成果を得た先 その5

「――ほら、カイ! 何してんの、こっちいらっしゃい!」


「いや、オレは……!」


「いいから来なさいよ。遊びたいんでしょ?」


「ちがっ、そうじゃなくて……!」


 大人の陰に隠れていたが、一度声を掛ければ、大人たちも注目する。

 村の誰であろうと、子供の頃から顔見知りばかりだ。

 ヨーンの所の倅だ、と誰かが言えば、入れてやれ、と前へ前へと押しやられて来る。


「ほら、あんたも次には入っちゃいなさい」


「あぁ、う……。だから、そうじゃないんだって……!」


「何よ、あたしに謝りたいとか?」


「そ……!」


 そうだと言いたかったのか、そうじゃないと言いたかったのか――。

 とにかく言葉が出てこず、顔を真赤にして顔を逸らしてしまった。


「まぁ、別にどっちでもいいわ。謝るつもりであろうと、そうでなかろうと。あたしはこれっぽっちも気にしてないし」


「お、おぉ……。そうなのか……? でも、オレ……酷いこと言っちまったし……」


「あのねぇ……。貴族が嫌い、魔力が嫌だ、そんなの当たり前じゃない」


 当の本人から言われ、カイは意味が分からなくなったのか、きょとんと呆けた。


「偉そうにするだけで、何もしない大人なんて誰でも嫌いでしょ? あたしだって嫌いよ」


「でも、貴族は……」


「全部の貴族が駄目なんて言い方やめなさい。あんたが知らないだけで、立派に領地を治めている貴族はいる。ウチの親はクズ貴族まんまだから、それで嫌いって言うのは当然だけど」


「でも……、同じ事じゃないか。オレはここの領で生まれたし、他の領に行けない。ここの領主がクズなら、そんなの……!」


「そうね。だから、ウチの伯爵家が嫌いって言いなさいよ。貴族じゃなくてね」


 大満足の笑顔でそう言い放つと、カイの呆けた顔が歪み、得体の知れないものを見る目に変わる。

 それを見て、更に機嫌よくして破顔した。


「嫌いなんて当然でしょ? 何で好きになれるのよ? だから好きに言えばいいわ」


「いや、そんなの駄目だろ……。鞭に打たれたりするんだし……」


「まぁー、確かにねー。一つの貴族家を名指しにするのは、他の貴族全般に対する悪口よりも罪が重いかも」


「ほら、やっぱり……!」


「でもね、あたしが許すわ。その伯爵家の長子がね。――だって、あたしも嫌いだし!」


「あ……? だって、お前も……」


 眉根を寄せた瞳で凝視して、指を一本、力なく向けてくる。

 だが、カイの困惑を他所に、大人たちは腹を抱えて笑い出した。


「だーっはっはっは! 言うかね、普通!」


「いやぁ、土に汚れて畑耕した時点で、分かりそうなもんじゃないか!」


「そりゃあなぁ、みんな伯爵家は嫌いだわな!」


「税がいっつも重いんだよ、クソ伯爵!」


 どんどんヒートアップしそうになったところで、手を挙げて止めた。

 大人たちは次に何を言うのか、期待を目に乗せて注目してくる。


「あたしの両親は、貴族として別に珍しいタイプじゃない。領民は雑草の扱いで、勝手に増えて、勝手に伸びると思ってる。そのくせ、自分達の生活を脅かさない、都合の良い存在としか見ていない」


「冗談じゃねぇ!」


「そうだ、何が勝手にだ。勝手言ってんじゃねぇ!」


 一人が声を上げれば、それに合わせて他の大人たちも声を上げる。

 これではまるで、反乱の扇動そのものだ。

 怒りを上げさせるのは期待通りでも、本当に扇動したい訳ではなかった。


 再び手を挙げて、とりあえず大人たちの声を止める。

 少し目を違う方へ向ければ、心配そうに親たちを見つめる子供達も見えた。

 そちらにニコリ、と微笑みかけながら続ける。


「あなた達は草なんかじゃない。葡萄と同じよ。手塩に掛けて、実直に接して愛情深く育てれば、実りを返してくれる。あなた達が葡萄に掛ける愛情と同様に、領主もまた、領民に愛情を掛けて育てるべきなのよ」


