未来への展望と渇望 その9

「……なるほど。外からすると、その様に見えるのか。では、セイラ嬢……。君からはまるで、謀反の準備をしているように見えるのかな?」


「いえ、決してその様な訳では……」


 反射的に否定して、自分が口に出した事を吟味してみると、それは確かにグスティンが言った様にしか聞こえなかった。

 実務面と軍事面、双方を握るグスティンが公爵家当主として相応しい。


 それは事実でも、周りの誰も納得しない。

 何故なら公爵閣下は存命であり、その母である女主人エリーザベトが代替わりを決して認めないからだ。


 双方どちらかが存命の間は、爵位の継承は行われないだろう。

 そして、その間ずっと公爵家の資産は食い潰されていく。

 何故そんな愚かな事が出来るのか不思議でならないが、それを言うなら我が家の父も同じ穴の狢だ。


 賭博を止めるだけ、真面目に領主の仕事を果たすだけ……。

 その当然の事が出来ない。

 誰も止められない怠惰とは、実に恐ろしい。


 我が家にしろ、公爵家にしろ、祖父が存命ならこんな事にはならなかった。

 爵位を息子に継承せず、一代飛び越して孫へ継承すれば、話は簡単だった。


 しかし、寿命というものはままならない。

 長く生きて欲しいと思う人ほど、あっさり亡くなってしまう事もあるものだ。


 ――寿命……。

 これまで、多くの枷を取り払ってきたグスティンではある。

 しかし、その最も大きな枷が、最も大きな障害となっている。


 思わず思考に没頭してしまった時、グスティンは愉快そうな表情をさせて、一歩こちらへ近付いて来た。

 既に氷の貴公子として君臨していそうな相貌だが、今ばかりはその氷も溶けているらしい。


「その考えは君だけのものか? それとも、バークレンの家中で広まっている話なのだろうか」


「知りませんよ。私は最初からグスティン様を応援してますからね。父に尽くす義理はありませんし」


「それに、家中の心臓部は君の手の中、だからな……」


 ――やっぱり、調べはしてるんだ。

 カマ掛けにしか過ぎなかったのに、本当だと知らされれば複雑な気分だった。

 きっと我が家に限らず、敵と味方の判別をするのに、方々へ手を伸ばしたりしているのだろう。


「しかし、君は私が公爵領を掌握すると、父を蹴落とすと思っている訳か。それが遠からず起きるとも……」


「……そうですわね。きっとそうなるだろう、という予想ですが」


「だが、周りはそうした懸念を抱いていない。……上手く誤魔化せていたとも思っていた。そして実際、行動に移すかどうか、未だ決めあぐねている。……君がどうしてそう思ったのか、心の内を聞かせて欲しい」


 計画の露呈が掛かっているので、グスティンも本気だ。

 とはいえ、私が情報を明かしたところで、危険が及ぶとは考えられない。


 そんな事実はない、と強弁できるだけの実績を、表で作り上げているに違いなかったし、彼の言うとおり上手く誤魔化せている状態だろう。

 強い懸念や警戒を呼び起こす事態になるから、消して面白くはないだろうが、そうとしてもグスティンの利用価値は高い。


 セイラ・バークレンの一言は、グスティンの実績の前では露のごとしだ。

 それに根拠を求められても、やると知っているからという理由以上のものが出てこない。

 そういう意味でも、露のごとく頼りない言葉しか出てこないのだ。


 だが、ここまで話を広げてしまった後に、実はテキトーです、という答えは許されないだろう。

 まず納得されないし、敵視されてしまう事態は避けたい。

 それを考えると、何かしら結果から逆算して、それらしい答えを捻り出すしかなかった。


「……そうですね。敢えて言うなら……グスティン様が公爵家を、公爵領を継承すべきお人だからです。そして、貴方は身分に伴う責務を、当然と受け止めている。能力主義者でもあり、自他共に合理的使用すべきと考えていらっしゃいます」


「……そうだな。自分はともかく……いや、家臣団が良い例か。確かに能力ある者は、それ故に活用されるべきと考えてしまう」


「だから、きっと現状が許せないでしょうし、是正したいとも考えていると思いました。自分がやれているのだから、他の者も出来て当然と思ってしまう節がある。そこには少し……、手心を加えて欲しいものですが」


