成果を得た先 その6

「ねぇ、カイ。……あぁ、知らなかったら良いんだけど、この村の税率って何割か知ってる?」


「いや、詳しくは知らないけど……」


 それはそうか、と落胆もなく頷く。

 カイは年齢以上にしっかりしているが、まだ十歳程度だ。

 日本で言うと、小学生の三年生か四年生の年齢だ。


 お金の話を子供に聞かせるには、まだ若すぎる年だった。

 それならば、とカーリアへ尋ねようとして首を捻ると、それより前にカイが続けた。


「税で半分持ってかれるって、父ちゃん言ってたな」


「半分……? え、税率五割ってこと?」


「詳しくは知らねぇって。……でも、そうなんじゃないのか? 違うのか?」


「いや、そうだけど……」


 予想以上の数値が出て驚いてしまい、バツの悪い声が出る。

 しかし、日本においても江戸時代は二公一民といって、収穫物の七割を税として取られていた。


 中世では六割取ると悪徳領主、四割ならば良い領主とされていたらしい。

 そこを考えると、うちは良くも悪くもない領主、という事になるのだろう。


 父のこれまでを考えると、決して悪く思われたくないから、税率を上げていなかったとは思えない。

 領民から搾取する為なら、許される限界まで引き上げそうなものだ。


「あぁ……でも、少しずつ税率が上がったとかいう話もあったのよね。ここ数年で調整されたのかしら」


「その様に聞いております」


 背後から同意の声が返ってきて、今度こそ振り返ってカーリアに尋ねる。


「お祖父様のご逝去は、あたしの誕生とほぼ同時って話だったものね。この六年で、少しずつ税率を上げてきたの……?」


「上げられるのは、何も租税だけではありませんから。ワインは伯爵領の要、そこには少し目を掛けた、といったところでしょう」


「でも、寒冷の所為で税収は減っていたから……。ここで六割まで持っていく事も、考えているかもしれないわね」


「んだよ、それ……! だから貴族ってのは嫌いなんだ! 自分が楽する為なら、好き放題かよ!」


 言ってから、すぐ失言に気付いたらしい。

 お互いの目が合って、カイはバツの悪い顔をさせて、小さく頭を下げた。


「いや、ごめん……。お前は何とかしようとしてくれてるんだもんな。悪いのは貴族じゃなくて、伯爵……だったよな?」


「そうそう」


 笑顔で応えて腕を組み、そこから指を一本立てて高慢に言う。


「分かって来たじゃない。この村が、当たり前の幸福を享受できる仕組みを……。明日も、明後日も、この冬を、来年を……不安なく過ごせるようになれれば良いわよね」


「ですが……」ここでもまた、カーリアが口を挟んで言う。「収穫量が増えたところで、税率が下がるとは思えません。一度上げた税収を、再び下げる事はまず無いものです」


「それもそうなのよねぇ……。そもそも土地に掛けてる税だしね。収穫量が少なかろうと、一定の税を取れるのがメリットな訳で……。じゃあ、父が税収で怒ってたのは、ワインの売上高の方か……」


「品質をどうこう言いたくありませんが、収穫量が少なくなれば、その分ワインの生産量は少なくなりますからね。美味なワインなら、むしろ生産量の低下で希少価値が付きます」


