未来への展望と渇望 その8

「いえ、ちょっと待ってください」


 余計な誤解、余計な評価をされてしまっては困る。

 佇まいを直して、謙遜に見えないよう、きっぱりと否定した。


「何か勘違いしておられます。わたくしはただ、少し助言をしただけに過ぎませんのよ? 何をどう受け取り、そして貴方がたを登用したかはグスティン様が決めた事。私は関係ありません」


「無論、何を決め、何をしたかは若君の意思です。……が、貴女の声の後押しがあったのは確かな事。ですから、お礼をと思いました」


「……悪い気はしませんけれど、それは私を買いかぶり過ぎ……あるいは、グスティン様を見くびり過ぎですわ。あの方なら、有能な方々を放置したままでいるとは思えません。私の声などなくとも、必ずやお声がけなさっていたでしょう」


 そう断言すると、カールは嬉しそうに頷いた。


「……まさしく。若君は必ず、我らを呼び戻していたに違いない。しかし、その時間……決断するまでは長かった筈。若君は極めて有能な方ですが、同時に自分の限界もよく理解しておられる」


「そうですわね。他人に対して、見極める良い目を持っておられますもの。自分をも客観視できるのは、稀有な能力ですよね」


「だから、呼び掛けがあるなら今年からだと予想していました。……あぁ、これを言ったのは、私ではないのですが。でも、とにかく……お陰で非常にやり易くなりました。に備え、常に把握しておく……これを言ったのも、セイラ嬢だったとか?」


 これには笑みを固めて無言で通した。

 沈黙は肯定、と取られる場合もあるものの、明言を避ける方が大事な時もある。


「影の内閣、でしたか……。確かに重要です。我らはお陰で更なる準備期間を持てた。それもまた、公爵邸から追い出されていては出来なかった事……。感謝していますよ」


「不要です。私に政治の難しい話はサッパリで……」


「はい、……えぇ、そうでしょうとも」


 全く信じていない口ぶりで、笑顔で頷きワインを一口呷った。

 途中で横を通り過ぎる人がいたから、あえて言葉を濁したのだろう。

 だが、流石にこれ以上追求されるのは面倒だと思い始めた。


 あの助言は明確にグスティンを支持するものだったし、そう思われても、それはそれで良いのだ。

 しかし、父の存在が明らかに邪魔になる。


 今回の探りも、父との関係性、関連性、どこまで関与しているのかを見る為だろう。

 そうでなくては、こうも明け透けな物言いはしない。


 スパイ染みた事を要求されても困るし、早々に退散したいと思っていて、逃げ口を探していたのだが……。

 そこに今日、最も会いたくない、そして会わずに済むと思っていた人物が登場した。

 カールもまた彼に気付いて顔を向け、明るい声を上げた。


「おや、若君。この様な端まで足を運ばれるとは……。ご執心の令嬢方が黙っておりませんよ?」


「上手く撒いてきた。……が、邪魔されても面白くない。少し頼めるか」


「お任せを」


 カールはグスティンに一礼し、そして私にも目礼してから場を立ち去った。

 外に何か呼び掛ける手振りが見えて、令嬢方がやっていた様な壁を作るのだろうかと察する。


 パーティ内は楽団がいるので、今も壮麗な音楽が響いている筈なのに、今は全く違う音に聞こえてしまう。

 例えばラスボス襲来とか、サメが忍び寄る音だったりとか、とにかくネガティブな音だ。


 思わず顔を顰めると、グスティンから小さな笑い声が漏れた。


「……失礼。いや、失礼でもないのかな。そんな顔をされるとは思わなかった」


「これは失礼いたしました。何分、グスティン様に何を申し付けられるか、気が気じゃなかったもので……」


「別にそんなつもりじゃなかったが……。直接、礼を伝えたいと常々思っていた。君は宣言通り、パーティと名の付くものには参加して来なかったので、その機会を得られなかったからな」


「それは失礼を。父から私の評判は聞いていたでしょう? その父が、常に招待状を握り潰していました。……つまり、そういう事です」


「あぁ、上手くやっているようだと、感心したものだ」


 当時言っていた台詞は、しっかり記憶されていたらしい。

 父が勝手にやった事です作戦は、ここでいきなり頓挫した。


「まぁ、私も少し脅かし過ぎた。今となっては、あえて君の手を借りたいと思える事が無い。しかし、相談に乗って貰えたら、と思う場面はあった。君の発想は、実に新鮮だ」


「そう言って頂けるのは光栄です。でも、グスティン様にそうした思惑があろうとも、私が接触したとなれば、歓心を買う為、行動する必要に迫られますので……」


「父君への義理立てか? しかし、それを口にしてしまっては意味もないだろう」


 父が直接見ている訳でなくとも、父は分家筆頭だけあって顔が広い。

 まず情報が漏れる事を考えれば、今はまだ自分にその気があると思わせておく意味は十分あった。

 その気すらないと分かれば、何処へ嫁がされるか分かったものではない。


「父も愚かな男です。私を公爵夫人に据えたいらしく……。無理と分かって一縷の望みを掛けているのか、それとも本気で可能性があると思っているのか……」


「そして、君は希望がないと思っている訳だ」


「えぇ、有り得ません」


 あまりに強く断言した所為で、グスティンの眉が面白そうに上がる。

 可能性の是非だけ問うなら、有り得ると言いたいのかも知れない。


 確かに父の立場なら候補の中に捩じ込む所までなら可能なのだ。

 現公爵閣下の親友という立場から考えても、選ばれるかどうかは別に、その候補までは押し上げ可能と見て良い。


 私が断言した理由は、単にそれより早く没落すると、知っているからの発言だった。

 どう誤魔化すか考えつつ、言葉を探りながら声を絞り出す。


「……少し考えれば分かる事です。公爵家に、我が家と縁を結ぶメリットがない。現状でも十分親しくしている訳ですし、それ以上強く結び付くのは周囲の反感さえ買いかねないかと。どうせなら、南公領の令嬢と縁を結ぶ方が、まだ有益です」


