守るべきもの その6

 親しい者は多くないとカーリアは言ったが、それでも、親しい者は居た筈だ。

 きっと、そうした者の死が、その戦いであったのだろう。


「勝ち筋を読み間違え、大敗しました。私の親代わりも、親しくしていた多くの人も……。それで旅団に傭兵を呼び込んで維持するか、解散するか決断を迫られて……結果として、解散する事になったんです」


「それで、ウチに……? ツテでもあったの?」


「親していた一人に、そういう人が。バークレン家に直接ではなく、もっと別の貴族家ですけど」


 それはそうだろうな、と自分のした質問に、自分で呆れる。

 バークレン家が傭兵を欲する事情など見当たらない。

 お祖父様は色々と精力的に活動されていたが、隣国と商売までしていなかった。


 傭兵団と知り合いになる切っ掛けなどなく、そうとなれば単純に他家からの紹介という線が濃厚だろう。

 そして、それは続く言葉で正解だと分かった。


「たらい回しにされて、最終的にこちらの家を紹介されました。一つ断られた時点で、先行きを諦めていたのですが……。でも、オルガスさんの目に留まりまして」


「まぁ、ウチの両親は雇わないタイプって感じよね」


 高貴な者は、傍に置く者にも拘るものだ。

 爵位として特別高い身分でもないが、公爵家の分家筆頭でもある。


 同じ伯爵家でも貴意が高いと考えているし、その使用人の身許は信頼ある筋しか雇わない。

 使用人もまた貴族、という家は決して珍しくないのだ。


「でも、大変だったでしょ。全く別の職種に就くって」


「そうですね、勝手が違って戸惑う事は多く、それなりに……。それで一年間、行儀作法と仕事を教わって、それからお嬢様のお付きになりました。……というより、誰もやりたがらなかったので、お付きにさせられました」


「……ああ、まぁ、そう。一番格下のあんたに、そのお鉢が回ってきたって訳ね。結果的には、良い拾い物をしたって事になるのかしら」


「オルガスさんも、そう言ってました。お嬢様の護衛も兼ねた側仕えは、貴重だと」


 どうやらオルガスは、カーリアに目をつけたその時には、セイラの聡明さについて気付いていたらしい。

 魔力測定の結果から、習い事を減らす決定に反対していたのも彼だし、当時からセイラを守ろうと手を尽くしていたのも彼だ。


 あるいは、そうであって欲しいという願望であったかもしれない。

 父の現状を知っていれば、まだ幼いその娘に、希望を見出さずにはいられなかったのだろう。


「……何にしても、まずオルガスには感謝しておく必要があるみたい。それから、あんたにもね。よく辛抱強く居てくれたわ」


「その辺りはお給金次第な所がありますので、お気になさらず。傭兵旅団での暮らしを思えば、多少の理不尽だって楽なものです」


「過酷そうなそっちと比較されると、どうにも素直に頷けないものがあるけど……」


 呆れた声でじとりと見つめて、それからカラリと笑った。


「ま、あんたも納得して働いてるって言うんなら結構よ。残り少ない時間、仲良くしましょ」


「……少ないのですか?」


 油断して言葉を滑らせてしまい、息が詰まる。

 カーリアは不思議そうな雰囲気を発して首を傾けており、どう言い訳したものま迷った。

 正直に没落予定と言って、信じるだろうか。


 ――信じさせるだけの根拠はある。

 父の放蕩ぶりが目に余るだとか、借金を積み立てて自壊するとでも言えば良い。

 カーリアは詳しい金額まで知らないだろうが、一定の根拠にはなる筈だ。


 だが、同時に疑問にも思うだろう。

 今バークレン領はセイラが作った新品種の葡萄によって、その経済が上向いて来たばかりだ。


 新事業として北方への道路工事も始めていて、通商を開くつもりでもいる。

 これが成功すれば、借金の返済など訳はない。


 そこまで考えが及ぶだろうか――、とカーリアの顔を見つめ直して、及ぶだろうと結論付けた。

 カーリアは学ぶ機会を得られなかったろうが、さりとて馬鹿という訳でもないのだ。


 では、別のアプローチで説明しなければならないのだが、真実を言っても信じないだろう。

 いつだったか、平民の生まれ変わりだと、告白した時と同じだ。


 未来を知っていると言って、信じてくれる筈がない。

 どうしたものか、と首を捻っていると、カーリアの方から声を掛けてきた。


「……お嬢様は、以前にも言ってましたね。別の仕事を探せとか、そういう内容を。伯爵家に問題が発生するとお考えですか?」


「問題というなら、現在進行系で発生中でしょ」


「魔獣被害は、得失が大きいものではありません。ある程度、織り込み済みでもある筈です」


「それはその通り。……だから、まぁ、そうね。お家を揺るがす問題が発生する。あたしはそう見てる」


 重大な話を思わせない、気楽な口調の発言だった。

 カーリアは畑とそこで働く者たちを見つめながら、ポツリと呟いた。


「つまり、その対策に色々やっていたんでしょうか。冷害対策の作物を精力的に作り始めたのは、そういう理由で?」


「んー……。間違いじゃないんだけど、それだけって訳でもないのよね。領民の生活を守りたい、彼らの努力に等しい対価を得られるように。今はそういう舵切りをしたけど……、屋敷まではそうもいかないかも」


