味方を得るのは難しい その2
「グスティン様、
「確かに……、父は今の状態でも公爵の印が必要な時ですら、渋々ながら仕事をしている。それすら嫌気を指している状況と聞くから、もっと大幅に仕事を投げてくる可能性はあるが……。しかし、交代? 気が早すぎないか?」
「だとしても、その時に備え、常に把握しておく事が重要なのだと思います。資金の流れ、人の流れ、公爵領を食い物にしている者共を、その時になって即時に処断できる証拠固めをしておくのです」
カップに口を付け、下ろさずそのまま口元に残して、力強く言い放った。
グスティンは驚く顔を見せたが、それも一瞬の事で、即座に澄ました顔へと戻る。
「その為には、お祖父様の信用厚かった彼らが必要か」
「はい、彼らは今も公に忠誠を捧げていて、正しく継承するなら貴方にも忠誠を捧げるでしょう。むしろ、あなたに一筋を希望を見ているから、今も待っている筈です」
「何故、それが君に分かる? お祖父様が亡くなったのは一昨年だ。そのまま職にも付かず、待っているとでも?」
「それは分かりません」
僅かに首を振って、残り少なくなった紅茶を飲み干す。
原作でそうだったから、彼らはまたグスティンと共に公爵領を盛り返す、と知っている。
だが、そんな話をここでは言えない。
それでも賢しらに言葉を口にしてしまった以上、それらしい着地点に持っていくしかなかった。
「でも、彼らはきっと仕事に誇りを持っていた筈です。それを突然、確たる理由もなく取り上げられたのなら、思うところは強いでしょう。でも、グスティン様がお声がけすれば、きっと尽力を惜しみません」
「……まるで見て来た様に言うんだな」
その一言に、ドキリと胸が跳ねる。
実際、見て来た様なものだ。
ただ、現在の彼らが何をしているのか、それは本当に分からない。
毎日やけ酒しているかもしれないし、忸怩たる思いをしつつ、貯金を取り崩して生活しているのかもしれない。
もしかすると、別の職を既に見つけている可能性だってある。
だが、最終的にはグスティンの元に集い、家臣団はその辣腕を振るうのだと知っているから、強い物言いが出来るのだ。
グスティンが難しい顔へ更に眉根を寄せ、しばらく吟味して言葉を探し、それから口を開く。
「父が僕に仕事を投げる……それは考えられる事だ。だが、常識的に考えれば学園を卒業してからになるだろう。十年待たせるのは、流石に難しい……」
「う……、それは、ごもっともです……」
普通に考えれば、幾ら利発だろうと十歳の子供に仕事をさせる訳がないし、携わせるにしても徐々に段階を経て、という話になる筈だ。
実際、表立って動き出すのは現公爵の死後になってからで、それも事故死という突然の爵位継承があったからに過ぎない。
だが実際、傾き続ける公爵領を、日陰から必死に抑え続けていたのは、グスティンとその家臣団だった筈なのだ。
継承と同時に驚くべき速さで立て直し出来たのは、彼らの努力と厭わぬ献身が、その水面下であったからだと知っている。
だが、そんなことは、今のグスティンに知る由もない。
まして、十歳で丸投げされるなど、全く予期していないに違いなかった。
「グスティン様、ですが……お声がけだけはしておくべきかと」
「……何か、知っているのか?」
こうなったら、単なる口から出任せに言うしか無いだろう。
「いえ、知っているという程の事では……。ただ、父から聞いた話だと、執務に対する愚痴が日に日に増しているようです。こじつけられる理由さえ見つかれば、グスティン様に投げ出す日も、そう遠くないと見ているようですよ」
「……例えば、予想以上に優秀で、任せるに足る跡継ぎと分かれば、多くの実権を投げ渡すと思うか?」
「十分、有り得る話かと」
口元に手を当てて、ニッコリと微笑む。
そうすると、グスティンも子供ながらに暗黒に染まった微笑を浮かべた。
「……なるほど、一考に値する。手を回すなら早いほうが良いだろうな。しかし、何故そんな話をここで持って来た?」
資金の流れ、人の流れを見ておけ、と言ったのは、そこに我が父が関与していると予想するからだ。
いざという時、容赦なく没落させるには、証拠が多いに越した事はない。
筆頭分家という看板は、やはり相応に顔が利き、便利に使える。
取り逃がす、なんて事があっては困るのだ。
だが、それを正直に言っても、今の段階では信用されないだろう。
不審や警戒を招くだけなら歓迎だが、擦り寄られ、頼りになると思われても困る。
「グスティン様に顔を売ってこいと、父から言われたものですから。好きな茶葉など教えたところで、顔を覚えて貰えませんでしょう?」
「ここで出す話題がおかしいって話をしているんだが……。まぁいい、確かに顔は覚えさせられたな。……ところで、本当に六歳か? 一般的な六歳から逸脱し過ぎだろう」
「そのお言葉、そっくり返させて頂きますね。グスティン様こそ、凡庸な八歳児とは比べ事すら烏滸がましいですもの」
うふふ、と口元を片手で隠したまま笑うと、グスティンからも目が笑っていない笑みを返される。
