成果を得た先 その4

 三十分ほど掛けてお腹を満たした後、森から出て今日の改善予定地へと向かう。

 休眠期に入る農地とはいえ、葡萄の樹は畑に残ったままで、またそれらは来年、実を付けるまで残しておくものだ。

 下手に根を傷付けるとそれ以降の収穫が駄目になるから、普通なら簡単には手を出せないという事情もあった。


 しかし、魔力を使って、土を掘り起こすとなれば話は別だ。

 単に耕して掘り起こし、葡萄の樹を取り出すのとは訳が違う。


 土台となる部分から抜本的に手を入れるし、樹の根は損傷させる事なく、土を覆ったまま移動もさせられる。

 人の手で行うと、当然起こり得る危険とは無縁だった。


 既に幾度も畑を改善し、その都度説明と実演をしているので、村人からの理解も深い。

 今日着手する畑主も、それには正しく理解を示していた。

 こちらのやろうとする事に、文句やケチを付ける気配すらない。


 それは良かったのだが――。

 畑の傍には、表情を輝かせて何かに期待する子供達が並んでいた。


 いや……何か、と曖昧な表現は止そう。

 明らかに昨日の遊びをまたやりたい、と表情が語っている。


 今日はやけに、大人の数も多いと思ってはいた。

 子供の引率か、と思っていたのだが、村の中でそこまで危機意識の強い者はいない。


 もしかして、という嫌な予感はするものの、まだまだ畑は残っている。

 とにかく、今日の分のノルマは終わらせなければならなかった。


「じゃ、まぁ……始めるから」


「あぁ! ウチの畑を頼むよ、セイラちゃん」


「早くやってー!」


「早くー!」


 子供たちが両手を上げて、やんややんやと騒ぎ始めたので、威嚇のつもりで一喝する。


「うるさい、ガキどもー! こっちは遊びでやってんじゃないのー!」


「いいから早くー!」


「いい訳あるか!」


 ガー、と口から火を吹く勢いで威嚇しても、子供達は喜ぶばかりで帰りそうにない。

 仕方なく、無視してそのまま始める事にした。


 いつもどおり、魔力の糸を土へ通すイメージで支配し、さっそく邪魔になる葡萄の樹を移動させる。

 樹の根が傷つかない位置まで優しく移動させると、まだ見たことのなかった人達から歓声じみた声が上がった。


「ほぉ〜、あぁやるんかい。土がこんもり残ってて、あれなら確かに根は無事かもなぁ」


「父ちゃん、次はウチん家だからね! よぉく見て、どんなもんか確認しとかんと!」


 中にはそうした下見の人もいるだろう。

 魔力や、それを扱う貴族に対して、どこか思うものを持つ人もいる筈だ。


 多くの人に認められたと自負しているが、染みついた忌避感はそう簡単には拭えない。

 事前にやる事を見せられていれば、そうした不安から少しでも解消されるだろうし、それなら是非見ていって欲しいぐらいだった。


 ――ただし、子供達は帰って欲しい。

 素直に邪魔だ。

 表層を波打つ様に耕す事は、既に慣れたもので疲れもしないが、子供を思うと気苦労で疲れる。


 しかし、下層土の方は未だに慣れない作業だった。

 土の重さがダイレクトに加わるからか、とにかく重いのだ。


「あぁー、よいしょっ!」


『よいしょ!』


「はぁー、どっこいしょ!」


『どっこいしょ!』


 そして、綱引きする様に身体を動かすのも恒例になっていて、面白おかしく真似される。

 こっちの場合は魔力の糸を通した手応えがあるから、端から見れば凄く上手なパントマイムとして映る。

 それが面白いらしく、子供達も真似た動きで追従していた。


「真似するんじゃないよ、ガキどもー!」


『ヤダよー!』


「何が楽しいのよ、こんなの!」


『変な掛け声ー!』


 確かに、どっこいしょの掛け声は、この世界になかったかもしれない。

 邪魔だと言っても帰ってくれないので、仕方なく嫌味な顔をさせつつ継続した。


 一つの掛け声と、手を引く動きに合わせて地面が隆起する。

 子供にとってはそれもまた面白いらしく、一つ隆起する度に歓声が上がった。

 いや、よく聞いてみれば、子供だけでなく大人の歓声も混じっている。


 ただ隆起させただけでなく、下層土の土質も馴染ませないといけない。

 それに合わせて表層の土も連動して動き出すと、子供達からまたも歓声が上がった。


 最初は単に、見ているだけだった。

 だが、それを遊びに使えると思った一人が畑にダイブして、実際に土の上で流された。

 それ以降は、畑改善が遊びの代名詞みたいになってしまっていた。


