味方を得るのは難しい その5

「あら、バレてたの? ……いつから?」


「最初からですな。可愛らしいお客様をもてなそうかと思ったのですが、誰かから隠れて遊んでいる最中かとも思い、邪魔しないなら黙っておくつもりでございました」


「だったら、最後まで黙っていて頂戴な。こっちはいつまでも見つからない、ドキドキ感を楽しんでいたんだから」


 子供らしい言い訳と、子供らしからぬ物言いに、オルガスは少し驚いた顔を見せた。

 そして、すぐに柔和な笑みを浮かべる。


「いずれにしろ、そんな所に隠れているのは淑女のする事ではございませんな。こちらへどうぞ」


「そうね、見つかってしまったのなら仕方がないわ。エスコートして頂戴」


 オルガスが伸ばして来た指先に手を置くと、恭しく部屋の端へと連れて行かれた。

 この執務室には、仕事をする机以外にもテーブルとソファが用意されている。

 そちらに掛けるよう椅子の手前まで案内され、子供一人で座るには高い椅子に、オルガスの助けを借りつつ座った。


 だが、そのまま座るには奥行きがあり過ぎる。

 気の利くオルガスは。幾つもクッションを背中側に移してくれて、それでようやく座れる態勢が整った。

 それが済むとオルガスはサッと部屋を後にしてしまい、幾らもせずに茶器を用意して戻って来る。


 出来る家令というのは、何事にもソツがないのかもしれないが、果たして自分でお茶まで淹れるものだろうか。

 きっと、それが顔に出ていたのだろう。

 苦笑混じりにオルガスが説明してくれた。


「今はどうやら逃げ隠れしているようですから。誰かを呼び付けるより、こうした方がよろしいと判断しました」


「お気遣い痛み入るわね。でも、良いのかしら。お仕事の邪魔じゃない? あたしの事は放っておいてくれて構わないのよ?」


「いえいえ、こちらも丁度、休憩しようと思っていてところでして。ご迷惑でないなら、この爺とお茶をお付き合い下さいませ」


「そう言われては断れないわ」


 オルガスが柔和な笑みを浮かべて頷くと、自らも対面に座って美しい所作で紅茶を飲み始める。

 沈黙が続いたのは数秒の事で、またすぐオルガスが話題を振ってきた。


「最近のお嬢様は、暇な時間が多くなってしまいました。……屋敷は退屈ですかな?」


「別に退屈というじゃないわね。暇さえあれば魔力の勉強したり、考え事したり……。そのうち飽きるでしょうけど、今じゃないわね」


「おや、ホッホッホッ。今ではありませんか。そして、そのうち飽きる事が前提だと」


「多分ね。習い事を増やしたい訳じゃないから、それは別に有り難いんだけど。でも、考えちゃうわよね。自分の将来とか、色々……」


 言ってる事は非常に曖昧で中身がない。

 だというのに、オルガスはとても嬉しそうに話を聞いていた。

 敢えてどうとでも取れる内容で話をはぐらかせているのだが、それを理解して楽しんでいるようにも見える。


「そのご様子ですと、報告どおり元気にお暮らしになっていと分かり、安堵しております。……何かと、つらい状況が続きましたから」


「……そうかもね。お陰でちょっと大人になれたわ」


 セイラの癇癪は、家にとって頭を悩ませる問題だった。

 それまで、そのワガママを両親が許してくれていたから、誰も何も言えない状況になっていた。

 だが、魔力測定を期に全てが変わり、セイラの癇癪もそれを境に消えたと思われている。


「お嬢様の事は、いつも気にかけておりました。カーリアからも話を聞き、大変元気に暮らしていると報告されていましたが……」


「どうせ悪口半分、悪態半分。褒める言葉なんて一つも無しなんでしょ」


「いえいえ、しっかりと褒め言葉もございましたよ。そして、今の言葉でも確信しました」


 オルガスは確かに、柔和な笑みを浮かべたままだった。

 だというのに、その瞳には別の光が宿ったように見える。


「お嬢様は賢い。明らかに、同年代の知識、意識レベルが違っておられる」


「そう……かしらね? 自分じゃ、よく分からないわ」


 余裕が見えるよう、あえて窓際へと視線を移し、紅茶に口をつける。

 単に惚けているのではなく、心当たりがない、と見えてなければならない。

 そのつもりでやったのに、果たして効果があるのか疑問だった。


 それにオルガスの言う確信、という言葉も気に掛かる。

 もしも、全く別の人格が入っていると思われているなら、どうなってしまうだろう。


 時代背景的に考えても、悪魔憑きなどと言って迫害されてしまうのだろうか。

 戦々恐々として次の言葉を待っていると、変わらぬ柔和な声音で話しかけてきた。


「お嬢様は昔から賢い所がおありでした。正しい教育を受ければ、いつかそれを目覚めると疑わなかった。しかし、旦那様の教育方針は、女は賢くない方が良い、というものでした。嫁へやるには、その方が都合良いという理屈で……。しかし、私は常々惜しいと思っておったのです」


「あぁ……、それであたしに付ける講師の数を減らすのに、最後まで反対してたのね」


「お嬢様は親の言うとおり、親の望むまま、賢くあるべきでないと振る舞っておられた。……そう、思っていたのは、どうやら間違いなかったようですな。ですが、その考えを改めたという事は、やはりあの魔力測定が原因でしょうか……?」