「……ま、いいさ。今日は顔合わせだ。家柄からして、これから顔を合わせる機会は増えるだろう。精々、役立って貰うとするかな」
「あら、虫除けに使うだけにして下さいましね」
「他の令嬢たちを虫とは酷い言いようじゃないか。彼女たちは可憐な蝶だ。未だサナギですらないが、悪質な呼び方は感心しないな」
「えぇ、ですから芋虫退治ならお任せを。でも、それ以上はお約束できませんわ」
「人の使い方を学べと言ったのは君だろう? 上手く使う方法を、実地で学ばせて貰いたいんだけどね」
あらあら、ふふふ、と違いに笑っていない笑みを交わし合う。
感情を隠し、悪意すら笑みで覆い隠して背中にナイフを握るのは、貴族にとって当然の嗜みに過ぎない。
しかし、それを社交界デビューも遙か先の、六歳と八歳がしているとなれば、異常の一言に尽きた。
遠巻きに窺う令嬢、令息も二人の間に流れる威容な空気は感じている。
和気あいあいとして見えるのは上辺だけ、異質な何かを感じ取って顔を青くさせていた。
「ではわたくし、目的を達したので離れますね。後はご令嬢と、お口直しの歓談でもなさいませ」
「色々と衝撃的だったから、一人で考えていたんだが……周りが放っておかないかな。続きはまたの機会に取っておこう」
「あら、それは難しいかもしれません」
「……へぇ?」
「わたくし、家中ではワガママで癇癪持ちだと思われていますの。これからもっと粗暴に、そして馬鹿をやります。父が引き合わせたくない、と思える程度には、上手く演じるつもりです」
グスティンの笑みが固まり、口の端に引き攣ったものが見える。
そこまでするのか、と言いたいものを、必死に堪えているようだった。
「お会いする機会は、そう恵まれないでしょう。わたくしは領地で引き籠もる事と致します」
「案外、野心がないんだな。……それとも、それも
「あら、嫌ですわ。謀などと仰々しい。……でも、一つ大きな野心を抱いておりますよ。他人様から見たら、ほんの些細な野心ですけど」
それだけ言うと、返事を待たずに席を立つ。
ごく短いカテーシーをしてニコリと笑い、わざと周囲に聞こえる様に声を張った。
「それでは、御前失礼いたします。またお会いできる日を楽しみにしておりますわ」
身を翻し、テーブルを離れて中庭の一番外側にある、誰も座っていないテーブルに着いた。
大きく息を吐いて、震えそうになる手をテーブル下で必死に抑える。
遠巻きにしていた令嬢たちもグスティンの元に戻って、粗暴な振る舞いをしたセイラを悪し様に言うのが聞こえてきた。
グスティンはそれを咎める事もなく、聞き流しながら澄ました笑みを返している。
それを見て、今度はこっそりと息を吐いて呼吸を落ち着けた。
最初は単に、父からの言いつけどおりにするつもりだった。
精々、周りから仲良く見える程度、それが叶わぬなら、必死に仲良くなりたいアピールして袖にされようと。
でも、口を滑らせてから一気に流れが変わってしまった。
何とか着地させられたと思うが、聡明な彼が何を思うかと考えたら胃が痛い。
それに、あのプレッシャーだ。
――子供と話しているとは思えなかった。
まるで、会社の部長クラスと話していると思える、重厚な緊張感があった。
同じ八歳と比べるなんて、と言ったのは、その聡明さに対してではない。
生まれながらにして人の上に立つ者、そのプレッシャーに対してのものでもあった。
とにかくも、父からの指令は完了した。
令嬢を蹴散らして近付いた件はともかく、二人きりで話している姿は見せられた筈だ。
不出来な娘にしては、良くやった方、という評価は得られただろう。
そして今後は、グスティンに宣言したとおり、これまで以上に酷いセイラを演出するつもりだ。
そうすれば、まさか不出来な娘が一家転覆を謀っているなど、夢にも思わないだろう。
多少の失敗、僅かな露呈程度では、大した騒ぎにはならない。
そう思われる保険になれば、と思うが、そちらはあまり期待していなかった。
それに、本気で事を成そうと考えるなら、味方は必要だ。
最終的に没落する訳だし、何か画策するまでもなく勝手に没落する話ではある。
悪役令嬢エレオノーラに、断罪されるまでがタイムリミットだ。
しかし、そうと分かっていても、単に逃げるだけでなく、一矢報いてやりたい。
その為には何が必要か――。
味方だ。
一人では不可能だと、最初から気付いている。
グスティンは何か協力を得るには遠すぎるし、なにより最終的に没落の決を鈍らせない事の方が重要だ。
密なやり取りよりも、容赦なく腕を振り下ろせる関係を維持しておくべきだった。
ならば、必要なのは身近な味方だ。
共犯関係とまでは言わずとも、いざその時になって口添えを頼める程度の誰かが――。
令嬢達に囲まれて、今では辟易とした表情さえ押し殺したグスティンたちの輪を眺めながら、その思考に没頭し始めた。
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