第38話 店長

「お疲れさまでした……」


「私も上がります……お疲れさまです……」


 夜もお客さんがたくさん来てたことにより俺と春野さんは生きる屍のような感じでホールを後にするのだった。


 今日夜から入った小島さんは後3時間。頑張ってください。お客さんも落ち着いたのでいけると思います……


「春野さんお疲れさま。今日はクタクタだよ」


「お疲れさま川上くん。明日も大学がない日でよかったよ。でも午後からシフトなんだよね」


「あ、俺明日もロングシフトだ……」


「あーそれは大変だ」


 明日は11時からシフト。つまり9時とかには起きていろいろ準備とかをしないといけない。これじゃ身体の疲れが取れない〜。


「おう、お疲れさんっ」


 更衣室へとやってきた俺たちを迎えてくれたのは店長の真中さん。とても気さくな人で、誰からも人気のある人物。


 夜のピークも過ぎたので、売り上げとかを計算しに店長室にいたらしい。店長室と更衣室がすぐ近くなのでこうして帰る前に顔を合わせることも多い。


「今、来月ののシフト表作ってたんだけど、ここの日曜日は二人とも出れないかな?」


 店長が指差すところは春野さんとのデートの日。テストの関係でシフトを減らさせてもらっていて断りづらいが、この日は大切な日。流石に出ることは出来ない。


 春野さんの方を見る。そして頷いた。


「すみません。この日は絶対に外せない用事がありまして。出ることは出来ないです」


「私もこの日だけは出れないです。すみません」


 頭を下げる俺たちを見て慌てだす。


「そんな無理にお願いしようと思った訳じゃないんだ。ちょっと出て欲しいなって思っただけでね。すごい申し訳なさそうな顔しなくて良いんだよ。2人ともいつもすごく働いてくれて、助かってるからね」


 あぁ店長なんて良い人なんだろう。こんな人の場所で働けて良かった。前のバイト先なんて……そんなこと思い出す必要なかったな。


「それにしても2人とも大事な用事って大学の行事とか?」


「えっ?」


「ふぇっ?」


 店長鋭過ぎる。春野さんなんて顔を真っ赤にしてしまった。さっき俺に悪戯した春野さんとは思えないくらいだ。


「あははっ。冗談だよ。変な詮索はしちゃいけないしね。とにかく今日もお疲れさま。気をつけて帰ってね」


 そして店長はまたパソコンへと顔を向ける。パソコンを使うのは未だに慣れないらしく、画面とずっと睨めっこ。


 キッチンやホールに立つときはすごく頼りになるのに、この背中は失礼だが頼りない感じだ。あっ、また間違えたらしい。バックスペース連打してる。


「店内の方が涼しかったね」


「夜だから涼しいと思ったんだけど、これは確かに中の方が良いな」


 お店を出た俺たちを襲ってきたのは、湿気を多く含んだ夜の空気。アスファルトの熱のせいで夜になっても暑い。


 さらにシフト中に降ったらしい小雨によって最悪の環境へと進化。


「あ、春野さん。ちょっとコンビニ寄っていい?」


「うん。何かあるの?」


 ゆっくりと自転車を漕ぎながらコンビニへ寄る許可を得る。春野さんとは真っ直ぐ帰っているので寄り道は初めてだ。


「晩ご飯がなくて。疲れたし買って帰ろうかなって」


 基本的に自分で作るけれど、今日は無理。適当に何か買おうと思う。


「春野さん?」


 返事をしてくれない。ちょうど信号で止まった時に春野さんの方を見てみると目が合った。そして意を決したように口を開く。


「コンビニのお弁当食べるくらいなら、私が料理作るから……だから……私の部屋に来ない?」


 その瞬間、体温が一気に上がったのを感じた。

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