第44話 読書

「これとかも良さそう。あっ、でも図ばっかりでレポートには向いてないかも」


 謎の視線に晒されながらも俺たちはレポートを書くための書物を探していた。そう。視線は無視だ。気にしない気にしない。


「これ、今回の内容ピッタリじゃない!?」


 肩が触れ合いそうなくらいの距離で本を見せてくる春野さん。静かな図書館の空間のせいか吐息まではっきり分かる。


 はっきり言ってもう本の内容は半ばどうでも良かった。ただ春野さんが近くにいるこの幸せな時間を堪能したい。


 と、ここで一冊の本に目が止まる。「恋愛と心拍数」という誰が研究したんだと言いたくなってしまうような本。


 気にならないはずがなく、手に取ってみようと本に手を伸ばしたところで本の感触ではない別の何かの感触。


「「あっ……」」


 こんなラブコメとかでしかないようなことが起こってしまうなんて。いつも本ばかり読んでいるヒロインとの出会いってこんな感じが多いよな。


 でも俺たちはもう出会っているわけで、もっというとお付き合いまでしている。つまりこんなイベントで動揺などなく、華麗に流すことが……


「ご、ごめんっ!」


 手が触れたところに静電気が走ったようにピリッと来た。全然ダメでした。華麗に流すことなんて出来ない。


 クーラーの効いた図書館は実は南国赤道直下の真下にあるらしい。ただ指先が触れただけなのに一気に汗が吹き出す。


「川上ごめんなさい。私もそれ気になっちゃって」


「た、確かにそうだよね! こんなタイトルだもんね!」


 その時なんか周りがうるさくなったような気がしたが、今はそんなことどうでもいい。うるさくしていれば司書さんに怒られるだろうしすぐに収まるだろう。


「そ、それよりもちょっとこれ読んでみない? あっちに読者スペースあるし」


「私は借りて家でもいいよ?」


 なんかまた周りがうるさい。本当、図書館では静かにするのが当たり前ってことを知らないのか。大学生になってそういうところ忘れたんじゃ?


「いや、もうここで読んでしまいたい。そんなに長い物じゃなさそうだし、面白くなかったら途中で読むのやめよう」


「そうだね。私も内容気になるし」


 こうして俺たちは読書スペースへやって来た。レポートに使う資料は決めたのでこれを読んだら帰る予定だ。


 読んでいくとこれはアメリカで行われた実験のようだ。どんな時に心拍数が上がるかなどをアンケート。その時の状態を調べたらしい。


「あっ、ここ分かるかも」


「俺、春野さんにこうされたときすごいドキドキした」


 冷静になったら恥ずかしさで数日寝込みそうなことを言い合う俺たち。周りの人もようやく静かになったので俺たち二人の世界に没頭出来る。


 ページを捲る時にちょっと触れ合う手。横に目線を向けると整った顔立ちの春野さん。まつ毛長いし、唇プルプルしてる。目も曇りなく真っ直ぐだ。


 この瞳すごく好きだ。いつまでも見ていたい。


「川上くん、もう読み終わっちゃったね」


「えっ? あ、そうだね」


 春野さんを見つめていると気付かぬ内に読み終わったみたい。半分は春野さんに意識が向いていて覚えていないところもあるがまぁいいだろう。


 こうして俺たちは帰路につくのだった。

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