未来への展望と渇望 その7

 八月、夏も盛りの頃となり、グスティン誕生会の招待状が届けられた。

 実は毎年欠かさず送られていたものの、その度に父が握り潰していたと知っている。

 行儀作法に不安があるとか、急な発熱だとか、何かと理由を付けて参加させずに来たのだが、流石にとうとう限界が来た。


 父にとって私は目の上のたん瘤であり、醜聞であり、我が子と思いたくない相手でもある。

 世間と貴族社会が許すなら、とっくに家から追い出されているだろう。


 食事を抜こうとも全くへこたれないし、茶葉も菓子も与えず、とにかく家内で冷遇を重ねた。

 外出禁止どころか部屋からも出る事を禁じようと、それを無視して窓から飛び出す。


 縛り付けても逃げ出す為、全く手に負えないと、無視する形になった。

 体罰に走らなかったのはせめてもの親心だったか、といえばそうでもなく、単純な力技で私に勝てなかったからだ。


 いつだったか、中庭まで呼び出されて、土魔法で虐待めいた攻撃を加えようとされた。

 しかし、不得意属性であろうと、普段から使っていれば地力も違う。


 力に差があれば、その土の支配権を奪えてしまうのだ。

 球体状で覆ってしまえばそこから出られず、それどころか庭中を転がしてやってからは、アンタッチャブルの存在になった。


 それからというもの、部屋を与えているだけの他人という扱いだ。

 目の前から消えて欲しいと思っているのは、お互い様だろう。

 いつだったかと同様、同じ馬車に乗りつつ視線すら合わせない父は、腕組しながらぶっきらぼうに言い放つ。


「お前なんぞ、グスティン様の前に出すのは恥でしかないが、お前だって早く家を出たいだろう。えぇ? だからいつも部屋から抜け出すんだろうが? だったら、精々気に入られるよう努力しろ。上手く二人の時間を作って、どこぞへ連れ込み股を広げろ」


