新たな成果、新たな試み その2
カイが弟と協力して杭と紐を持って来て、何とも言えなくなってる空気に怪訝な顔をさせる。
ひっそりと近寄って来て、ヨーンとエマを盗み見ながら、手で口を抑えながら尋ねてきた。
「……おい、何があった」
「別に、特別な事は何も。ただ、あたしもそう長く、この村に居られないって話をしただけ」
「……そうなのか?」
「ちょっと、あんたまで? 頼むわよ、ホント……」
はぁ、と溜め息をついて額に手を当てる。
本気で見せた落胆ではなく、互いをよく知るからこその冗談みたいなものだ。
長く付き合いのある家だから、カイに対しても気安く飾らない態度でいられる。
「いつまでも居てくれりゃ良いじゃないか。ここ数年の実りは、皆お前のお陰だろ。出て行かれたら、それこそどうしたらいいんだよ」
「大変なのは畑の改善まで。そこから先は、どれほど丁寧に維持できるかって問題になるわ。別に魔力で葡萄を実らせていた訳じゃないの」
「だとしてもさ、皆残念がるぜ。ワインの出来も、お前が来てから右肩上がりだって聞く。新しくブランドを作って、それにお前の名前を付けるとか……」
「なにそれ、聞いてない」
「やべ……。これ言っちゃいけないヤツだったか……」
正直どうかと思うが、そうした感謝を示したいくらい、数年前までの不調が嘘の様な売り上げを記録している。
彼らが見せる明るい表情は、その順調さにも起因する事だろう。
どこの領もこの寒冷で出来の悪さを見せる中、バークレン産ワインのみが品質良好だと噂されている。
下がり調子だった税収も回復の見込みになり、父の機嫌も良いらしい。
ただし、その税収にはオルガスに言って細工をしてあるのだが――。
ともあれ、他の不調が続くのは、葡萄ばかりではない。
畑の実りは軒並み不調で、それはどこの領地も変わりなかった。
寒冷がどこまで続くか分からず、特に麦の収穫減少は悩みのタネで、飢饉の前兆は色濃く見えている。
ワインは貴族のテーブルに欠かせないものだが、必需品ではないのだ。
それで蓄えを作れても、麦が買えないとなれば、民は飢えて死ぬしかない。
早くに目を付けていたから、それにも畑の一部を使って実験を繰り返しているが、今のところ芳しい結果は得られていなかった。
「……ま、ワインの好調は喜ばしい事よ。作物が壊滅的な被害はまだ受けてないけど、冷害ってほど酷くなる兆候は既にある。例年通りの寒冷が、例年以上の寒波となるかもしれない。……どうにかしないと」
「そりゃ、是非ともして貰いたいね。……手伝える事あるか?」
「領民を賄うだけの備蓄は、既に始めているわ。ワインの売り上げ増加のお陰で、その部分については不安がないの。……親に隠れてやってる事だから、バレると何されるか分からないんだけど」
「何かって、何だ……?」
「備蓄を高額で転売するとかよ。より高く買う領に売り付けたりするかもね。……自領の民が飢える事も気にせず」
カイがあからさまに気分を害する顔して、うげぇと舌を出して呻く。
それからチラリ、とこちらに視線を向けてきた。
「……なぁ、なんでお前が領主してねぇの? 領主の我儘とか贅沢に、俺ら殺されたくないんだけど」
「あたしにその権利がないからよ。女を領主にしたいと思う人は少ないし、うちの親は今の地位を決して明け渡そうとしない」
「世の中って理不尽だよな……。誰に領主やって欲しいって聞いたら、この村のヤツ全員お前だって答えるぜ。それでも駄目か?」
「駄目ね。民衆の声っていうのは無力なのよ。ウチの親より、もっとずっと偉い人に認められないと、あたしを領主には出来ないわ。……あぁ、それ以前に、年齢の方で弾かれるかしらね」
領主という大任ある役職に就くのだ。
幼くして親が亡くなり、仕方なく就く事はあっても、実際に指揮を取らせたりしない。
その場合でも、成人するまで叔父などが、代わりに政務を取り仕切るものだ。
それが世の常識というものである。
そして、いつだって常識というものは、異例よりも優先される。
「偉いさんに頼んでも、結局……年で駄目か」
「あんたにだって分かるでしょ。一人前の年齢にならないと、リーダーとは認められないの」
「そっか……。村長だって若いヤツにゃあ、やらせないもんなぁ」
落胆する素振りを見せつつも、カイなりに納得はしているようだ。
割り切れないと思っているが、世の中にはどうしようもない事があると、受け入れている雰囲気を発している。
「いずれにしても、まだ三年あるわ。それまでに、あたしが居なくなってもやっていける村にしてみせる」
「三年か……。長いようで、短い時間だよなぁ……」
「なにオッサンみたいなこと言っての! ほら、グズグズしてる暇ないわよ。あたしにだって予定ってもんがあるんだから!」
※※※
人数が居れば仕事は早く終わるもので、予定より少し早めに切り上げる事が出来た。
まだ全てが終わった訳ではないが、この分だと例年と同じ時期に仕上げを終えられる。
今回、手伝いに入ったのは、ヨーン家の畑を更に拡げる事になったからだった。
好調な内に少しでも実入りを増やして置きたい、という事らしい。
本来、開墾は非常に難しく、多大な労力が掛かるものだ。
