味方を得るのは難しい その4

 隠れて観察といっても、ただ黙って面白味のない仕事を見ているだけだ。

 これは、早々に飽きてしまった。

 書面を見つめて吟味したり、何かを書き付け整理したり……と、真面目な仕事ぶりを窺えるだけだ。


 それも外側から見る分には、というだけで、内容までは分からない。

 実は何か着々と、素知らぬ顔で不正をしているかもしれないのだ。


 実際、主人たる父から仕事を丸投げされていて、それを快く思っていない現状なのだから、良からぬ事を考えていても不思議ではない。

 オルガスは忠義に厚い人物、という評価をカーリアからされていたが、それもどこまで本当か分かったものではないだろう。


 ――身内に抱えた人間を、悪く思いたくはないけど……。

 人間、魔が差す事はあるものだ。

 二人で作業する分には真面目でも、一人になると不正を働く事は、実際起こり得る。


 それを防ぐ為に、これまで財務に関わる仕事は当主が行っていたのだろうし、規模が大きい公爵領などでは専門の部署を設けていた筈だった。


 オルガスが不正とは縁のない人物、という評価が正しいなら問題ないのだが……。

 その彼も、忠誠を誓っているのは先代の当主であって、父ではないと思う。

 あるいは、伯爵家に仕えている誇りが、オルガスを忠義の徒としているのかもしれない。


 いずれにしても、と思考に意識を割いていると、ノックもなしに扉が開かれ、思わず肩が跳ねてしまった。

 完全に油断していて反応してしまったが、隠れている場所的に見つかってはいないだろう。

 オルガスは突然の訪問者に驚いた素振りも見せず、椅子から立ち上がって一礼した。


「いらっしゃいませ、フレデリク様。何か……御用でしょうか?」


「つまらん事を聞くな。帳簿を見せろ」


「直ちに。……それにしても、今回はいつもより早いお出ましですな」


「決まった日数に来ては、抜き打ちの意味がなかろう。それに、仕事の如何を確認するのも当主の役目だ」


「……まさに、然様でございますな」


 恐れ入りました、とでも言うように頭を下げ、オルガスは執務机の引き出しから一冊の本を取り出す。

 ページを開いて机に置き、読みやすいよう反転させて差し出した。


 父は大義そうに受け取り、上下左右に目を走らせては幾度かページを捲る。

 一度戻って読み返し、そしてまたページを読み進め、という事を繰り返すと、舌打ちと共に吐き捨てた。


「どうなってる。売上高、前年からの推移、どちらも低迷しているぞ。農夫どもは何をしているんだ」


「昨年は気温の低い時期が長く、実りが悪くなりました。彼らも畑を愛し、努力していますが、気温ばかりはどうしようもありません」


「だとしても、どうしようもないなどと泣き言は聞くたくない。出来ぬというなら、その足りない分を補う努力をしろ。……全く、鞭で打ってやらねば分からん者共め」


 顔を顰めて言うだけ言うと、父は帳簿を机の上へ捨てる様に放り投げた。

 現場の努力や苦労も知らず、実に好き放題言うものだ。

 とはいえ、その現場と苦労を知らないのはお互い様だった。


 グランフェルト王国はワインの産出国として有名で、他国と比較して先んじたクォリティを持つと評価されている。

 王国内の領地なら、大なり小なりワイン畑を持っているもので、我が領地でも当然ワインを作っていた。


 その中でもフェルトバーク公爵領産ワインは、一級品という評価を受けているらしい。

 分家であるバークレンもそれに追随する出来なのが誇りで、他領を出し抜く出来栄えになって久しい。


 嘘か真か、その昔出来の悪いワインを作った場合、鞭打ちの刑に処されていたという話もあり、それを持ち出して父は悪態をついたのだろう。


 勿論、今の時代にワインの不出来で鞭を打たれる事はない。

 だが、父の機嫌の悪さを考えると、本当にやりかねない危うさがあった。


「去年も……、一昨年も! 売上は落ちている。これでは満足な社交も行えん。来年も同じ様な真似は許さんからな! ――どうにかしろ!」


「はい、それについて一つ提案がございます。売上が減少した理由の一つに、二年前、一つ畑が放棄された事が挙げられます。こちらを改めて――」


「待て。どうして放棄されているのだ。他家が引き取り、管理すれば良いではないか」


「魔獣の被害で家主が死亡し、子は王都で学者になっています。なので相続されず、そのうえ引き取れる家が無かったのです。畑面積に対して税が掛かりますので、自分の畑と新たな畑、両方の維持は無理だという理由で放置されました」