 実の父親から出たと思えない、散々な言われようだった。

 とはいえ、聞き流したと思われないよう、視線を合わせないまま頷くに留める。


 結局のところ、父からすれば不出来と言いつつ留めて置いたのは、その為に過ぎなかった。

 利用価値があると思えばこそ、これまで育てていたに過ぎない。


 娘とは婚姻関係を作る道具であり、より家を富ませる為の家畜であり、育てた分だけの見返りがあって当然と思っている。

 公爵家との婚姻関係が成り立てば、借金も帳消しになると思っているのだろうが、そう上手く行くものか。


 だが、単に嫁ぎ先として最も得する相手を選びたいというだけで、無理なら無理で良い値の付くところへ売るだけだろう。

 酷い親だと思わないでもいないが、この時代の家長としては偏った考えでもない。


 貴族ならば親子の情より、家の実を取る。

 それが普通の行いで、貴族における正義なのだ。

 だったとしても、ここまで悪し様に言う事でもないのだろうが……。


 久しぶりに父と会話して、こういう親だったと再認識できて良かった。

 ――これで、躊躇いなく家を捨てられる。


 領主の仕事を代行する様な形になって、多少なりともやりがいを感じていたところだった。

 領民の――身近な村民の生活が上向いて行くところを、この目と身体で感じて来たのだ。


 自分が育てたという自負もある。

 だから、彼らと別れを惜しむ気持ちは強かった。

 しかし、たった今、父の台詞を聞いて決意を改める。


 善意には善意を、悪意には悪意を返す。

 それが私の――いや、セイラの流儀だ。


 村民の皆には、領主が挿げ変わっても生きていける地盤を作った。

 税率や領法、様々変わる事はあろうとも、彼らはあの土地で生きていくに不足はないと思えるものを与えられた。


 ならば、この父を切り捨てるのに、どうして呵責など生まれるだろう。

 賭博による公費の使い込み、その不正と証拠なら、既に十分抑えてある。


 まだ大きな額ではないから、税収次第で取り返せる段階ではあった。

 現状、父には調整した裏帳簿しか見せていないので、その目には少しずつ上向く傾向がある、としか映っていない。


 公費を私費として使い込むのは、当然違法だ。

 しかし、これだけでは握り潰したり、言い逃れ出来てしまう可能性がある。

 しっかりと爵位没収を喰らうには、もう少し大それた犯罪に手を染めて貰う必要があった。


 原作どおり、金に困った挙げ句、犯罪を賄賂で見逃す程度の事はして貰わなければならない。

 そうなれば、流石に言い逃れは不可能で、余罪が溢れる程あれば爵位・領地没収の沙汰が降りるだろう。


 ――その証拠を逃さず、然るべき場面でつまびらかにする。

 それがセイラとして、領主の娘として行うべき、悪意の返上だった。



   ※※※



 公爵邸に到着すると、息苦しい馬車の空気からも開放となった。

 流石、嫡男であり次期公爵である事が確定している、グスティンの誕生会だ。

 馬車は引っ切り無しにやって来て、色とりどりのドレスで着飾った令嬢達が色めきだって入って行く。


 親にとっても社交の場として大切で、年頃の令嬢――特に歳の近い令嬢を美しく見せるのに余念がない。

 彼ら彼女らにとって、こうした催しは婚活の為の戦場だ。

 中にはグスティンを端から諦めて、挨拶にやって来る令息目当ての人もいるらしい。


 分家筆頭であり、年頃の娘である私としては、当然懇意にして頂きたい、と近付くべき所なのだろう。

 周囲もそれを知っていて、グスティンのいる方向には行かせまいと壁になっている。


 六歳の時にやらかした、アレを危惧しているのだろう。

 強引な手段など幾らも通用しない、と主張しているかのようだ。


 ――いや、実際しているのだろう。

 彼女らは共同戦線を張って、順番と節度を守ってグスティンと接するつもりだ。


 その戦線に入っていない者は、彼に近付く権利すらない。

 きっと、そういう事なのだろう。


「まぁ、それならそれで……」


 扇で口元を隠し、鼻で笑う。

 以前グスティンと会話した時、下手に有能と見せたのは失敗だった。

 彼は祖父譲りの実力主義者で、有能であるなら関係なく重宝する。


 そして、その実力を見極めるのも非常に上手かった。

 この人材には、どこまでの仕事を与えるべきか、どこまでなら任せられるか、そのギリギリ上限を見極めて仕事を振るのだ。


 グスティンの家臣団は有能揃いで、むしろそうした厳しい仕事を割り振られるのをやりがいと感じるようだが、普通は違う。

 前回の別れ際、こちらを上手く使おうとする節が窺えた訳だし、近寄らないのが吉だった。


「適当に……、壁の花にでもなってれば良いでしょう。食事も豪華だし」


 公爵家のパーティに饗される食事だ、不味い訳がない。

 普段から芋や豆など、ごく質素な食事をしている身としては、滅多に見られない豪華な料理の方が大事なのだ。


 ワインも各種取り揃えられていて、肉料理に合うもの、魚に合うもの、食前酒として……と目に移る銘柄ばかりだ。

 今後は庶民向けのワインを中心に造っていくつもりだし、方向性は違えども見えるものがあるかもしれないので、少量ずつ試飲する。


 舌の上で薄く拡がるだけの量を口に含み、転がし、噛むようにして飲んだ。

 どれも高級ワインに相応しく、鼻から抜ける爽やかな呑み口、芳醇な香り、どれも満足いく逸品に違いない。


 いずれもが年代物で、流石公爵領が取り扱う品で唸ってしまう。

 だが、今後のワイン製作には参考になりそうもない。

 いわば薄利多売を目指す方向性なので、高貴なるワインと製作工程からして全く違う。


 好奇心で手を付けるべきではなかった。

 全く参考にならないだけでなく、今後のワインにケチしか付けられなくなる。

 顔を顰めながら水で口を濯ぎ、濃いめの肉料理で口直しを始めたところ、隣から愉快そうな笑い声が聞こえた。


「どうやら、お嬢様の口には、お気に召さなかったようですね」


「……あら」


 この国で飲酒年齢は定められていない。

 大抵はまだ幼いから止めておこう、と自制するだけで、飲ませたからと咎められるものではなかった。


 ただ、幼い舌で理解できないのも当然なので、飲ませたところで、という風潮があるものだ。

 それを揶揄されたのかと思ったのだが、目を向けた先の男性からは、そうした雰囲気は感じられなかった。


 喧嘩腰で返そうとした言葉を引っ込め、にこりと笑って軽く礼をする。


「初めまして、ですわね?」


「えぇ、お初にお目に掛かります。お会いできて光栄です、セイラ・バークレン嬢」


 茶色の髪をした、朴訥ぼくとつな二十代から三十代頃と見える青年だった。

 メガネを掛け、どこか頼りない風貌なのに、瞳には知性が宿る。

 それを見て、どこかで見覚えある顔だ、と思った。


 貴族男性との接触は極端に少ないから、会った事があれば覚えている。

 そして、相手の男性も初めて会うと否定しなかった。

 ならば、この既視感は……と記憶の底を濯って、思い付いたものがある。


「……もしかして、カール・ヴェーレ様でいらっしゃる?」


「おや、まさか知っていただいていたとは! これは嬉しい誤算です。……いや、貴女ならば可笑しくないのでしょうかね?」


 貴族名鑑などがある訳だから、その顔や名前を知られている可能性は常にある。

 しかし、家と縁もゆかりもない相手まで、普通は知らないものだ。


 勿論、目の前のカールも、同じ理由で知っている筈がなかった。

 ただし、彼はグスティンの元に集った家臣団の一人だ。

 男爵家の五男坊だとかで、自分の力で身を立てる必要があり、その時能力をグスティンの祖父に買われた形だった。


 確か鉱山部門を担当していて、採取できる鉱石量、働いている人数、掛かる費用など一式全てその頭に詰め込まれていると言われている。

 まだ若く、家臣団の中では最年少だが、グスティンが頼りにするだけの能力がある、と原作にはあった。


 その顔に見覚えがあったのも、本の挿絵に書かれていたからに過ぎない。

 よく似てるからもしかして、とは思ったものの、まさか本当に本人と知って、驚ろかされたのはこちらの方だ。


「……いえ、ほんの偶然ですのよ。……ただ、どうしてお声がけを? 不躾な事を申し上げますけど、互いに接点など無かったでしょう?」


「えぇ、家同士の繋がりは全く。ただ、貴女にはお礼を言っておきたかった」


「はぁ……、お礼……? あ、もしかして――」


 家同士が関係ないとなれば、二人の間の繋がりなどグスティンしか残っていない。

 そして、お礼というなら、その先の言葉にも想像がついた。


「グスティン様へ、我らの登用を呼び掛けて下さったと、若君よりお伺いしました。その御礼を申し上げたかったのです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る