やりたいと思えば出来るほど簡単なものではなく、また管理の幅が広がれば、それだけ維持も難しくなる。
それでもヨーンが開墾に踏み切ったのは、一重に魔力という後押しがあったからだった。
全てを人任せにする訳ではないが、最も面倒な所は請け負ってやれる。
それもあって、ヨーンに限らず畑を拡大した家は多かった。
今年はそうした家の手伝いをすると決めている。
その傍らで、自分と領に対して貢献できる実験もやろうと考えていた。
これは数年前から既に着手している事で、今日も行う予定だったのだが、それよりまず夕飯の準備の手伝いをしていた。
基本的に、食事は屋敷で取らず、村で取る。
屋敷でも食事は出るものの、最低限のものでしかなく、最も位の低い洗濯女より更に質の低い食事しか出て来ない。
三日で根負けして、泣いて詫びるとでも思っていたのだろう。
全くその兆候を見せない上、セイラのやる事なす事が気に食わない親は、食事の内容を改める必要を感じなくなったようだ。
必然的に村での食事が主流になり、大抵はこうしてカイの家で食事を取っている。
カイの家でなくとも、何処であろうと歓迎してくれるのだが、ここが一番気安くて面倒がない。
だから、よくこうして下拵えも手伝っているのだが――。
傍に立って、姿勢正しく辺りを睥睨しているだけのメイドに、物申してやりたい気分になる。
「食べさせて貰ってるんだし、それは良いんだけどさ……。何であんたは何もしない訳……?」
「はて……? 何もしないとは? 私は今日も空が綺麗だなぁ、とか独白するのに忙しいのですが」
「それが何もしてないって言うのよ! あんたも豆のヘタ取るの手伝いなさいよ!」
「お嬢様が申し付かった、貴重な仕事ではないですか。穀潰しのお嬢様にも役目を与えようという優しさを、私が奪うなんて残酷な事できませんよ」
「誰が穀潰しよ! ねぇ、何かあんなこと言ってんだけど!」
ヨーン家の肝っ玉母さん、エリーに顔を向けると、盛大に笑いながら更に豆を追加された。
「まぁまぁ、伯爵家のメイドさんに、こんな仕事させらんないよ」
「あたしは伯爵家の令嬢なんですけど!?」
「あーっはっは!」
盛大に笑い、背中をパンパンと軽く叩いてから、頭をひと撫でして台所の別作業へ戻っていく。
冗談を聞かされたと思ったのか、それとも別に理由があったのか――。
ともかく、カーリアに仕事を与える気がないのは良く分かった。
「ほら、キリキリとヘタ取ってください。そっちが片付かないと、料理が進まないじゃないですか」
「セイラちゃん、あっち終わったから一緒にやろ!」
エマが隣にやって来て、天使のような笑顔を見せる。
持つべきものは、やはり心優しい妹分なのだ。
心無いメイドは、空に向けて口を開け、鳥の糞でも飲み込めんでればいい。
その、心の内が聞こえてしまったのだろうか。
唐突に頭を鷲掴まれ、徐々に力を込められていく。
「い、いだ! いだだだっ! ちょ、ばかっ! 離しなさいよ!」
「どうせまた、変なこと考えていたんでしょう?」
「考えてないわよ! 言い掛かり――いだっ、いだいっての!」
「馬鹿みたいに空を見上げて、鳥の糞でも命中しろって思ったでしょう」
「え、なんで……ほぼ正解――いだだだだああ!!」
万力の様に力を込められ、必死になって手を伸ばし、遠くに見えるカイを呼ぶ。
「ちょ、ばか! 見てないで助けなさいよ!」
「嫌だよ。どうせお前が、またバカみたいなこと言ったんだろ」
「そうだけど――いだだだだ! 違う、言ってない! 思っただけ!」
「同じ様なもんじゃんか」
「全っ然、違うでしょ!」
涙目で撒き散らす様になると、流石にカーリアも手を緩めた。
反省しろとばかりに頭をペシリと叩かれ、再び気配を感じさせず周囲をボーっと見始める。
ケッとやさぐれた気分でヘタ取りに戻り、作業を再開した。
その後も鍋に掛けた火の調節や管理など、休む間もなく次々と指示を受ける。
とはいえ、口で言う程、この手伝いを嫌がっていない。
これはいずれ、庶民として生きるに必要な知恵と技術なので、有り難く学ばせてもらっている。
竈に火を入れ、維持しつつも調節する、というのは簡単な事でもないのだ。
ガスを使った調理器具しか知らない身としては、単にツマミを回すだけで火力調節が出来るコンロしか使った事がなかった。
火力を弱める事、強める事、そして使った後の火の始末……。
どれもが面倒で、簡単な作業ではない。
だが、最低限それが出来なければ、生きていけないという事でもある。
エリーさんが教えてくれる事は、その全てが生きて行く上で大切な事だった。
庶民の食生活は決して豊かでなく、味付けも薄い。
調味料を使うにも、大抵は塩ぐらいしか手に入らないし、多くは塩漬けされた保存食を水で戻して食べるから味も悪い。
だが、それこそ普通というものだ。
この世界で、普通に生きて行くという事なのだ。
自然と生活の糧を教えてくれるこの家での作業を、口で言うほど嫌ってはいないのは、つまりそれが理由だった。
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