味方を得るのは難しい その3

 面通しトゥリコティも終わって数日、今日も今日とて、自室に籠もって魔力の研鑽を深めていた。

 パーティ後の馬車では父からお小言も貰ったものの、概ね満足な内容ではあったらしい。

 手段はともかく、グスティンと二人きりで親睦を深めて見えたのが、大きな要因だったようだ。


 大した叱責がないのなら、――精神衛生的な意味で――こちらとしても満足だった。

 それより今は教本の方が大事だ。


 魔力と魔術は、知れば知るほど興味深い。

 未だに読めない文字や単語はあるものの、一つの知識が一つの力として蓄えられている実感があり、更に知りたい欲求が増えていく。


「それも知識の前に躓くまでの話かもしれないけど……」


 星羅として生きていた時でも、小学生の授業でついていけない、なんて事はなかった。

 むしろテストの点数では高得点をキープしていて、七十点以下など有り得ない、というレベルだったのだ。


 しかし、これが中学になって数学などを学び出すと、成績は一気に下落した。

 それまで好成績を取っていただけに、授業についていけない事から落胆し、授業も得点へも興味を失くした。


 当時は気付かなかったが、モチベーションの低下が全てのやる気を削いでいたのだと思う。

 一つの結果に引き摺られて他の教科も点を落とし、そして、何もかも自信を持てなくなってしまった。


 そこで一念発起して勉強に取り組むとか、例えばスポーツに力を入れるとかすると、また違ったのかもしれない。

 だが、モチベーションの低さは何もかもやる気を削ぎ、小説と娯楽の世界に逃避したのだった。


「今度はその反省を活かして……って言えれば、簡単なんだけどね……」


 頑張れば何だって出来る、は理想論だ。

 何に躓いたか理解しても、そこから奮起できるかどうかは話が別だ。

 人間というのは結局、なるべくしてなるようにしか出来ていない。


 溜め息を一つ吐いて意識を切り替えると、教本を読み解き、自分の中で噛み砕いていく。

 そうして太陽が中天を指すより前に、今日の分は終わりとなった。

 誰にノルマを課せられ訳でもないが、自分なりの目標として読み進めるペースは決めている。

 分からないところ、読めなかったところは、また後でカーリアに聞くつもりだった。


「さて……。それはともかく、なんだけど……」


 原作回避の為に、何が出来るかを考えなくてはならない。

 無論、家の問題を解決して没落そのものを回避する為ではない。


 父は自業自得として咎を受けるべきだし、その結果として爵位はく奪があるなら、甘んじて受けるべきなのだ。

 あくまでも自分にまで咎が飛び火しないよう、逃げ出す手段を考えたかった。


 問題は、その為にどうしたら良いかという、具体的な方法だった。

 将来的に達成できれば良いといっても、一人の娘が出来る事は少ない。

 非常に少ない、と言って良かった。


 原作においても、中世ファンタジーを色濃く反映した設定で、女性の権利はすこぶる低かったのだ。

 貴族と言っても、価値ある者の多くは男性であって、女性は政治の道具でしかない。

 その辺りも、よくある中世ものの設定を採用されていた。


 女性は政治に関わらず、口出ししないのが暗黙の了解となっていて、また女性の鑑とは家中をしっかり取り仕切って男子を盛り立てる事を指す。

 未婚の場合は、実家の為に親の言う先に嫁ぐ事が大事とされた。


 そういう訳だから、未だ幼いセイラはその範疇でないものの、とにかく家の為に役立つ事を求められている。

 そんな中で、下手な失敗をすると折檻されるだけでは済まない、と分かるのだが――。


「それじゃ、結局なにも出来ないものね」


 準備に使える時間は有限で、しっかりとタイムリミットは設けられている。

 原作開始前の学園へ入学する半年ほど前に、現公爵閣下は事故死してしまう。

 この辺りの詳しい時期は説明されていなかったが、その後を追うようにして祖母も失意の末他界する。


 母と妹を閉じ込めていた理由が消失した事で、グスティンは爵位継承と共に本邸へ呼び戻すのだが……。

 しかし、そのとき母は、既に他界していた――という結末だ。


 妹のエレオノーラは、助けて欲しい時に助けてくれなかった兄を責め、恨む。

 初めて見た妹の顔は、憎悪に染まっていた。

 母の死も、葬儀も知らずにいた自分を責めたグスティンは、それを隠していた元凶が死んでいた事もあり、怒りの矛先を失う。


 グスティンは最後に残った唯一の肉親を大事に扱おうとするのだが、エレオノーラは決して心を開かない。

 そして、それは同時に、野心に燃える悪役令嬢を促す結果にもなった。


 学園で権威を振りかざして好き放題していたのは、一種の反抗であったかもしれない。

 そして、王子殿下の婚約者として強く希望し、恋敵となるヒロインとの仲は険悪の一途を辿って行く。


 ――なんとも、報われない話だ。

 グスティンはいつでも母が本邸に帰って来る事を望んでいて、正当な権利を受けるべきと思っていた。


 そして、母を恋しく思う一人の子として、妹を不憫に思う一人の兄として、それを取り戻そうともしていた。

 だが、母娘の現状を知れなかった故に、質素でも不自由なく暮らしていると疑っていなかったのが原因だろう。


 知ろうとした事はあったろう。だが、それを父と祖母が封殺していた。

 本邸は祖母の息が掛かった魔窟なのだ。

 公爵の仕事を多く肩代わりしていたとしても、その時点で彼に味方してくれる者は極少数だったに違いない。


「何かを変えるというなら、こういう悲劇は変えてあげたいわよね……」


 実家の没落は決定事項で、不正を暴かれ裁かれる。

