認められない現実 その6
――更に、一週間が経った。
分かり易い解説書である事も助けになり、制御方法の習得は順調に進んでいる。
どの系統を選んでも不得意属性にしかならないが、中でも地属性と水属性は他よりまともに使えるらしい。
得意属性は両親から遺伝しやすいと言われていたのは、迷信の類ではなく、ある程度の統計から持ち出された根拠であったようだ。
とはいえ、やはり不得意属性に分類され事には違いない。
得意属性であれば当然できる事でも、同じようには出来ないと分かった。
例えば水属性なら、空気中の水分を取り出して、あたかもその場から生まれ出た様に使える。
反して、不得意属性では、その場に水を用意して操るのが精々だ。
地属性についても同じで、土に触れていれば動かす事は出来る。
だが、岩を作り出したり、形を整えて槍にする、という事までは無理だった。
ただ、これは年齢の問題で、努力次第で将来的に改善されるかと思いきや、教本によればそうではないらしい。
土を動かす質量が増える事はあっても、出来る事までは増えないと書いてあった。
「やっぱり、得意属性を十全に使えるって、大事なんだなぁ……」
しみじみと呟くものの、貴族はその特権を安易に使ったりしない。
今は平時で使う場面がないし、いつ戦時となっても良いように、その力を正しく鍛えておく義務を遂行しているだけだった。
公爵領では日常的に使っている、というのも、あくまで例外中の例外なのだ。
特に貴族は、土で汚れる事を嫌う。
農民と同じ立ち位置にいたくない、と考える人が殆どなのだ。
因みに、言うも及ばずバークレンの両親もその手合だ。
「あたしが何の為に魔力を扱うつもりか知ったら、きっと怒り狂うでしょうね」
農作業に土と水の魔力を使えれば、喜ぶ地主は多いだろう。
ある種の効率化を図れるだろうし、ひと一人より多くの面積を耕せる筈だ。
今はまだ女の細腕一本よりマシな程度だが、それでも雇ってくれる人はいると思う。
「外で生きていく手段は農作業だけじゃないけど、想定しておくに越したことはないものね……!」
魔力を使えると不安の種になると拒絶されるなら、例えば酒場のウェイトレスなども考えて良いだろう。
少し大きな街に行けば、そうした職種に困る事はなさそうだ。
仕事が決まるまで食い繋げる路銀さえあれば、どうにかなりそうではないか。
「想定が甘すぎるかしらね? ……まぁ、時間はまだあるんだし、実際に街の様子とか見て決めるでも良いでしょうよ」
治安次第では、女の一人旅など襲ってくれと言っている様なものだ。
襲う方が悪いのは当然だが、襲われる隙を見せる方も悪い、という理屈はどこにでもある。
まだ遠い未来に思いを馳せていると、ドアが控えめなノックで叩かれる。
それに返事をすると、今日は朝の支度が済んでから、姿を見せていないカーリアがやって来た。
「あら、どうしたの。いつもなら付きっきりのあんたが、何か用事でも頼まれてた?」
「まとまった時間が今しか取れない、との事で、ご当主様に色々とご報告を」
「そりゃ夜は遊び歩いてるんだから、まとまった時間なんてロクに無いでしょうよ」
鼻で笑ってやっても、カーリアから咎めの言葉は出てこない。
セイラの部屋からは、馬車の出入りが分かるのだ。
家紋が付いている場合は正式な夜会などで、付いていない場合は夜遊びの場合だ。
そして、家紋なしの馬車が夜に出て行く所を、これまで何度も目撃している。
空が白ずむ前に帰って来るらしく、よく昼過ぎまで寝ている事も知っていた。
「領主の仕事を放り出して、結構な事よね」
「でも、御本人は仕事を為されているつもりですよ」
「あぁ……、公爵閣下の接待役ね。蔑ろにするのも悪いんでしょうけど、それってまず領政をしっかり取り仕切ってからの話でしょ」
またもわざとらしく嫌味を零したのに、これに対する返答はない。
現在、実務を行っているのは家令のオルガスだと、この一週間の調べで分かっている。
父の居室に執務机は無く、代わりの部屋に用意されている机で、そのオルガスが家令の仕事の合間に行っているのだ。
少しでも現状を知っていれば、異議を差し込める筈もない。
だが別に、その体制を変えてやろうとか、抜本的解決を、などと考えている訳ではなかった。
父とも思わないその男が、その報いを受ける日を遠くで見る日がくればいい、と思うだけだ。
「それで、色々な報告の中には、あたしの行動も含まれているんでしょ? 何か言われた?」
「いいえ、大人しくしている分には、好きにさせる方針のようです。特に魔力制御に関して、熱意がある事は関心している様子でした。本を読んで静かになるなら、続けさせろと」
「あら、それは朗報ね。今は問題ないけど、いずれ追加のご本が欲しい時は貰えるかもしれないわ。父としても、他人と比べて見劣りしないところまで、鍛えさせたいところでしょ。……その為の講師なんかは?」
「そうした話は出ませんでした。実際、年齢的にはまだ早い段階ですから」
通常は八歳から魔力が安定し、それに合わせて磨くものだから、確かに今の段階では少し早い。
ただ、どういった講師を付けるかは、今後の成果次第ではあるかもしれなかった。
「ふぅん? ……ま、いいわ。独学でどこまで行けるか試してみましょ。仮に有能であっても隠せる様になりたいし」
