成果を得た先 その7

 青天の霹靂とは、きっと今の様なことを言うのだろう。

 自分の身に、何が起こったのか理解できない。

 己の小さな手を見つめ、ワナワナと震わせる。


 ――手探りで見つけ出す制御方法とは、こんな簡単なものだった……?

 偶然に偶然が重なっただけの、奇跡と呼んで良い現象だったかもしれない。

 だが、確かにこの場で草が生まれ、急速な成長をし、そして枯れていった。


 そして何より、全く隔たりを感じない、スムーズな制御……。

 得意属性を操るとはこれ程までに、他と隔絶するやり易さなのかと感動した。


 これが得意属性を使えない者との差ならば、親が悪し様に言うのも納得だった。

 常に重石を付けて、動かしていたようなものだ。

 今までどれ程のハンデを背負わされていたか、それさえ理解できていなかった。


 とはいえ、だからといって親の態度にも文句はある。

 悪し様に無能と罵られる程、得意属性を扱えない事が悪いとは思えない。

 思考が悪意に染まろうとした瞬間、周囲から起こったワッとした歓声で我に返った。


「怖かったぁぁー!」


「いや、俺も正直、あれはヤバいんじゃないかと……!」


「とんだ隠し種だったなぁ……!」


「魔法って何でもありだな」


 魔法じゃなくて魔術だ、と何度言っても村民は理解してくれない。

 どう違うんだ、と言われて返し様に困るから、確かに呼び方なんてどうでも良いかもしれないが……。


 とにかく、今のを失敗と思われず、一つの催しと思われたのなら問題なかった。

 子供の中には泣き出す子もいたが、それについては素直に謝罪する。

 頭を撫でながら砂を払って、気不味さを隠しながら、小さく頭を下げた。


「ごめんね、そういうつもりじゃなかったのよ」


「うん……。ちょっと怖かっただけ。ちょっとだけ……」


「もうしないから」


 そう言うと、まだ体験していない子供達から野次が飛ぶ。


「嘘だろぉ? オレまだ乗ってないのに!」


「だって、危険っぽいでしょ? あたしもやっぱり、そんなに慣れてないのよ。遊びで怪我しちゃ楽しめないでしょ」


「でもさぁ……!」


「いやぁ、おじさん反対だなぁ……!」


 一連の流れを見守っていた大人衆の中から、一人が声を上げて視線がそこに集中した。

 その男性は畑の持ち主で、困った顔をさせて散らばった枯れ草を見つめている。


「打ち上げられても、草の受け皿があるから安全……ってのは分けるけどねぇ。畑に枯れ草残されるのはちょっと……。一回でもこれなら、二回三回とやると、もっと沢山溢れるんだろう? 邪魔になるよ、これぇ」


 畑一面に拡がるとまでは言わないが、それに近いものはある。

 そして、彼の言う通り、繰り返す度にこれだけの草を作られると、後片付けも大変だ。


 単に片付けの問題ではなく、土に眠る栄養の問題もある。

 魔力で生成し、魔力で成長した植物とはいえ、土の栄養を一切使っていないのか、そこまでは現段階で不明だ。


 土の中にある栄養素で作物が成長するのは、現代で生きた人間なら常識でも、この世界では広く知られていない。

 休耕させる事で十分な栄養を蓄えさせる概念もなく、それをする発想もなかった。


 そもそも休耕させようと税は関係なく持っていかれるから、畑を休ませると生きていけない。

 そうした切実な問題もあって、認識できても実行できないというジレンマも、またあるのかもしれなかった。


 ともかく、来年以降の豊作を考えて畑改善をやっているのに、土の栄養を吐き出させる結果になっては意味がない。

 土を動かす遊びは耕転こうてんの役割にもなっているので、むしろプラスに働くから良いとしても、草を出すのは自粛するべきだった。


「そうね、思い付きでやった事だけど、迷惑にしかならないと思う。畑主さんにも、申し訳ない事をしたわね。これはすぐ移動させるから」


「おぉ、そりゃあ有り難いが……」


 言うなり土を動かして、草を攫って畑の外へ追い出す。

 いざ積み上げてみると、横にも縦にも大きな草の山が出来上がった。


 動かしたは良いが、結構な量でどうしたものか参ってしまう。

 完全に枯れているので、燃やして処理するのも簡単そうだし、それについてだけは救いだった。


「草木灰は肥料になるって話を聞いた事もあるし……。場合によっては、むしろ上手く土壌を整えてくれる可能性もあるけど……」


「そうなのかぃ? だったら、遊ぶにも使えて畑も助かって、良い事ずくめじゃないか」


 畑主が破顔して、子供たちからも期待の籠もった声が上がる。

 しかし、事はそう単純ではない。


「でも、使えるのは土壌が酸性だった場合ね。春前には普段から火を焚いて、畑には灰が落ちてるでしょうし、自然的にある程度肥料を撒く形になってたハズよ。もちろん、それで十分な量になっていたとは思わないけど……」


「試して結果を見るまで、迂闊に手を出せないかな?」


「そうね。来年、あたしの畑でやってみるわ。あそこは村の収入や税とは切り離されているから、まだ隠せている内は、そういう実験場として使うのが良いと思うし」


 自分の口から出た言葉に、うんうんと頷き、改めて考えを口に出して考えを纏める。


「そうよ、次の年から村の誰かに引き継がせようと思ってたけど、実験場として使うのは良いかもしれないわ。良い結果が出れば村にフィードバックして、より良いワイン作りに貢献して貰いましょう」