 それが無いのなら、つまりプレミアを付ける程のワインではない、という事になる。

 バークレン産ワインは、基本的に領都や公都などに卸されている筈だ。

 庶民向けではなく貴族向け、あるいは商家向けの気取ったワインだった。


 中層向けのワインであれば、とりあえず出しておいて無難という価値しかなく、代えは幾らでも聞く代物だろう。

 それでも買い取りが続いているのは、一重に伯爵という権威とこれまでの付き合いに寄るものでしかない。


 それもまた、お祖父様が作ったコネクションで、その義理を蔑ろにしたくない人情から生まれるものだろう。

 父がそれを正しく理解しているなら、単に領民を締め上げたところで解決する問題ではない。


 まさに今が正念場、なのかもしれない。

 商人は利に聡い。

 そして、嗅覚もまた鋭いものだ。


 父が落ち目である事は、既に勘付いていてもおかしくなかった。

 借金の方に田畑を買い取られたり、ワイナリーの権利を奪われる可能性もある。


 父の事、伯爵家の事は心の底からどうでも良いが、ここで暮らす人達は――。

 不平不満を言いつつも、そういうものだと半ば諦め、しかし平凡ながら毎日を生きている人達。

 その彼らから、この平凡を父の愚劣さで奪われて良いのだろうか。


 土に流され、楽しげに笑う子供達の笑顔が見える。

 それに混じって、大人達が新体験に驚きながら、笑って声を上げる姿が見えた。


 本来、彼らを守るのが、領主として――伯爵家に生まれた者としての役割なのだろう。

 民草を……守る。

 ――草、か……。


「これもまた、何かの縁、なのかしらねぇ……」


「は……?」


「仮に雑草でも、使い道だってあるわよね……」


「幾ら踏んでも起き上がる。そうした、しぶとさの象徴でもありますね」


 ハッ、と思わず笑みが漏れ、愉快な気持ちを抑えきれず、バンバンとカイの背中を叩く。


「いった! 痛ぇな、おい!」


「まぁ、やれる限りやってみましょうか! 意趣返しになれば、なお良いしね!」


「いしゅ……? 何の事だ?」


「こっちの話よ、こっちの!」


 更にバンバンと叩けば、流石に嫌がって離れて行く。

 彼らの素直な気質は好ましい。


 単なる足掛け、土台としか考えるより、父への攻撃に使えるなら、そっちの方が良い。

 何よりそれで、彼らの生活も、自らの生活にも展望が持てるというなら、文句もなかった。


 ――それで、より一層苦労させられそうだけど。

 元より苦労は覚悟の上だ。

 そうでなければ、最初から屋敷の中で引き籠もっていただろう。


 何の根拠もないが、何とかやれそうな気がする。

 彼らの笑顔を見ると、不思議とそう思えるのだ。


 畑遊びも終わりに近付き、最後に目一杯魔力を込めた。

 そうして噴水の様に直上へ射出させると、悲鳴を上げて子供と大人が吹き上がる。

 それを見て、今までの不満を吹き飛ばすように、腹の底から笑い声を上げた。


 魔力の制御も滅茶苦茶になり、それどころか、のたうつように乱れる。

 ――流石に調子、乗りすぎたか。


 魔力の制御とは繊細なものだ。

 少しの綻びから亀裂が広がり、そこから制御不能に陥ることもある。

 既に慣れたものだから、という余裕が、今その危険を呼び込んでいた。


「――この……っ!」


 流石に真剣味を帯びざるを得ず、両手を前に突き出して、乱れかかった制御を立て直そうと必死になる。

 その表情を見て、カイも拙い状況だと悟ったらしい。

 打ち上げられた人々とセイラを交互に見て、焦った声で聞いてくる。


「お、おい、大丈夫なのか!? なんか危なっかしいけど!」


「黙って!」


 乱れた制御は支離滅裂で、もはや小手先の技術で立て直すのは不可能な状態だった。

 畑のうねりも激しくなり、異変を感じ取った村民も慌ただしい雰囲気を露わにしだす。


 ――もし。

 ここで怪我人を出す様な事態になれば、信用は失墜する。

 セイラに信頼を預けようとした人も、手の平を返して指弾するだろう。


 もし、ここで失敗すれば、これまでの信頼だけでなく、これからの信用も失くす。

 ――何をやっているの!

 自分の迂闊さに歯噛みする。


 ここまで上手くやって来て、ここからというタイミングで、これまでにない失態を犯した。

 皮算用ばかりしているからだ。

 先の事ばかり考えて、今大事にすべき眼の前のことを疎かにした。


 それが何より腹立たしい。

 空中に放り出された子供の顔が恐怖に歪み、助けを懇願する目と合った。


 何より犠牲に出来ない、何より助けたい幼い命だ。

 そして、自分が味方すると誓った、か細い民草の命だった。


 ――必ず助ける!

 その思いが、力となって全身に駆け巡ったかの様だった。

 支離滅裂な制御が、一点の方向に向かって集中する。


 使い慣れた土属性でも、準じてよく使う水属性とも異なる、全く別の制御方法だった。

 それがまるで、独りでに動くかのように、完璧な制御を持って確立する。

 あまりにスムーズ、あまりに突っ掛かるものがなく、自分で動かしているとは信じられない程だった。


 遂にそれが畑の中心で結実すると、まるで花開くように草が伸びた。

 芽が出ると同時に若葉が双葉となり、一瞬で成長しては天を衝いて伸びていく。

 それが十や二十できかず、何百という数でそれぞれが合わさり、重なり、連なり絡まって強固な受け皿を作った。


 空中に放り出された村民は、その巨大な草の皿に受け止められ、ぱちくりと目を瞬かせている。

 巨大な草皿はこちらの意思に反応して、ゆっくりとその高さを変えていく。


 地面に接触する程にまで下がると、それぞれ絡まった草が解け、萎れてしまった。

 そのまま茶色の枯れ草になるまでも、瞬きの間だった。

 まるで草の一生を十秒に短縮して見せられたかのようで、畑の外で見守っていた村民も呆然としている。


 そして、呆然としているのは自分も同じだった。

 何が起こったのか、自分でも理解していない。


 しかし、いま起こった事実だけを見ると、何が起きたかは明らかだった。

 草属性の制御を、土壇場で会得した。

 あるいは開眼した、というべきなのかもしれない。


 どうせ無理だと諦めていた得意属性を、身に付けることに成功したのだ。

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