悔しそうな、そんな顔をしていた。


 たしかに俺も春野さんの私生活なんて知らない。出身地すらも知らない。最初は本当に一目惚れで。内面の可愛さだったり優しさっていうのは最近知ったものだ。


「だから私、少しずつでいいから川上くんのこと知っていきたい。どんなものが好きなのかとか、そんなことをたくさん」


「そうだね。じゃあ今度一緒に行くところ考えようか。春野さんが好きなところとかたくさん教えてね」


 こうして俺たちのお家デートはゆっくりと始まった。



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