「確かに。それは正しい判断だ」


 フェルトバーク公爵家は、南方領を治めるフェルトラック公爵家と衝突が多かった。

 単なる意見の食い違いというべき事でも、大袈裟な問題にしたがる。


 豊かな経済を有するからには、南方にもっと支援すべき、というのが主な主張で、それを跳ね除けられているから敵視されていた。

 だが、南方は肥沃な大地と広大な田園地帯を有している。

 それを活用すれば貧乏になりようがない。


 近年の寒冷化で、作物不良の割を食ったのは確かだ。

 しかし、それを跳ね返すだけのポテンシャルも持っている。

 むしろ、それだけ肥沃な大地があって、何故活用できないのか不思議でならない、とは原作でグスティンが言った台詞だ。


「それに、父との蜜月はもう長くないでしょう。グスティン様が爵位を継いだ途端、それも途切れる。……もしかすると、それが分かっているから、繋ぎ止めたいのでしょうか。それならそれで、まだ理解できるんですけど」


「目先の事しか見えていない男だ。そして、自己利益ばかり追求する男でもある。セイラ嬢の言う事が正しいなら、少しは考える頭があったのかと思っても良いが……」


「ないでしょう。グスティン様の仰るとおり、目先の事しか見えていない男です」


 そして、その一方で娘が嫁ぐ可能性は低いとは考えられていた。

 そうでなくば、領法を自ら犯す犯罪には手を染めまい。

 それほど追い詰められる借金を作る時点で救いは無いし、先を見越して動けるなら、自分の願望を叶える為に周囲の状況を整えるのが貴族というものだ。


 父はそれが出来るだけの器量も、そして度量もなかった。

 だから、その結果、当然の末路を辿る。


「ところで、先程の口振りで少し気になった事がある」


「はぁ……、何でしょう?」


「君の先の発言は、まるでもうすぐ爵位継承が行われる、と分かっているかの様だった。だが、当然父は健康で、その兆候もない。責務はしなくとも、権威だけは欲しいと思うだろう。向こう十年は、決して自発的な継承は行われない。……家臣団も、その様に見ている」


 知らずに口を滑らせていたと、その言葉でようやく理解した。

 自分にとっては自明の事で、原作通りになぞるなら、彼は二年以内に継承する。


 だが、グスティンの言うとおり、周囲の誰もそうは考えない。

 現公爵は息子が仕事を代行してくれるのを良い事に、もっと楽して遊んでやろうとしか思っていないだろう。

 そして、家臣団はそれを、忸怩たる思いで見ていた筈だ。


 詰問する口調が重くなり、グスティンの目つきが鋭くなる。


「何故、そう思ったのか聞いても?」


 声音は世間話をしているように聞こえるが、底冷えするものも含んでいる。

 扇で口元を隠しながら笑みを浮かべて、どう返答したものか必死に考えた。


 ――今日はミスばっかりするわね……!

 多少の言葉の引っ掛かりぐらい無視しときなさいよ、と心の底で悪態をつく。

 そんな気持ちをおくびにも出さず、平静を装いながら口を開いた。


「その様に怖い顔なさらないで下さい。そちらが色々と手を入れて、調べ回っているのは分かっています。こちらも同じです」


 ――本当は全く知らないけど。

 調べ回っているかどうかも知らないし、こっちも内情なんて全く調べていない。

 単なるハッタリでしかなかった。


 しかし、グスティンの瞳には一定の理解を示すものが見えた。

 とはいえ、それ一つで納得して貰えるものではなく、続きを催促するよう顎を動かす。


 それ一つで納得して貰えるとは思っていなかったが、やはり綱渡りは継続しなければならないようだ。

 うんざりしながら、言葉を重ねる。


「領都警備隊の副隊長は、家臣団でグスティン様の右腕として働く、スヴァン・フォーセル子爵の息子ですね? また、魔獣討伐などにおいて、度々共にする事で公爵家騎士団からの信頼も勝ち得ています」


「良く調べている……。全ての討伐に参加する訳ではないが、確かに私も貴族の義務として、その力で協力を惜しまない。しかし、未だ若輩者の青二才……信頼とまではいってないのではないかな」


「御冗談を。式典など、華々しい舞台においてのみ姿を見せる、公爵閣下には忠誠を尽くしていると? ――えぇ、無論、形の上ではそうです。ですが、どちらを主として戴きたいかなど、彼らに聞かずとも分かる事でしょう」


 騎士団はその主に対して剣を捧げ、忠誠を誓う。

 それは騎士団へ入団する際、年に一度行われる行事だ。


 そうした舞台には出て来るのに、討伐には一度として参加せず、息子に任せる。

 それで忠誠が向く筈もなかった。

 原作においても、グスティンを真の主として迎えられる事を光栄に思う、という台詞が騎士団員から向けられる。


 今も実務の多くをグスティンが担い、そして、危険が伴う魔獣討伐においても行動を共にする。

 これで実情を知る者達から、支持されない筈がない。

 

「公爵家の武力は、完全にグスティン様が掌握されています。そして、領政などの実務においても、また同様に。……だったら、現公爵閣下の治世は、もう間もなく終わりを迎える。……そう思うのは、むしろ当然ではないですか?」


 それまでグスティンは、表情を崩さず、眼差しを鋭くしていただけだった。

 しかし、そこで表情に変化が起き、その唇が弧を描く。

 そうかと思うと声を上げ、彼らしからぬ態度で呵々大笑した。

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