味方を得るのは難しい その6

「単に募集を掛けると言ってもねぇ……。奴隷を買ってきて、農奴にするのは論外だし」


「然様でございますな。どちらにしても、最低限食費を提供しなくてはならず、監督する者の存在も不可欠になります」


「そりゃあ、連れて来ただけで素直に労働なんかしないもの。監視が甘ければ、逃げ出す算段を講じるに決まってる」


 当然ながら、一人で畑を作れという話にはならないので、複数人を用意しなくてはならない。

 数が揃えば監督する方も苦労が多く、一人で足りないというなら、複数の監督者を雇わねばならないだろう。

 費用対効果に合っているのか、甚だ疑問の出費となる。


「お父様も無理を言うものだわ。命令一つ下すだけで、万事滞りなく動く訳ないじゃない。そうする為に普段から奔走するのが、領主というものでしょうに」


「御先代様は、まさしくその領主足らんと相応しい御方でした」


 父の先代――セドリックお祖父様は、セイラの誕生と同じくして他界したと聞いている。

 よく働き、領民の為に身を粉にして、伯爵領を治めていた様だ。

 そのセドリックが一言命じたとなれば、臣下も領民も良く働いた事だろう。


 決して上から命令するだけでなく、自分たちを思えばこそ言った事だと分かるからだ。

 そして、そこからしっかりと利益を汲み取り、領民を手厚く保護していたから、誰もが慕った。

 そんな事は、少し調べてみれば分かる事だった。


 父がその上辺だけ見て、命令一つで臣下が動くと思っているなら浅はかという他ない。

 領主と領民の関係は、良好に保っておくに越したことはないのだ。


 そして、お祖父様はその為の努力を怠らなかった。

 その背を見て育った父が、どうしてそれを理解していないのか、不思議でならない。


 父のオルガスに対する態度を取ってもそうだ。

 帳簿を預けておきながら、良く悪し様な言葉を口に出来るものだと、逆に感心する。


 かといって、大金を握らせて御している訳でもなさそうだし、何を持って家に尽くしているのか、しっかり考えているのだろうか。

 忠誠は金で買える、と思っているならそれでも良い。


 しかし、それすら怠っている相手が、いつまでも大人しく忠誠を誓うと思っているなら大間違いだ。

 長年仕えていても、ある日を機会に呆気なく離反する。


 人の上に立つ者ならば、その可能性を常に考え、備え、整えておかねばならない。

 オルガスの立場なら、上手く入出金を操作して持ち出す事だって可能なのだから。

 わざとらしく息を吐いてから、オルガスの目をしっかりと見据え、頭を下げる。


「父が申し訳なかった事ね。貴方が背負った労苦に対し、あまりにも酷い態度だった。身分も責任もない頭を下げたところで、軽く見られてしまうでしょうけど、謹んでお詫びするわ」


「――いえ、決してその様な! そもそも、お嬢様が気になさる事でも、お詫び頂く事でもございません! 爺はその様な気持ちを持って頂いていると、それが分かっただけで十分でございます! どうか、お嬢様……!」


 謝罪した頭に、オルガスは必死に否定の言葉を言い募る。

 それでも一向に頭を上げないので、最後には悲鳴を上げるかの様だった。


 いま私が言った事に本音も幾らか含まれているが、本心ではない。

 味方が欲しいから、それらしくしおらしい態度を見せただけだ。

 両親を見限るに当たって、財政を握るオルガスが味方にいれば何かとやり易い。


 これだけの事で味方になるとは期待してなかったが、頭を上げた時のオルガスは感動に身を震わせていた。

 もしかすると、あと少し押せば完全な味方になってくれたり……。

 こうなってくると、欲が首をもたげてくる。


「ありがとう、爺。これまでの忠節に感謝を。あの様な父だけれど、見捨てずしっかり手綱を握って頂戴」


「ハッ……! お優しいお嬢様、そしてご才知に溢れたお嬢様にそう言って頂いて、感無量でございます!」


 大袈裟ね、と笑って、カップを手に取り紅茶を飲んで喉を潤す。

 思わず緩みそうになる口元を隠すため、やった動作だった。


「父の浪費には苦労しているでしょうけど、今も持ち堪えているのは爺の功績だと思ってるわ。申し訳ないけれど、もうしばらく堪えて頂戴」


「はい、勿論です。しかし、もうしばらく、というのはもしや……?」


 オルガスから期待を膨らませた視線を向けられ、自分が発した言葉の意味を悟った。

 あの発言では、まるで自分が領政を握ると宣言したようなものだ。


 どうせ十年せずに没落するから、という意味でしかなかったのに、その期待を裏切ってしまうのが心苦しい。

 この場を切り抜ける、何か上手い言い訳を考えなくてはならなかった。


「いえ、そういう事ではないのよ。何しろまだ幼く、発言権だってないわ」


「確かに、それは問題かもしれません。しかし、時間は誰にとっても平等と申します。時間と共に、そのご才知も知れ渡り、その発言に耳を傾けられる事も多くなるのでは?」


「でも、家中の評判だって最悪よ。父は出る杭を打つタイプだし、女は政争の為の道具としか見てないもの。見栄のために雇っていた講師も、傷が付いた途端解雇しちゃうしね」


 自重めいた笑みを見せると、これには反発と怒りを持って反論が飛んで来た。

 未だに講師を解雇した事は、オルガスにとって腹に据えかねる問題らしい。


「それこそ、評判など幾らでも覆られましょう。結果を見せる、それを積み重ねる。唸らせる程の実績があれば、誰もが口を閉じます」


「いや、でもね……。やっぱり、父が黙ってないわよ。娘が領政に携わるなんて許さないと思う。口出しすら許してくれない筈だから、下手な動きを見せると監禁も辞さない、かも……」


