第5話 ラスト

「ありがとうございました〜またお願いします」


 夜の23時。最後のお客さんが帰っていった。米屋は23時閉店なのでこれ以上お客さんが来ることはない。


 しかし、俺たち店員はここでお疲れーと帰ることは出来ない。なぜなら明日の為の仕込み、食器洗い。店内のモップ掛けなどやることいっぱいだからだ。


 たぶん実際に帰れるのは本気でやれば15分後くらいだろう。


 店員内でこの閉店作業を「ラスト」というがこれはホール2人、キッチン2人で構成される。そしてその中に今日は春野さんの名前があった。


 つまり俺の好きな人と実質2人きり。キッチンとホールは別れてるから。


「春野さん、俺がモップ掛けするから仕込みお願いしていい?」


「うん」


 俺の言葉に返事してくれる。この業務連絡だけでも俺はこの憂鬱なラストを頑張ろうと思えるくらいのパワーを得ることが出来たと思う。


 もうすでに何回かラストをしているが春野さんもラストをするのは初めてだ。もしかしたらもう少しくらい何か話せるかもしれないと期待するのは仕方ないだろう。


 そんな気持ちを抱えながらモップ掛けをしていく。


「わーイノーゲスト!」


 ここで店内に響くくらいの大きな声を出したのはシャーロットさん。キッチンから出てきてたぶんお手洗いに行くところだろう。


 お客さんはいなくなったら少しくらいは気を楽にしてもいいけど、はしゃぎすぎではないかな?


「シャーロットさん、もうちょっと落ち着いてくださいよ。一応、まだ仕事中ですよ」


 俺の注意にシャーロットさんはニヤッとしながら俺の方に近づいてくる。


「まぁまぁそんなにキニシナイ。夜にワタシタチだけってなんだか特別な感じあって良いジャン」


 それは……分からないこともない。夜にお客さんがいなくなったホール。非日常感がある。


「それでも我慢しましょうね。シャーロットさん。こういうのしても良いのは漫画の主人公だけです」


「ウーン。まだまだ修行が足りてないカナ。日々ショウジンだね」


「本当シャーロットさんは。早くお手洗い行ってきてください」


「ンー? 私、トイレ行かないヨ? ただ川上クンに会いに来ただけ」


「なっ!?」


 それはどういう意味だ。単純に仕事に疲れて話相手を探してたってだけだよな? それ以外ないはず。


 うん。まぁちょっとだけなら話し相手になってあげても良いかな。今日はそんなに忙しくないし。


「それでなんですか? あんまり話してると怒られちゃうから簡単にお願いします」


「簡単にネ。ならソッチョクに。川上クンは美吹チャンのこと、どう思ってるノ?」


「!?!?!?!?」


 率直に聞きすぎだろ!? なにその質問! てか、なんでこの人はそんなことをよく聞いてくるの?


「それでソレデ? どうなの?」


 にやにやと迫ってくるシャーロットさん。流石にこんな変な話だったら春野さんも止めてくれるはず。この会話の内容は多分聞こえてるだろうから。


 …………


 春野さんが何も言ってこない。なんで? 絶対聞こえてるよね。


 ここは流石に自分の気持ちをいうことはできないから。


「そうですね……真面目で優しくて気配りができる人だと思いますよ」


 男子にはちょっと塩対応だけど、女子にはとっても優しい。それに勉強だってバイトだっていつも真剣だ。そして可愛い。


 俺の返答が良かったのか、シャーロットさんはニッコリ笑顔。そして更なる爆弾を投下。


「川上クン、美吹チャンのことよく見てるんだね」


「「っっっっ!!!!」」


 確かにそうだ。迂闊だった。普段バイト以外での接点がなくて全然喋らない人のことをここまでいうのは不審に思われる。


 こんなことで春野さんへの印象を悪くしたくない。そう思いながら春野さんの方を恐る恐るみると満更でもない表情だった。


 助かったのか? 単純に褒められたのが嬉しかったとか?


 とにかく変に思われなくて良かった。


「春野さんホールのモップがけ終わりましたよ」


「ありがとっ」


 言われた「ありがとう」は今までの中で1番可愛らしく、春野さんの振り向き様の顔は俺が見たことないほど柔らかい表情だった。

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