新たな成果、新たな試み その3

 夕食の準備も終わり、全員が一同にテーブルを囲む。

 長方形型をしたテーブルの上座にはヨーンが座り、その対面となる客席に私が座るのもいつもの事だ。


 共に夕食を取っている間も、ヨーン一家から感じるのは親愛で、家族と近しい感情を向けられている。

 食事自体は質素なもので、豆を煮込んだ塩スープとパン、干し肉を水で戻した後、他の野菜と炒めたものと、お世辞にも旨い料理ではなかった。


 しかし、談笑しながら取るこの食事は、いつ来ても心を優しく解してくれる。

 豆のスープを口に運んでいると、上機嫌のヨーンが話し掛けて来た。


「いやぁ、セイラちゃん。いつもありがとう。本当に助かってるよ」


「皆が富めれば、あたしも嬉しいもの。その地盤だけは、しっかり作っておかないと」


「勿論、セイラちゃんが皆を思ってくれるのは嬉しい。でも、無理してないかい……?」


 優しい瞳をさせて困った顔で微笑むヨーンに、思わず言葉が詰まった。

 無理しているか、と言われれば、勿論無理している。


 この領地は没収されるのだ。

 バークレン家は没落、取り潰しの目に遭い、何処ぞの貴族へ預けられる。

 いざその時になったら、彼らが一方的に割を食わないだけの環境を与えてやりたかった。


 その土地の事は、その土地で生きた人以上に知っている者はいない。

 土地と共に生き、蓄えられた知識と技術は、おいそれと捨てられるものではない。


 それは新たに据えられる領主とて、よく分かっている筈だ。

 これが生産不良であったり、明らかに時代遅れの方法を取り続けているのなら、話は違ってくるだろう。


 だが、現状のままであれば、決して悪い扱いを受けない。

 とはいえ、領地没収という沙汰を下された、訳有りの土地だ。

 領主への評判は最悪で、それに釣られて領民にまで悪感情を持たれる可能性はある。


 だが、誰も文句を付けられない評価の畑や働きぶりを見れば、彼らの尊厳は守られる。

 正しく判断できるなら、有益な領民をそのまま活かそうと考える筈だ。


 そして、その助けは、今の内しか出来ない。

 多少の無理も当然というものだった。


 何より、それは最初から織り込んでやっている事でもある。

 彼らの生活が安泰と思えば、いざ逃げ出すその時にも、躊躇なく行けるというものだろう。

 後ろ髪引かれない為と思えば、このぐらい何ともなかった。


「別に、大丈夫よ。あたしは己に課せられた役目を果たしているだけ。毎日、村に来ている訳でもないでしょ? 休む時間は十分に取ってるわ」


「それなら良いんだが……。セイラちゃんが村の為に尽くしてくれているのは、皆よく分かってるから。これ以上は誰も望まないよ」


「この村だけなら、確かにそれでも良いんだけど……」


 カイにも話した事だ。

 既に寒冷自体が例年と言って良いほど、長く続いてしまっている。

 当然、各領地は――あるいはもっと拡大して国単位で考えても、そうした時期はあると知って備蓄しているものだ。


 だが、不作の連続は確実に備蓄をすり減らす。

 既に耐え切る限界まで来ていると思う。

 五年も続く寒冷というなら、それは寒冷期がやってきた事を意味しているのだ。


 天気は気紛れとも言うが、これは単なる気紛れで続く寒冷の規模を超えている。

 そして、例年より悪いレベルではなく、はっきりと凶作になる年が来るのも、そう遠くないと考えていた。


 当然、それらの対策は既に国の中枢がやっている筈だ。

 他国から穀物を輸入するなど、取れる対策はしているだろうと思う。


 しかし、それに頼り切って良いものか、とも考えてしまうのだ。

 大抵の場合、国の舵取りというのは重く、そして遅い。

 歴史的にも、起きたことに対し場当たり的に見え、それで遅きに失する事も多かった。


 自領の備蓄だけで十分なのか、そこに自信が持てない。

 寒冷期が続けば、餓死者の発生を一年遅らせる事にしか出来ないだろう。


 この村だけではなく、自領の他村、そして他領にまで拡がる対策が必要だ。

 それをたかが伯爵家の……それも後を継がない令嬢が、するべき事ではないかもしれない。


 ――それでも。

 言葉を途中で途切れさせた私の顔を、不安そうに見つめる一家の姿を見つめる。

 それでも、自分が出来るかもしれない事を見過ごして、後で後悔するよりは良い。