「その程度の事、この爺やが何とでもしてみせます……! お嬢様は現在、伯爵家の後継者に最も近い御方! 賭け事に耽る領主と、実直な領政を見せる女領主、どちらを取るかなど言うまでもありません……!」


「そうは言うけどね……」


 実際、どちらが相応しいかで議論しても、女という理由で除外されるのが、今の世の中だ。

 実績を積み上げても現伯爵が認めなければ握り潰されるだけだろうし、可能性があるとするなら、主家である公爵家から直接任命されるぐらいしかない。


 そして当然、そんな大っぴらな事にしたくない身としては、握り潰された方がむしろ都合は良いのだ。

 今の領政を快く思わない――どころか、オルガスは強く変えたいと願っているだろう。


 そうでなくては、ここまで熱心に乞うて来たりしない。

 とはいえ、父の行動は止められないので、没落は決まっているようなものだ。

 わざわざ焚き火の上で踊る様な趣味は、持ち合わせていなかった。


「大体、実績といっても……」


「それならば、丁度良いのが舞い込んで来たばかりではありませんか。畑の解決、売上高の回復、双方喫緊の問題として解決しなければなりません。そして、これを導いたのがお嬢様となれば、黙ってもおられますまい……!」


「解決の目処も立ってないというのに……」


「無論、お嬢様一人で解決を、と申し上げてはおりません。不肖ながらこのオルガス、お嬢様のお眼鏡に適った一人として、力及ぶ限り尽くす所存です」


「それは、えぇ……。勿論、心強いけど……」


 胸に手を当て略式の礼で深く頭を下げるオルガスに、何と断りを入れたら良いのか思案する。

 上手い断り文句を考えている間にオルガスは頭を上げ、その時には目元を潤ませていた。


「セドリック様がお亡くなりになってから、傾き続ける御家を忸怩たる思いで見ておりました。そして、己の力が及ばない事に不甲斐なさも覚えていたものです。しかし、私は一介の家令でしかなく、出来る事は限られます。ですが、お嬢様が……お嬢様に見ていた一筋の光が、まさかこれほど大きな光を放っていようとは……!」


「いや、感動して貰っているところ、悪いんだけど……」


「――いえ、皆まで申される必要はありません。ご当主様に成り代わり、臣下の為に頭を下げて謝罪して頂いた瞬間から、大器の何たるかを見せて頂きました! 人の上に立つ者の、あるべき姿を見せて頂きました!」


「いや、そうじゃなくてね……」


 もはやオルガスの耳に、声など届いていなかった。

 何と返事を返しても、都合の良い様に変換されるか、無視されるかのどちらかだ。


 どう切り抜けるか考えている間に、オルガスの興奮は更に高まっていく。

 留まる事を知らない、大フィーバー状態だ。


「しかし、幾らお嬢様がこの件を上手く解決したとしても、年齢を理由に邪推されてしまうでしょう! 信じてくれないばかりでなく、捏造を疑われるやもしれません。ならば、然るべき年齢、然るべき場所を選んで、公表するのが良いかと思います! それまでの間に、更なる実績を積み上げ、反対意見を押し切るのです……ッ!」


「だから、違うって。聞きなさいよ、こっちの話を」


「あぁ、なるほど! 申し訳ありません!」


 ようやく止まってくれたか、とホッと息を吐く。

 改めて耳当たりの良い言葉で否定しようとしたが、オルガスはまだまだ止まらなかった。


「うん、だからね――」


「しばらく耐えて欲しい、とはそういう意味でしたか! 然るべき年になるまで温め、必要な時、それを取り出すつもりであると……! しかし、それには雌伏の時間が必要……ならば! この爺めは必死に繋ぎ止めると、お約束いたしましょうぞ!」


「うん……。うん、そう……。お願いね」


「ハッ! 一事が万事、おまかせ下さい!」


 どうせ何を言っても無駄だろうと、草臥れた頭を上下させると、それとは正反対にオルガスは実直な礼をする。

 辟易としてしまうが、何か旨い案が考えつかなければ、どうせ進まない問題でもあるのだ。


 賢いと煽てられても、所詮は平均より上とだけ認識し直されれば良いだけだろう。

 神童と煽てられ調子に乗った末路、結局ただの人だったと思われれば良い。


 ――味方に付ける相手を、完全に間違えた。

 今更ながら実感し、上機嫌のオルガスに隠れて溜め息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る