第3話 春野美吹

 私は男の人が嫌いだ。いや、嫌いというのは違うかもしれない。苦手なのだ。


 と言っても道端を歩いている男の人、スーパーのレジ打ちの男の人、米屋に食べに来た男の人と関わることが出来ないわけではない。


 私に対して深く関わってくるのが苦手。さっき例えに出した人なんてその瞬間だけの人。そういう人は全然大丈夫。


 じゃあ何故、私がそんな風になってしまったのか。普通の女の子なら男の人の積極的に関わりたいと思うだろう。


 理由は私のお父さんがとても厳しかったから。私のお父さんは医者で、お兄ちゃんも医者を志望して国立大学の医学部に入学。


 小さい頃から厳しく育てられて来たけれど私は医学部に合格することはできなかった。そしてこうして今は私立医療系大学に通っている。


 とはいってもそこそこに偏差値は高い。それに医者以外の選択肢もあることを知った。


 でも私が今の大学に入学するにあたってかなりいざこざがあって……って話がそれてしまった。


 とにかくお父さんが厳しくて男の人=怖い人というのが小さい頃の私の認識だった。それは小さな男の子でも変わらなくて。ただ歳を重ねるごとに私も大人になっていくわけで。どの人も怖いと思うことは高校の時にはなかった。


 でもやっぱり恋愛とか自分から話したいと思うことはなかった。もしかしからやっぱり心の奥底には未だに男の人=怖い、深く関わると危ないと思っているのかも。




「ただいま」


 そんなこんな考えていると私は自分の部屋についてしまった。誰もいないけれど私の週間で「ただいま」は必ず言っている。今日もバイト頑張りました。


 誰もいない暗い部屋を明るくするためにポチッとボタンを押す。そして映し出される五畳の狭い部屋。


 シングルベッドとテーブルと姿見。女子大生が暮らすにはあまりにも寂しい内装。可愛らしい装飾品などはあまり置いていない。


 でもここが私の部屋。一人暮らしをしてこの大学生活を過ごすための空間。


 もっと広くて良い部屋に住むことは可能だったけれど私はそうはしかなかった。それにはやっぱり親とのいざこざがあって……


「その話はいいんだって」


 と、また思い出しそうになった思考を切り替える。鞄をテーブルに置いてお茶を一杯。


「あぁ疲れたよ〜」


 それと同時に襲ってくる疲労感。大学に行ってそのままバイト。なかなかに大変だけど充実してる。


 疲れた身体を引きずってシャワーを浴びる。終わったら今日の分の復習。身体機能のこととか覚えることもたくさん。


 一時間ほど復習をしてようやくベッドに入る。そして女性向け雑誌を見て最近の流行ファッションなどの情報を仕入れる。


「なるほどなるほど。うーん。私、ショートパンツは履かないかな。でも大学生になったんだし、新しいのを着てみるのもいいかも」


 そんなことを考えながらペラペラページを捲るとあるところで手が止まる。それはデート特集というものだった。


「デートかぁ。一度くらい恋愛してみたいな」


 ポツリとこぼした一言。それが私しかいない部屋に響く。


 別に恋人がいなくても困ったことはない。大学の新しい生活でも友達はたくさん出来たし、毎日充実している。


 たぶんこの一言は私の女の子としての本能がほんのちょっとだけ顔を出したもの。


「川上くんの彼女さんってすごい羨ましい」


 バイト先でよく小島さんや他の人と彼氏、彼女の話をしているのを聞く。お客さんが少なくて暇な時間だし、二人ともとても仕事ができる人なので別に少し話しているからと目くじらを立てることもない。


 ただ話している内容が聞こえてくるのだけど、とても川上くんは彼女さんのことを大切にしていると思う。


 それは私でも分かる。小島さんも川上くんのとこをすごくいい彼氏だねと評価していたし。


 んっ? 今、私なんて言った?


 羨ましい……? それはどういう意味?  川上くんの彼女さんは幸せだろうなって意味だよね。


 川上くんなら大丈夫そうかなとか、それすら通り越して川上くんとお付き合いとか……ってダメダメ!


 それは人としてアウト! 


 何考えてるんだろう私。たぶん疲れてるんだ。今日はお客さんも多くてたくさん動いたから。


 それ以外にはない。


 私は無理矢理そう結論付けて、ちょっと早いけれど眠りについた。

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