「大変、良いお考えかと」


 カーリアが同意して、それから少し考える素振りを見せてから、再び口を開く。


「とはいえ、畑に収穫があったのは事実。それは税として徴収対象になるでしょうから、何か上手くやる方法が必要だと思います」


「放棄された畑という形で、今のところは処理されている筈でしょ。それを継続させれば良いだけよ。一つの畑で取れた収穫なら、帳簿上の差異だって大きく出ないわ。誤魔化すのは難しくない筈よ」


「であったとしても、体裁を整える必要はあります。むしろ、いっそのこと畑ではなく、施設として申請してしまうのどうでしょう? 毎年の実りを得る為の畑ではない、と公に認めさせるのです」


 カーリアの提言は、耳を貸すのに十分、魅力的なものだった。

 村民の助けになるとはいえ、所詮は畑一つ分の利益にしかならず、全体的に見れば些細なものにしかならない。


 しかし、ここで例えば葡萄の品種改良など出来れば、今後の全体的な収入の底上げなど、貢献できる事は多いだろう。


 何より、目覚めたばかりの草属性が、この手にはある。

 今日は単に雑草を生やしただけだったが、より使い熟す事で、植物の成長を早めてみたり、品種そのものに変化を加える事も可能かもしれない。


 そうとなれば、畑一つを利用するのは大いな意義になる。

 頭の中で考えを整理し終えると、幾度も頷いて背後へ横顔を向けた。


「いいわね、その方向で行きましょう。その辺りの申請、任せて良い?」


「はい、オルガスさんに伝えておきます」


「……そうね、味方に引き込んだ事だし、色々やって貰いましょう。これはその一つ目の仕事になりそうよ」


 二人で話し合っていると、畑主が申し訳なさそうに声を掛けてくる。


「あのぉ……、それで……どうしたら?」


「あぁ、申し訳ないことね。草は片付けるわ。様子見が終わるまで、草を使った遊びもナシにしましょう」


「えぇー……!」


 子供たちから大袈裟な程の野次が飛んでくる。

 しかし、そんなものは無視だ。


 そもそも、魔力を使った畑改善も、子供達を遊ばせてやる為に始めた事ではない。

 あくまで、ついでの産物なのだと自覚するべきなのだ。


「うるっさいわよ、ガキども! これはもう決まった事だからね! 向こう三年は無いと思いなさい!」


「うそだろー!?」


「嘘なもんですか! 土遊びは残すから、それで我慢しときなさい!」


 それでとりあえず収まったが、どこかまだ不満気だ。

 しかし、不満だろうと何だろうと、こちらが折れてやれるのはそこまでなのだ。


「それじゃ、畑の方は片付けるから、畑主さんにちゃんとお礼言いなさいよ!」


「えぇー!? もう終わりー!?」


「バカ、今日はまだ他の畑もやる予定なんだよ。そっちで遊ぼうぜ!」


「おおー!」


 身体中に付いた砂を撒き散らしながら、子供達は我先にと駆けて行く。

 その背中に怒号を浴びせながら腕を振り上げた。


「こらー! お礼はー!」


「あんがとー!」


「全く……! 礼もなってないガキどもね!」


 腕を組んでプリプリと怒っていると、周りにいる大人たちから声を上げて笑われる。


「いやはや、頼りにになるお嬢ちゃんだ」


「セイラちゃん、皆よりずっと小さいのに、ずっとお姉ちゃんねぇ」


「お貴族様なんだから、ほら……何て言うんだ? トーソツ力? そういうのがあるんだろうよ」


「貴族かどうかは関係ないだろよ。セイラちゃんが偉いんだ」


「そのちゃん呼びってどうなんだ? 本当はマズイんじゃないか?」


 口々に問題提起が波及して、ついには村での扱いをどうするべきか、という話し合いが即興で行われるようにまでなった。

 これは自分がどう呼ばれたいか、というのとはまた別の問題だろう。


 それならそれで、本人が居ない所でやってくれ、とも思う。

 しかし、彼らも本気でセイラという貴族令嬢を、村でどう扱うかを考えているのだ。

 そこに水を掛ける発言は違う気がした。


 大人達は大人達で、村に類が及び兼ねない危惧を放っておけないのだ。

 それはそれで重要な話し合いなので、邪魔するべきではなかった。


 ともあれ、始めた仕事は最後まで終わらせなければならない。

 土を上手く纏めて畑を均し、葡萄の樹もまた元通りに設置し直す。

 これで終わりだと報告するも、畑主も議論に参加していて聞こえていなかった。


 終わりは終わりなので、一応一言断りを入れて、次の畑に移動した。

 その途中で後ろを付いていくるカーリアに、小声で釘を差しておく。


「あんたが言い振らすとは思ってないけど、一応ね。あたしが草属性を扱えると、父には言わないように」


「……よろしいのですか?」


「いいのよ、今はそれで。相手に知られていない札を持っておくのは、良い事でしょう?」


「……然様ですね」


 無事、賛意を得られた事で機嫌よく道を歩く。

 道といっても畦道と変わらないような、舗装も何もない道だ。

 しかし、進む先には子供達の期待する笑顔が見える。


 既に疲れもあり、改善する畑もまだ多く残っていた。

 だが、あの笑顔を守る為に、出来る限りの事はしたいと思う。


 領主をやる権利も、やる未来も道の先にはない。

 それでも、残せる物を出来るだけ残そうと、心に決めた。

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