 持てる者は、持たざる者を助ける為に、その力を得たという。

 この国の建国期、魔力持ちの人間を貴族と改め、その者らが国を統治する際に生まれた言葉だ。


 本来の――貴族としてのあるべき姿を、いま改めて取るというだけの話だった。


「まぁ、私のやるべき事と、やりたい事が一致しているってだけの話よ。無理のし甲斐もあるってもんだわ。すぐにでも結果を出さないと……」


「そうか……。そうかぁ……、すまないなぁ、セイラちゃん。協力して欲しい事があったら、すぐ言うんだぞ」


 今日の朝方、結婚やら婚約やらの話をしていたからだろうか。

 ヨーンは盛大な勘違いをしていそうで、情感たっぷりにそう言うと、親が子に見せる親愛で力強く言った。

 それに応える形で、こちらからも強く頷いて見せる。


「そうね、そうする。多分……近い内にお願いする事もあると思うし」


「そうか……!」


 素直に頼ると、ヨーンは嬉しそうに頷いた。


「何でも言うと良い。人手が必要っていうなら、カイの事は好きに使っていいぞ!」


「おい、何でオレが……!」


「場合によりけりね。必要なら貸して貰うわ」


「あぁ、いいとも。事前に言って貰えれば、どうとでも都合付けるから」


「おい、父ちゃん。当の本人無視して、話進めねぇでくれよ!」


 カイは非常に不満そうだったが、ヨーンは全く気に掛けない。

 それどころか、脅し付けて無理やり言う事を聞かせる始末だった。


 家族愛に溢れた、微笑ましい光景に声を上げて笑いながら、その日の夕食を楽しく取った。



  ※※※



 夕食を取り終わっても、すぐには屋敷に帰らない。

 むしろ、今日はここからが本番だった。

 日中は畑仕事を手伝っていたので、こちらで作業する余裕まではなかった。


 今はかつて、アーレン家所有の畑として使っていた土地を、セイラの実験場として改造した場所にいる。

 ワインに使う葡萄だけでなく、他にも多種多様な農作物を育てていて、その内一つに小麦もあった。


 どれも食用として栽培しておらず、品種改良する為に育てられている作物だ。

 五年前から、ここでは寒冷に強い作物の研究を続けている。

 科学的に作り出す事は技術的に不可能なので、ほぼ人力の総当たり制という効率の悪さだ。


 しかし、掛かる時間を飛躍的に短縮できる方法を、私は持っている。

 それがつまり、草属性という魔力だった。


「あるいは、この為に授かったと思える程の偶然よねぇ」


「いえ、神であろうと、こんな奇妙なことに使われるとは予想されなかったと思います」


 いつもどおりの定位置――右斜め後ろに立ちながら、カーリアが呟いた。

 普段なら聞き流しても良いのだが、どうにも腹の虫が収まらない。

 小麦の畑で、その出来を確認しながら、顔を半分だけ向けて言い放った。


「あんた、何にも分かってないのねぇ。こうした地道な作業が、明日の飢饉から民を救うのよ」


「そうは申されても、小麦を一晩で育て、無駄にするのに何の意味が……?」


「無駄にしてるんじゃないの! 探してるの!」


 草属性の魔力で出来るのは、その場に雑草を生やすだけではない。

 幾度も使っていく内に、植物の成長を促進させてやれると発見した。


 植物なら何でも可能ではないらしく、その線引は未だ曖昧だ。

 しかし、多くの作物に有効であるのは間違いなかった。


 品種改良など、本来なら地道な作業の繰り返しで、しかも結果を待つには一年掛かりという途方もなさだ。

 自分の魔力で成長促進できると発見できなければ、きっとこんな事を試そうともしなかっただろう。


「それで、お嬢様。寒冷に強い作物を作るという事でしたが……、本当にそんなこと可能なのでしょうか?」


「勿論よ。そうした例は幾つもある」


「……ありましたかね?」


 カーリアが首を捻るのも無理はない。

 そのいずれも、この世界ではなく、星羅が住んでいた世界での話だ。

 科学技術の優れた時代であっても簡単ではなく、全てを意図して作る事は不可能とさえ言われていた。


 こちらの世界に科学はあっても、未だ眉唾の領域だ。

 多くの人間は体系付けられた学問という認識を持っていない。

 それほど、科学という学問は、この世界で日の目を浴びないジャンルだった。