 盛大な勘違いをしている――。

 それが、今の会話から受けた印象だった。


 とはいえ、今はそちらの方が都合は良い。

 まさか別の人格が乗り移り、人格統合されましたなどと言えないし、それに近い確信をオルガスが持っていたら怖い。


 ――でも、そうか……。

 ワガママで癇癪持ちだったのは、セイラが自信の心を守る為にやっていた事なのかもしれない。

 あの親が言うこと、望むことは、本来のセイラにとっても相当なストレスだった筈だ。


 そして、親の望む事を選んだやった結果が、周りから癇癪にしか見えない行為だったのかもしれない。

 原作ではモブでしかなかった令嬢が、ともすれば表舞台に出る可能性を持っていたのに、それを毒親の教育に潰されてしまった……。


 それは妄想に近い推論だったが、今は敢えて否定しない方が良さそうだ。


「……んー、大体そんな所で合ってるわ。親の望む、馬鹿な子でいる事を止めにしたの。……といっても、お父様には馬鹿で手の付けられない、我儘令嬢と思われたままでいるけど」


「それならば、家中の者全員にそう思われていた方が、ずっとやり易かったのではないでしょうか?」


「そう思うわ。……でも、味方も欲しいところだったのよね」


 そう言ってウィンクすると、柔和な笑顔に眉を上げ、それから面白がるような笑いを上げる。


「では、私はお眼鏡に適った……と見てよろしいのでしょうかな? 僭越ながら、理由をお聞きしても?」


「別にそんな御大層なものはないわよ」


 実際、この流れも偶然できてしまったもので、お眼鏡に適えたつもりもない。

 むしろ現在困惑している最中で、この場をどう乗り切るか必死で頭を巡らせているだけだ。

 行き当たりばったりで言葉を吐き出しているので、自分でもどこにどう決着を付けるか見えていない。


 しかし、とりあえず流れを止めずに話し続けなくてはならなかった。

 何しろ、味方が欲しくて目星を付けていたのは本当なのだ。


「あなたが職務に対して忠実で、伯爵家に対して誠実だと思ったから……かしら」


「伯爵様ではなく、伯爵家に……ですか」


「えぇ。だって、父には一つも敬う気持ちがないでしょう? でも、仕事に手を抜く事はなく、問題点や改善案についても、しっかり考えを巡らせていた。あの場で即座に伝えていたのが、その証拠」


「そうでしょうか? 問題を認識しつつ、それをご当主様に提言しておりませんでしたが?」


 わざとらしく首を傾けるので、敢えて鼻で笑って蝿を払う様な仕草をしてみせる。


「当たり前でしょ。言ったところで、返って来る反応がアレじゃあね。まるで、子供の癇癪よ。どうにかしろの一言で、本当にどうにか出来るなら、とっくに行動起こしているわよ。……まぁ、問題の先送りでしかないんだけど、お金が無ければどうにもならないっていうのは本当の所だろうし」


「いやはや……、お見それいたしました」


 オルガスは真摯な表情を改めて、握り拳を膝に置いて深く頭を下げた。

 完全に礼式に則った謝罪であり、言葉ばかりのものでないと察せられる。

 五秒の間、しっかりと頭を下げた後、上げた顔には晴れやかな笑みが浮かんでいた。


「本当に、お嬢様には驚かされます。あの様な返答の出来る六歳児など、他には居らっしゃらないでしょう」


「どうかしら。グスティン様なら同時に改善案くらい出してきそうだけど」


「なるほど……。お噂はかねがね聞いておりますが、お嬢様の目から見てもそうでしたか」


「公爵領は安泰よ。……今の惨状を乗り越えたらね」


 何を言いたいか理解したオルガスは、眉根を八の字に曲げた。

 それでも、憚りを知っている彼は、それ以上何も言わない。


 そして、その惨状に巻き込まれている形が、今の伯爵家だ。

 父が公爵の腰巾着を止めない限り、公爵領の傾きと同じく引っ張られていってしまう。


「貴方から……いえ、同じ事ね。父が聞く耳を貸す筈ないもの。公爵閣下の親友という立ち位置を、他に譲るとも思えない」


「まこと、仰る通りです……。賭け事も多少ならば遊び心で済みましょうが、家が傾くとなれば諌めなくてはならないというのに……。力及ばず、申し訳ありません」


 再び深く頭を下げたオルガスに、手を上げて止める。


「謝罪は不要よ。仮に父にも自制心があったとしても、公爵閣下から離れられるかと言うと、それも難しいと分かるから。筆頭分家という立場もあるもの」


「まことに、然様で……。しかし、公爵家としての傾きは僅かでも、それに我が家が引かれると、僅かな傾きとは行きません。社交費の捻出は、年々厳しくなっております」


 そうだろうな、と漠然と思う。

 実数について知れる立場にないから何とも言えないけれど、小娘に過ぎないセイラにさえ家令が愚痴を零すとなれば、相当な苦労が偲ばれる。


 父も将来的に犯罪に手を染めるほど追い詰められるのだから、相当数の借金を膨らませてしまうのだろう。


「今、借金はある?」


「いえ、今のところは……。ただ、やはり売上高の低下、税収の低迷が続くとなると……。現在の規模ですと、五年で立ち行かなくなってしまいます。冷害にしても、如何ともしがたく……」


「そうよねぇ……。それについては、どうしようもないのよね……」


 冷害に限った話ではないが、天候に結果が左右されるのは、農作では常に付き纏う問題だ。

 特に葡萄は寒さに弱いと聞くし、そこへ潰れた畑の放置も重なっている。

 オルガスでなくとも、頭の痛い問題だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る