第69話 おはよう?

「んぁ……」


 もう朝だろうか。ただ今は夏休みだし、バイトもないはずだし起きる必要はない。


 それにすごい心地いい温もりと感触があるから。甘い香りまであって離れられない。


 そんな抱き枕とか買ってたっけ? こんな高性能の抱き枕なんて買ってなかったはずだけど……


 まぁ良いや。せっかくあるんだから堪能させて貰おう。


 人肌くらいの温かさで鼓動まであって、まるで生きているみたいだ。そして自分の身体全体が包まれているみたいで安心感がある。


「んーっ颯汰くん……」


 最新型はお喋り機能まで搭載しているらしい。俺の恋人の美吹そっくりの声で名前を呼んでくれている。


 ここまでのものになると夢かと思ってしまうけれど、感触、匂い、温もりがあるので現実。夢オチざんねーん展開はないから安心だ。


 夢うつつの状態で昨日のデートのことを思い出す。最高だった。美吹との心の距離がグッと縮まった気がする。終いには家にまで来るし。可愛すぎるとはこのことだ。


 それで俺の服来てドキドキさせるし、さらには一緒に寝るとまで言い出して。言い出して……言い出して? あれ、そのあとどうなったんだっけ。


 そこで一気に眠気が覚めた。そして恐る恐る抱き枕の感触を確かめる。


「ふわぁ。むにゅー」


「っっっっ!?」


 え? なんだ今の。美吹って寝てる時あんな可愛い声出すの!?


 ただこれで俺の横にいる人物が美吹だということが分かった。となるとこれはまずい。何が、どうまずいのかは分からないけれどまずい。夢オチだったらどれだけ良かっただろう。


 某有名シンガーソングライターの曲冒頭が頭に浮かんでくる。いや、今はそんなこと考えてる暇なかった。


 まだ間に合う。このまま美吹が目覚めるとどんなことになるか分からない。それまでにこの天国のような温もりから脱出しないと。


 そこからの俺の行動は早かった。まずは美吹の方に回していた手をゆっくりと戻す。次に美吹が俺の方に回している手を外す作業に取り掛かる。


 起こさないように出来るだけゆっくり。よし……順調だ。半分くらい美吹の腕が俺から離れたところで……


「んにゃ!」


「うっ!?」


 すらまじい力でガッチリホールドされ返してしまった。さっきより力強くないか!? これじゃあスタートより状況が不味いことに。


「どうにかしないと」


 策を模索するが、どうも出来ない。ただでさえ離れなくたいと本能がいっているのを抗って脱出しようとしているのに。


 この同衾したという事実は俺だけが知っていれば良い。美吹、親に合わせたらこう言う変なこと口走りそうだし。


「こうなれば力尽くでっ!」


 強引に腕を振り解くようにしてなんとか美吹の天国から抜け出すことが出来た。


「ふぅ。ふぅ。これでなんとか作戦完了。あとはそこら辺にでも寝転がっておけば」


「寝転がったらどうなるの?」


「えっ?」


 ギギギと振り返ってみると、バッチリ起きてしまっている美吹が俺の方をじーっと見ていた……


「美吹……おはよう?」


「うん。おはよう」

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