「聞いていないぞ、そんな話は!」


 父は声を荒らげて、オルガスを指さした。

 そんな訳ないでしょ、と心の中でツッコミを入れる。

 ワイン生産で成り立っている領なのだから、畑の維持ないし、放棄は必ず議題に上がるだろう。


 税金が余計に掛かろうと、その売上高は当然農家の物になる。

 だが、普段から少しの事で人手を借りていても、ワイン畑一つ分となると本格的に人を雇わなければならない。


 雇えるだけの金がなければ、畑を一つ受け取った上で収穫がなく、更に税は収穫に関係なく持っていかれるだけだ。

 収入と利益が見込めるのなら、誰も放置したりしない。

 儲けの種を自ら捨てたりしないだろうに、誰も引き取らなかったというのなら、つまりそういう事なのだろう。


「とにかく、どうにかしろ!」


「はい。であるならば、我領から人手を募るしかありますまい。どこの畑も人手が足りないという話は聞いておりますので、今まで農業をして来なかった誰か……意欲ある者を呼び込み、耕させるのです。家は残っておりますので、最低限の生活基盤は用意できます。移住する気があるなら、すぐにでも再開できるでしょう」


「それだけ具体的に案があるなら、何故すぐに言って来なかった? すぐに始めさせろ!」


 父は唾を飛ばさんばかりに捲し立てる。

 大声出さなくても聞こえるだろうに、何が彼をそこまでさせるのだろう。

 オルガスはそんな父にも表情を変えず、淡々と続けた。


「アーレン家が――あぁ、放棄された家ですが、それが分かった時にも、他家に引き継がせろとの一点張りでしたので。何処も名乗り出ないまま冬が来て、年を越す前にも改善案を提供しました」


「……だが、覚えておらんぞ、そんな話……」


「口頭では分かり辛いかと思い、具体案を書式にして、お部屋へ直接お渡ししております。返事を頂けぬまま春が来て、手付かずのまま更に一年過ぎてしまいましたが……」


 そこまで言うと、流石の父も沈黙してしまった。

 決まりが悪そうに顔を逸らした所を見ても、その書式に覚えでもあったのかもしれない。

 面倒だからと放置して、終いには捨ててしまったのではなかろうか。


「……まぁ、いい。とにかく、今すぐ募集でも掛けて、人を呼んで畑を与えろ。放棄畑など話にもならん」


「その様に。ただ、そう簡単にはいきません」


「なんだ、相続に関する煩わしい部分でもあるのか? そんなものは全て任せるぞ」


 辟易した溜め息をつくのと、オルガスが首を横に振ったのは同時だった。


「心得ております。そうではなく、最初の一年は実りを期待できません。二年も放置された畑は農地とは言えませんから。一から土を掘り起こす必要があり、膨大な労力が掛かります。この時期から始めても、ワインに適したブドウが実るとは思えず、畑は農地として維持させつつ、初年度は全くの無収入で生活を強いる事になります」


「だから、なんだ。ならば、一定の貯蓄が有る者を呼び込めばよかろう。最初の一年を越せば、後は十分な収入が見込めるのだぞ」


 馬鹿なのかな、と声を出しそうになり、慌てて口を手で塞いだ。

 誰もが先を見越して行動できる訳ではないし、それだけの貯蓄を他の生活で得ているなら、わざわざ越して来てやろうとも思わない。


 中には農業やワイン造りに興味を持っている人もいるかもしれないが、脱サラして一念発起、みたいな人がどれだけいるだろう。

 そうではなく、次の葡萄を収穫できるまで、あるいは種丹生を得られるまで、領が生活を面倒見る事までしなくては人など来ない。


 オルガスは父の言葉をやんわりと否定しながら、持論を展開した。


「ブドウ農家が儲かるかどうか、そこは置いておくとしても、新たな生活を始めるというなら、その支援なくして人は来ますまい。また、その話に飛び付いても、重労働に嫌気が差して逃げられても堪りません。その場に縛り付ける意味も込めて、生活全般の支援をしては如何でしょう」


「つまり、金の話か。駄目だ駄目だ、そんな金どこにもないぞ! 農奴にでも落とした奴を使うなり、金の掛からん方法を考えろ!」


「しかし、奴隷というなら、王国法では犯罪奴隷以外おりません。前科者を抱えるのは周囲の不安も煽りますし、何よりブドウ農家は誇りを持って……」


 オルガスが否定の材料を並べても、父は聞く耳を持たなかった。

 大仰に片手を振って、すぐさま背を向けてしまう。


「言い訳なんぞ聞きたくもない。とにかく、上手くやれ。農地を遊ばせたままにするなよ。金を掛けず、収穫を上げろ!」


 言うだけ言うと、父は部屋を出て行った。

 具体的な案もなく、金を掛けることを嫌がり、命令一つで上手くいくと思っている。

 典型的な駄目貴族だった。


 親から受け継いだものを、どう扱うべきか理解していないのだ。

 金を掛けたくないのは、財政が圧迫している所為だろうし、それならまず遊び歩くのをやめれば良いだろうに……。


 オルガスが溜め息をついて、開いたままの扉まで歩いて、静かに閉めた。

 そのまま元の席へ戻るかと思いきや、こちらの隠れた場所まで近付き、腰を落として柔和に微笑む。


「それで……面白いものは見られましたかな、お嬢様?」

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