「お嬢様は認められたくないのですか?」
「あの両親に? 思わないわね。愛情を向けられていたら、その愛情に報いたいとは思ったでしょうけど……、あれじゃあね」
それまでは共に過ごすこともあった晩餐も、今では一人で食事する様になった。
早々に見切りを付けた両親は、向ける愛情の先をすっぱりと変えた。
今年一歳になる妹は、これまで厚遇されていたとは言えない。
世継ぎとして男児を望んでいた父は、次女に興味を持っていなかったのだ。
しかし、上の子に不備があると分かって一変し、父だけでなく母まで愛情を一心に注ぎ始めた。
それだけではなく、妹に不備があってはならない、と神経質にまでなっている。
食事の席に顔を出さないのも、その一環だ。
頑なに顔を合わせないのは、不備の子の魔力に幼子が変な影響を受けさせたくないからだ。
魔力にそんな影響など無いと、誰でも分かりそうなものだが、そんな迷信を持ち出す程に、そこまでセイラの事を嫌ってしまっている。
「だから、別に認められたいとか、見返してやりたいとかは無いわね。その時が来たら、こちらからスッパリ消えてやるわ」
「消える……。夜逃げするつもりがおありで?」
「夜逃げかどうか分からないけど、どうせ良くても借金のカタに売られるだけなんだから……。何であたしが、そんな目に遭わないといけないのよ。高貴なる者の務めとか、お家の為にとか、そんなの全く考えてないわ」
「あらあら……、大胆なこと仰りますね。これも報告案件でしょうか……」
「好きに言えば? 子供の浅知恵と思われて、忘れられるのがオチだし」
今のセイラは六歳の小娘に過ぎない。
他の誰が聞いても、親に愛されない子供が癇癪を起こした末に言った事、と思うだろう。
だというのに、カーリアはどうにも反応が違った。
あるかないかの笑みを浮かべて、丁寧なお辞儀をする。
「確かに、単なる子供の世迷い言……。報告するまでもありません。でも、不思議ではあります」
「何がよ?」
「お嬢様はあの日から変わられました。暴力的な言動は変わりませんし、事あるごとに殴りかかって来ますが、制御不能という程ではありません」
「あんた分かってて言ってる? あたしが暴力的になるのは、その一々暴言を挟んで来るメイドの所為なんだけど」
「……でしょうか?」
いつもの無表情に素知らぬ顔を窓辺へ向け、惚けたフリで話題を逸らす。
それと分かっていて律儀に付き合うのもどうかと思うが、この身体……というか精神が、簡単な挑発にもすぐ反応してしまう。
色々なところで我慢しているし、机に向かうのも簡単にできるのに、カーリアからの挑発には本能的な反発を見せるのだ。
カーリアは窓へ顔を向けたまま続ける。
「私はお嬢様が魔力を鍛える動機は、魔力について否定されたからだと思っていました。貴族の誇り、青い血の源泉……そこに傷があるとされたから、見返す為にやるのだろうと」
「そうすれば、失った愛情も返って来るかもしれない? ――そんな訳ないでしょ。妹の存在がなかったとしても、あたしは愛情を取り戻そうとはしなかったと思うわ」
「そうなのですか」
だって、あの二人は本当の両親じゃない。
――そう言えたら、どんなに楽だろう。
だが、この世界において、セイラの両親は間違いなくあの二人だ。
どれだけ声高に主張したところで、愛に飢えた子供の癇癪と見られる。
たとえ勘違いだろうと、そう思われるのは我慢ならない。
「別にいいでしょ、あたしの事は。あんたも身の振り方を考えなさい。ここに長く務めていても、あまり良い事はないと思うわ」
「そうですねぇ……。でも、お嬢様の手が掛からなくなったとなれば、それなりに働きやすい環境ですし、お仕えしていようと思いますよ」
「あっそ、忠告はしたわ。でも長くとも、あたしが十五になる前に辞めときなさいね」
「実に具体的な数字を持ち込みますね。何かあるんですか?」
――その辺りに没落するから。
そう言ってやりたいが、言ったところで信じられないだろう。
父も今はまだ公爵閣下の庇護下にあるし、世の春を謳歌している段階だ。
実際、多少の借金ならば、その閣下が肩代わりしてくれたりもするかもしれない。
分家筆頭という地位もあり、簡単に没落するなど思えないのが普通だ。
「別にないわ、それより話はもうお終い? 今日は淑女教育の日でしょう? その時間が来るまで、もう少し勉強していたんだけど」
「それでしたら、一つご当主様より言伝てが……」
嫌な予感に眉間にシワを寄せて、顔を顰める。
そして直後、その予感は正しかったと証明された。
「三日後、公爵家への
「ご丁寧にどうも。準備は任せていい?」
「あら、てっきり怒り狂うのかと……」
「怒ってるわ。でも、同時に呆れてるの。今は呆れの方が強いから、怒ったりしないだけ。ドレスに興味もないしね」
鼻からフシュッと息を吐き出し、机に向き直る。
ドレスに興味がないのは本当で、怒ってないのも本当だ。
しかし、心の奥底――深い部分にあるセイラの一部が泣いていた。
今の感情は間違いなく呆れなのに、涙が目尻に溜まっていく。
零れる涙を見られまいと、深く俯いて本の一文を目でなぞった。
何故だか本の内容が、一切頭に入って来なかった。
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