 領主の立場を利用した違法取引、そして領地経営の放棄を糾弾され、爵位没収――。

 父のする事に口出し出来ない以上、不正を止めるのも不可能で、更に言うなら覆してやりたいとも思わない。


 実際の裁きが下るより、自分の手でトドメを刺したいと思うが、現実的な方法が見えない以上、グスティンの益になる方を考えた方が良いかもしれない。


「まぁ、それもどうせ、今のところ何も思いつかないけど……」


 まずは味方が必要だった。

 独力で無理なのは、既に理解している。

 家中での味方、そして不正暴露を、然るべき時にしてくれる味方が。


 証拠を掴めば暴露も容易く、その時は自爆同然の行動ともなるだろう。

 その時は裁判に掛けられたりするかもしれないから、その前に逃げ出せるのがベストだ。

 暴露するだけ暴露して、あとの事は知りませんと失踪して――。


「うぅん……。やっぱり連れ戻されたりするかしら……」


 証人としての価値あり、と見られるかもしれないし、そうすると見逃すという選択にはならないかも……。

 だが、伯爵家取り潰しという大事の前ならば、混乱も相当大きい筈だ。

 どさくさに紛れて行方を追うには遅すぎた、と逃げ切れる可能性もある。


「まぁ、何もかも、かもしれないの期待でしかないんだけど……」


 今は細部を詰める段階というには早すぎる。

 方針すら、ある程度定まったばかりだ。

 まずは家中で引き込める人物がいるのかどうか、それを探す所から始めなければならなかった。


 幸いなことに、現在カーリアは席を外している。

 彼女は専属の世話係だが、いつだったか中庭の手入れに駆り出されていたように、傍を離れる時もある。


 隠れて使用人たちを見定めたい身としては、今の状態は都合が良かった。

 早速部屋を飛び出して、家の中を歩き回る。

 六歳児の身体にとって、広い屋敷は面倒極まりない。


 窓の外が見られれば少しは気も紛れるというのに、手が届かない高さにあるので、それも無理だった。

 無味乾燥な長い廊下が続き、夜なら一人で出歩けないな、と現実逃避にも似た感想を浮かべる。


 母の部屋近くには行ってはならないと言い含められているうえ、わざわざ危険に近付く気もないので、素直に一階へ降りた。

 屋敷はコの字型に作られていて、エントランスを中心に左右へ広がる形だ。


 使用人部屋は一階の西側に集められており、多くが一部屋を四人で使っていたりするようだ。

 全員でどれだけ雇っているのかは知らない。

 料理人も含め多くの人が働いている筈で、十人より下回らない、という漠然とした人数だけを知っている。


 ただ、今は多くの使用人を母に割いている所為か、余計に出会う機会がなかった。

 味方は欲しいが、使用人は父の強権によって押さえ付けられている筈だ。


 セイラ自身の野蛮な評判もあって、引き込むのは難しい。

 また、その評判を覆す訳にはいかない目論見もあって、他の使用人を味方にするのは難しいかも、と思い始めていた。


「だから、まぁ、味方を付けるなら誰か……。凡そ決まっているようなものなのよね」


 それが家令のオルガスで、齢六十を過ぎた壮年の男性だった。

 半分以上髪に白いものが混じっており、黒というより灰色に見える。


 痩せぎすで、病人の様に細く見える体型であるものの、本人は至って健康らしい。

 個人的には心労だとか、仕事をしない領主に頭を悩ませた結果、ストレスで痩せたのではないか、と予想している。


 父が乗る馬車を見送っては、その姿が見えなくなるや溜め息をつく姿を、これまで何度も見て来た。

 現状に不満を持っているのは明らかで、これを味方に出来るなら、これ以上頼りになる者もいないだろう。


「問題は、オルガスにとって私も父同様、どうしようもない人間と思われてる事なのよね……」


 まだ子供だから、これからの教育次第で立派に成長する、と思われている可能性はある。

 私から各種教育の講師を取り上げるのを、一番最後まで難色を示し抵抗したのは、オルガスだと聞いている。

 それはきっと、教育の重要性や将来の期待を、セイラに見出していたからに違いなかった。


「仮に教育が上手くいっても、爵位を継がせる事までは考えてなかったと思うけど……」


 グランフェルト王国では、女性でも爵位を継げる。

 しかし、それはあくまで法律上可能というだけの話で、実際に継がせる家などまず存在しない。

 夫を早くに亡くし、まだ子供が幼いからあくまで繋ぎとして、という前例ならばある。


 真の意味で女性が叙爵した例はなかった筈なので、オルガスもそうした将来を見越していた訳ではなかったろう。

 だが、我が家に男児が生まれていないのも事実で、第二子もまた女だった。


 第三子に望みを託すのが順当だと思うのだが、オルガスがどういう心境か不明だ。

 ただ、今の伯爵領の統治方法に問題を感じているのは、以前変わりない筈なのだ。

 今も家令仕事の合間を縫って、父が放棄した仕事を肩代わりしていると、これまでの調べで分かっている。


 そして期待したとおり、薄く開いた執務室の扉から覗いて見れば、そこにはオルガスが何か書類仕事をしている最中の様だった。

 具体的に何をしているのか詳しく知るため、音を立てないようにもう少しだけ扉を開いて、身体を滑り込ませる。


 近くの書棚と観葉植物の間は、子供が姿を隠すに絶妙な隙間があって、迷わずそこへ隠れ潜んだ。

 実際の仕事ぶりと、隠れて誰かを盗み見る背徳感が気分を高揚させる。

 植物の葉に隠れ、その隙間から見つめながら、何か面白いものが見られないか、胸を膨らませて待ち続けた。

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