「つまり……、今やってる畑も……そういう事なのか?」


 カイが思わず、と言った感じで口を挟むと、我が意を得たりと頷いた。


「そう! 領主と領民は、持ちつ持たれる関係でいるべきなの! 皆も頑張って良い葡萄を作るわよね。あたしは、その良い葡萄を作る手伝いをする。良い品質のワインが出来れば、ワインの価値も上がる。高く売れれば、それだけ良い暮らしが出来るようになるわ!」


「そりゃ、そうなりゃ……最高だけどさ」


「そうさせるわ! その為に、あたしがいるの!」


 堂々たる宣言をして、片手を腰に置いたまま、もう片方の手を胸に当てる。

 先程まで気炎を上げていた大人達は、今や怒りを収め、周囲の人達と何やら話し込み始めた。

 ――中々、良い兆候だわ。


 いま言った事は本気だが、腹の中全てを語った本音ではない。

 その本音の一番底には、父に対する反骨心、反抗心が潜んでいる。

 最低でも恥をかかせ、最高なら追い落とす。


 それが出来なくとも、この村での生活を、没落前に逃げ出す為の足掛かりとして使えれば、それはそれで有意義だ。

 屋敷では劣悪になってしまった食事事情も、ここで賄えるかもしれない、という打算も含まれている。


 先程まで隣り合った人同士でボソボソと話し合っていた大人達も、何かしら意見が一致したらしく、快活な笑顔と共に口を開いた。


「まぁ、確かに……セイラちゃんみたいな領主が居たら助かるし、心強いよな!」


「今までだって、税ばかり重くする領主なんて、いない方が良いって皆言ってたもんな!?」


「こうして一緒に、土に汚れて畑の面倒見ようって言ってくれてるんだ。味方するなら、断然セイラちゃんだろ!」


「お、おい!」


 セイラ贔屓の声が増していったところで、一人カイが大人を押し留めて声を上げる。


「そんな簡単で良いのかよ! そりゃ……セイラは悪い奴じゃない気がするぜ? でも、貴族はいつだって口が上手い奴らじゃないか! こいつもそう……なんて思いたくないけど、でもさ!」


「あのねぇ、誰があたしを信用しろって言ったのよ」


 良い方向へ行きそうになっていたのに、それを掻き乱されそうになって、慌てて口を挟む。

 事実として、口で丸め込もうとしていた訳なので、これを黙って見守る訳にはいかなかった。

 下手な不審感など与えず、ここで友好的な位置取りを確立したい。


「まだしっかりとした成果なんて、今のあたしには何にもないわ。信用するのも、期待するのも、これからの話よ。今年は畑を改善して、来年の葡萄が良い物になっても、すぐに売れ行きが上がるかも分からない」