「それいけー! 土に飛び込めー!」


「きゃっほー!」


 待ちかねた子供達が、流れる土の動きに飛び込んでいく。

 気分としては、現代で言うところの流れるプール、みたいなものかもしれない。

 畑主にいいのかアレ、という視線を向けたが、笑顔で見守るだけだった。


「葡萄がある時ならともかく、今は気にする必要ないからねぇ。それにまぁ、何をそんなに楽しみにしてるかと思ってたが、こういう事だったかい」


「まぁ、最後に土は耕して戻してあげるけどさぁ……。これだって、別に疲れない訳じゃないんだけど」


「でも、子供達は凄いはしゃぎ様じゃないか。あぁいうのは、もっと見たいと思ってしまうねぇ」


「思うのは勝手だけど、それやってるの同じ子供だからね。夢を見せるのは大人の方の仕事でしょ」


「こりゃあ、痛いトコロ突かれた」


 額に手を当てて苦笑いを浮かべる畑主とは別に、カーリアが口を挟んでくる。


「でも、お嬢様はその大人を統率する側の人間です。彼らの希望を叶えてあげる義務があるのでは?」


「そういう理屈は聞きたくないわ! 子供よ、あたしは子供なの! 我儘が許される可愛い盛りの子供なのよ!」


「自分でそう言う子供は、実に可愛げがないですよね」


「うるさい!」


 顔を向けて一喝すると、土の上で遊んでいた子供達から、野次めいた声が飛んで来た。


「ねぇ、これもって早く動かないのー?」


「上に跳ねたりしたーい!」


「遠慮ってモンを知らないガキどもね。注文まで付けてくんの?」


 畑は自由に動かして良い、という許可めいたものは受け取っているので、要望通りに上下したり飛び跳ねるギミックを増やしてやる。

 この世界ではまだ発明されていないジェットコースターを、ここで再現してみた。


「ガキどもー! 口はしっかり閉じなさい! 土が入るし、舌も噛むわよ!」


 スピードが出過ぎれば、畑から弾き飛ばされてしまう。

 だから、前世で知るジェットコースターより、速度は全く出ていなかった。


 それでも初めての体験に子供達は予想以上に喜んだし、急降下地点では悲鳴も上がった。

 広い畑とはいえ、実際に動かせる範囲は限られる。

 だから、ミニチュアみたいなジェットコースターにしかならなかったが、子供達の興奮は凄まじいものがあった。


「すっげぇ! すっげぇ怖いけど! 速くって、死ぬかと思った!」


「もう、ビューンなの! それでね、曲がったと思ったら上がってね! 落ちたら、お腹がひゅってなって怖かった!」


「おー、凄いなぁ! 良かったなぁ、アン! どれ……いっちょ、お父ちゃんも」


「……大人は遠慮してくれないかしらね」


 土の付いた頭を優しく撫でて落としてやると、父親が腕まくりしながら前に出る。

 そうすると、他の大人たちも、我も我もと前に出始めた。


 魔力で畑に細工すると聞いて、何するつもりだ、と剣呑な目で見ていた大人も、今では子供の様に目を輝かせている。

 ここでシャットアウトしたら、暴動でも起きそうな勢いだ。


「分かったわ、やるわよ。でも、一人一回ね! これ疲れるんだからね! フリじゃないから!」


「おぉー、そりゃ有難がって遊ばにゃならんなぁ……!」


「それに、明日はあれだ。ブロルん所の畑だろ? 明日もそっち行けばいい」


「そりゃいいな。今日来なかった奴にも教えてやらにゃ」


「何よ、その悪魔的発想!? どんだけあたしを酷使させる気!? いい大人が遊んでんじゃないわよ! 働け!」


 慟哭にも似た悲鳴は、大人達に伝わらない。

 やいのやいのと盛り上がっては、畑の中に飛び込んで行く。


 いつの間にやら入出順の取り決めや、入るタイミングをカーリアが取り仕切り始めていた。

 接触事故が起こらないよう、という配慮からだろう。


 実際、これで何か事故でも起こせば、その責任の所在がどこになるかは明らかだ。

 人数が増えた事でそのリスクが高まり、先して動いてくれた事には感謝もある。

 だが、それならむしろ、この事態をこそ止めてくれ、と言いたかった。


 恨めしくその背を見守っていると、視界の端に見覚えのある顔を見つけた。

 気になるけど近付けない、そういう雰囲気を出している少年で、チラチラとこちらに目を向けてもいる。


 いつまでも入って来ようとしないし、視線はいつまでも向いているしで、いい加減鬱陶しくなって、こちらの方から呼びつけた。

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