 そして、科学を眉唾にしてしまう要素、魔力という力がこの世には存在している。

 これの所為で、余計に科学が発展しないのだと思う。


 何しろ、科学や物理などの学問に、正面から喧嘩を売る様な力だ。

 学者は頭を抱えてしまうだけだろう。

 そして、正面から喧嘩を売り続けた結果、一晩で種を発芽させ、収穫可能なまでに成長させる事に成功している。


 種子の段階で魔力を込めてやると、出来上がった作物に変化が出るという発見があったのだ。

 込める魔力量、魔力の照射時間によって、それぞれ違う変化を起こす。

 そして、土や水の属性も含めて使う事で、また違う変化が現れる事まで確認した。


 それだけでも凄い発見なのだが、今のところ望んだ結果は得られていない。

 特に、土と水の属性を用いる段階で、パターンが複雑になり過ぎ、その制作と確認だけでも非常に大変な事になってしまった。


「まぁ……、未だモンスターが誕生していないだけ、まだマシかもしれませんが……」


「生まれないわよ、モンスターは! ……生まれないわよね?」


「こちらに聞かないで下さいよ。もし生まれたら、いつか必ずやると思ってましたって証言しますからね。こちらを巻き込まないで下さいね」


「何でよ、やめなさいよ! せめて不慮の事故って証言なさい!」


 ぎゃあぎゃあと喚きながら、作物の確認をしていく。

 背後に立ったカーリアには、木炭から作った簡易ペンを持たせ、事前に作っておいた確認シートにチェックを入れさせる。


 こうした確認は、もう数え切れないほど繰り返し行っている。

 その度に、パソコンとエクセルがあれば、と強く思ったものだ。

 しかし、ないものねだりしても仕方がない。


 小麦畑に植えられた、一本ずつ等間隔に植えられた麦を手に取りながら、声に出していく。


「これも駄目……、これも駄目ね……。これは惜しいわ。チェック。後は……、駄目ね。ここから一列、全部駄目」


「百ある内の、一つだけですか。昨日も、一昨日も全滅だった事を思えば、少しは前進でしょうか」


「少しはね。冷害に強いものが生まれたら、それで完成って訳でもないし。そこから更に、より多く実を付ける品種を……」


 途中まで言い掛け、言葉が止まる。

 最後の一列全て価値なし、と断じたばかりだった。

 しかし、見過ごした脇に一本、このまだ夜の寒い時期に、しっかり実を付けている麦がある。


 既に暗闇が迫り、太陽が山の稜線に没しようという時間だった。

 明かりがないと確認できないので、時間優先で見ていたからチェック漏れしていたようだ。


「……見つけた」


 小麦の茎は高く伸び、自分の身長より高い位置に、稲穂がしっかりと実っていた。

 寒冷の中、萎み、枯れるばかりの小麦の中、しっかりと実が付いている。


「チェック! 番号は!?」


「めの十です。魔力五、照射六、土が七、水が二です」


「見つけたわよ……! 寒冷の中でも育つ麦! 葡萄にも有効か、すぐ確認する! そしたら次は……! 次は……!」


 既に五年近く、繰り返し続けて来た事だった。

 実は無理じゃないか、やり方が違うんじゃないかと、塞ぎ込んだ事もある。

 カーリアに理不尽な苛立ちをぶつけた事もあった。


 これまで掛けてきた時間全てが無駄だった、そう思う事になるかもしれない――。

 一切の成果もなく、ただ無為な時間だったと打ちのめされる。

 それが何より怖かった。


 だが、違う。

 ここに一つの成果はなった。

 無駄じゃなかった、やり遂げた、と歓喜の気持ちが湧き上がる。

 そこに珍しく、情を感じる優しげなカーリアの声が掛かった。


「おめでとうございます、お嬢様」


「ふっ……、ふん……っ。ここからよ。これでようやく、スタート地点に立てただけなんだから!」


 堪えきれない情動に、声が震え、目端に涙が溢れる。

 こういう時、強気で我儘、勝ち気で素直になれない自分が恨めしい。

 本当なら、涙を流してカーリアに抱き着きたいぐらいだった。


 しかし、常に強い自分を見せたいセイラは、決してそんな姿を見せない。

 涙すら気付かせたくなくて、顔を上げては稲の穂先を見つめる。

 背中はきっと震えていただろうが、カーリアはそれ以上、何も言おうとしなかった。

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