「お、おぅ……」


「認めるのも、信用するのも、それからの話よ。口だけ良い奴は信用できない、尤もだわ。だから、実績を作って証明する。何もかも、その後でいいわ!」


「で、でも……。何もかも駄目で失敗したら……?」


「その時は石でも何でも投げて、鬱憤晴らしなさいよ。こっちだってね、それだけの覚悟を持ってやってんの」


 真正面から見据えて言えば、もはやカイから何も言えなくなった様だった。

 ただ、その瞳にはこいつなら、という一抹の期待感は窺える。

 カイがくすぐったそうに笑うと、二人の会話を見守っていた大人達から、わっと歓声が上がった。


「よぉーし、いいぞいいぞ、俺達ぁ、セイラちゃんに乗った! もう半分乗ってるようなもんだったけどな、腹のウチを知れて感動したぜ!」


「おぉ! ここまで俺たちのこと思ってくれてんなら、そりゃ期待に応えにゃなぁ……!」


「先代様もご立派な方だった。その方の血を、この子こそが継いだんだろうねぇ」


「今の領主は期待すら出来ねぇからなぁ。そりゃ、どっちを頼るか何て、言うまでもないだろうよ!」


 口々に称賛の嵐を浴びせられて、居た堪れなくなる。

 彼らの生活が豊かになるのは歓迎すべきものだが、別にならなくても困らない、という本音も心の底にあるのだから。


 所詮はいずれ逃げ出す、伯爵令嬢だ。

 その時まで都合よく利用できれば――。

 できれば……。


 彼らの期待に胸を膨らませる姿を見ていると、心がどうしようもなくザワつく。

 良心の呵責、なのだろうか。

 それとも、責務に対する罪悪感、なのかもしれない。


 思考の渦に落ちようとしたところで、服の袖を引っ張られて我に返る。

 そちらに目を向けると、同年代の少女が物寂しそうに見つめていた。


「ねぇ、畑は?」


「いや、えぇ……? この流れでやれっての……?」


「遊びたい」


 その一言で、大人達も再度その時の情熱が蘇ってきたようだ。


「おぉ……! 俺ぁまだ、あれやってねぇんだ! あの土乗り、明日まで待ちきれねぇよ!」


「俺もだ! 昼までまだ時間もあるしよぉ、ちょっとやってきたいよな!?」


「ねぇー、畑はー?」


「……ほんっとに、仕方ないわね……」


 わざとらしく溜め息をついて、額を指先で掻く。

 それから大仰に胸を張って、畑に手を向けた。

 すると歓声を上げて、子供から我先にと畑に入り込んで行く。


「――ほら、口は閉じときなさいよ、舌噛むから! 危ないから! 砂も入るから!」


「おぉ、俺達も急がにゃ!」


「大人は遠慮してくれないかしらねぇ……!?」


 そうは言っても、この手の娯楽は大人達にも経験のない、斬新なものだ。

 子供のはしゃぎ様を見れば、自分達も、と思う心は止められない。


 カーリアのやり方を見ていたからか、勝手に人員整理じみた事をやり始める者までいた。

 あるいは単に、子供の安全を傍で見守りたいからかもしれない。

 何にでも協力し合う、村特有の下地あっての行動だろう。


 そうして、土に魔力を通して操りながら、楽しむ村人達をぼんやりと見つめる。

 本当なら、この様にぼんやりしながら出来る魔力制御ではない。

 しかし、何度も繰り返している内に、この程度ならば負担とも思えないようになってしまった。


 ――さっき、何かの言葉に引っ掛かったのよね……。

 言葉というより、単語だろう。

 話の流れを断つ訳にはいかず、その場は流していたのだが……。


「さて、何だったかしら……」


「何の話だ?」


 横合いから唐突に声を掛けられ、ビクリと肩を震わせる。

 それに反応して制御の乱れが生じ、土の流れが上下に跳ねた。


 乗ってる彼らは喜んでいたが、下手をすると畑外に飛ばしてしまう失態を冒すところだった。

 内心冷や汗が止まらず、しかし、それを表を出さない様にしながら声の主に恨みがましい声を出す。


「何よ、カイ。何か用……?」


「いや、一度ちゃんと謝ろうと思って……。オレも貴族をロクに知らなかったし、悪いもんだって頭から決めつけてた。……だから、悪かった」


「別にいいわよ。気にしてないってのは本当だったし。それに生まれてからずっと、我が伯爵家が頭を押さえ付け続けていたのも事実なんでしょうし。嫌って当然だわ」


「うん……。でも、本当なのか? あの……悪い貴族ばかりじゃないってやつ」


「そうね……。まぁ、信じ難いのは本当でしょうけど、お祖父様だって立派な人だったらしいじゃない」


 この目で見た事はないし、伝聞で知る限りの話にはなる。

 けれど、当の村人から先程聞いたばかりだ。

 悪い話を聞かないのだから、悪徳領主でなかったのは確かだ。


 フェルトバーク公爵家も、先代は非常に出来た御方だったらしい。

 それなのにその跡継ぎが尽く駄目息子になってしまったのは、不思議としか言いようがない。

 よく出来た父を持つと、その息子は苦労するという事なのだろうか。


「爺様の話で、昔は良かったなんて話は良く聞くけどな……。でも、爺様婆様って、それしか言わないし。今と比べて良いだけだって、そう思ってた……」


「昔の方が良かった、なんて年長者の常套句みたいなもんだしねぇ。税の話一つとっても……」


 そこまで言葉に出して、唐突に詰まる。

 ――そうだ、さっき引っ掛かった単語。

 それはまさに、税金に関する事だった。


 カイに分かるとは思えないが、後ろにはいつの間にかカーリアも控え直している。

 少し詳しいことを聞けないかと、少しの好奇心混じりに尋ねた。

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