「お嬢様の懸念が分かりません。現状は上向いているように思えます。ご当主様の不甲斐なさを、見事に穴埋めされてますよね?」


 カーリアは近しい立場だから現状を理解していて、だからそういう発想になっても仕方がない。

 そして決定的な問題は、公爵閣下の事故死を境に表面化していくので、現段階では伯爵家が持ち直しているようにしか見えないのだ。


 そして、決定的な打撃となる父の犯罪も、まだ行っていない可能性もあった。

 借金の正確な数字は知らないが、賭け事も勝つことだってあるだろう。

 ひと月単位で見れば、黒字になっていたりもするかもしれない。

 だから、経済的な面ばかり見ていると、尚更分からなくなってしまう。


「まぁ……、あんたは有能だものね。何かあっても、屋敷に残れるよう手配してあげるわ。オルガスは領政の生き字引みたいなものだし、むしろ有り難がられるでしょ」


「……お嬢様、まさかと思いますが……お嬢様ご自身が、伯爵家から離れるおつもりですか?」


「そうね。結果的に、そうなるだろうって話よ。学園への入学だってあるんだし」


「とてもそういうニュアンスには、聞こえませんでしたが……?」


 胡乱げに見つめてくる視線は鋭い。

 不審な何かに勘付いていて、それを探ろうとする目だった。


「学園に使用人は連れていけないものね。王族か、公爵家クラスじゃないと。だから、そこで一旦あたしとの関係は切れる。離れるっていうのは、そういう意味よ」


「そうでしょうか……」


 カーリアから変わらず視線を向けられたものの、断定するように頷いて見せた。

 結局のところ、家を捨てる決意は変わらない。

 学園に入学する事なく逃げ出すつもりだし、両親共々、共倒れするつもりもなかった。


 使用人には変わらぬ待遇を用意しておけば、それで十分義理は果たしている。

 村民についても同様だ。

 道筋は引いた。後は彼らが実直であれば、そう悪いことにはならないだろう。


 何もかもを救い、何もかも上手く立ち回るのは無理だ。

 両親の態度を見て、それは早々諦めた。

 出来る範囲の最善を尽くしたと思えば、思い切って次へ行ける。

 そうに違いない。……違いない、と思いたかった。


「まぁ、いずれにしろね……。あんたの職は確保しといてあげるわ。あんなこと聞いたばかりだし、苦労して来たみたいだしね」


「それはまた、有り難いお気遣いですが……」


 カーリアの視線は、更に胡乱なものになっている。

 いつも突飛な考え、思い付きを見せているから、そこにまた変な発言が加わっても、雑な言い訳で済まされると思った。

 だが、彼女の表情を見る限り、素直に騙されてくれたりしないらしい。


「本当にそれだけですか?」


「そうよ。……というかね、あんまり深く考えないで頂戴よ。未来の事なんて、誰にも分からないでしょ? だから備えたり、考えたりする訳じゃないの」


「お嬢様なら、割と正確に読み解けるんじゃないかと思ってますけど」


「それは買い被りすぎね。普通に無理に決まってるじゃない。……あぁ、そうそう。学園と言えば、よ」


「はい、何かご懸念が……?」


 懸念という程の事ではなかった。

 学園には通わないのだから、そこで起こるイベントは一切関係ない。

 平民出身で男爵家の養子になったヒロインが、在学中の王子殿下と恋仲になり、それを邪魔する公爵令嬢の愛憎劇を、間近で見られなくて残念と思うぐらいだ。


 だが、それを見る事は、悪役令嬢エレオノーラから罪を詰られ、学園から追い出される事を意味する。

 父の不始末を、彼女が学園での地位を確固とする餌として、便利に利用されるのだ。


 それを思うと、何だか無性に腹立つのを感じる。

 まだ、やられた訳ではない。

 そして、これからされる訳でもないだろう。


 だが同時に、される事も知っていて、実に不条理な怒りが腹の中で渦巻いていた。

 不自然に沈黙した事と突然の豹変に、カーリアは心配そうな雰囲気で見つめる。


「お嬢様……? やはり、お加減でも?」


「違うわ。ちょっと学園の事を思っただけ」


「まだ三年も先の話じゃないですか。今から不安がるなんて、お嬢様らしくありませんよ」


「そうじゃないけど、そういう事にしといてあげるわ。――だから、これから公爵家別邸に行くわよ」


 余りにも突飛な発言に、流石のカーリアも僅かに固まる。

 言葉の意味を咀嚼して、やはり意味も分からず首を傾げ、それから訝しげに問うて来た。

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