「……君は予想以上に良く知っているな。そこまで優秀な部下がいるとは、こちらも把握してなかったのだが」


 それはそうでしょうね、と言いかけて口を噤む。

 扇で隠されているから口元は見えてない筈だが、その視線や僅かに見える表情筋から、ある程度推測して来るのがグスティンという傑物だ。


 ボロを出す前に――実はもう出しまくっているかもしれないが――、早くこの会話を終わらせてしまいたい。

 大体、今日のパーティの主役が長らく姿を消して、誰も探しに来ないのか。


 さっきまで、グスティンに近寄らせまいとしていた令嬢たちはどこへ行ってしまったのだろう。

 先程、力強くお任せを、と言ったカールが、完璧に仕事をこなしている所為だろうか。


 心の奥底で唸っていると、それに構わずグスティンは言葉を続けた。


「……まぁ、私も言うほど君を疑っていない。それほど深く知られているなら、今頃政務からなり、討伐案件からなり、外されているだろうから。少しずつ、仕事を肩代わり出来る何かを据えているだろう。しかしそんな予兆もなく、君が情報を流していない証拠とも言える」


「ご理解いただけて何よりです」


 では、もう行っても――という台詞は、口から出るより前に遮られる。


「そこで訊きたい」


「……何なりと」


 扇で表情を隠し、暴れ出しそうな感情を、表に出さないように苦心しながら返答する。

 もう逃がして、と叫び出したいのに、臣下としてはそう答えるしかないのだ。


「私は、どうするべきだと思う? 父を……あぁ、分かるだろう?」


「えぇ、それは……はい。でも、それこそ家臣団の方々と相談なさるべきでは……? 私の意見など、僭越に過ぎます」


「それも分かっているが、君の意見を聞いてみたい。彼らの中でも意見は割れるだろう。……当然だ。その時までに考える材料を増やしておきたい」


「解決ではなく、考える……ですか」


「答えは自分で決める。思考し決断するのは、私の責務だ。他の者には任せない」


「そうですね、仰るとおりです」


 実にグスティンらしい台詞だった。

 それを言える十四歳の貴族令息が、一体どれ程いることか。

 そして、そんな彼だからこそ、家臣団は彼を支えたいと思うのだろう。


 グスティンは決断する。それは間違いない。

 公爵閣下の寿命は、如何ともし難い。

 それまで指を加えて、公爵家と領内に住む全ての者達を、犠牲にし続ける事を許容しないだろう。


 それで改めて思い知る。

 原作において、公爵閣下は事故死する。

 予想の一つとして考えていたのだが、グスティンが謀殺するから起きる事に違いない。


 正攻法で待っていては、公爵領の命脈が立たれてしまう。

 待つだけ待っても、破滅より前に爵位継承できるか、という瀬戸際になるだろう。

 そして、瀬戸際になってからではもう遅い。


 私の父がそうであるように、不正や横領、汚職が蔓延してからでは遅いのだ。

 それを放置する事は国への、そして父祖への裏切りだ。

 グスティンは、きっと決断する。

 母妹かぞくと再会できるから、という少しだけの私欲と共に――。


「では、事態の外側にいる私が、勝手な意見を述べさせて頂きますと……。やるべきです」


「そう……ッ、思うか」


 きっぱりと断言すると、グスティンの表情が僅かに曇る。


「グスティン様は利害の計算に、非常に冷徹な考えをお持ちです。既に、その方向で考えていらしたのでは?」


「そう、だが……」


 溜め息をつきながら、前髪を片手で抑えた。

 力任せに握り潰しているようでもあり、表情も苦悶に歪んでいる。


「どの様な形であるにせよ、表向きは事故に見せ掛ける必要があるでしょう」


「今後の統治に影響が出るか」


「表立って剣を取り、大義を語るのも結構と思いますが……反発も強い。だから、二年です」


「ふむ、二年……?」


 歪んでいた表情が、今はただの苦悶ではなく、思慮を巡らせたものに変わっている。

 口の中で転がす言葉は、何を言っているかまで聞こえないが、先々まで見越した計算を今まさになされているようだ。


 あの一言で、全てを察してしまえるらしい。

 流石の優秀さに、驚きよりも笑いが込み上げてくる。


「喜ぶ者も多数おりましょうから、全てが非難される事もないでしょうが……。敵対派閥、敵対する家には今の内から弱みを握っておくべきです」


「だから、二年か」


「己の地盤にまだ不安があるなら、それを固める時間と思っても良いでしょう。現閣下派閥は、継承後には邪魔です。切り捨てる準備と、無くても運用できる体勢を構築せねばなりません」


「……ならば当然、君の家も対象となるが?」


 それこそ望むところ。

 むしろ、そうして貰わねばならなかった。

 味方を表明しているし、そこは残そうなどと思われては困るのだ。


「勿論、我が家に対しても断行なさいませ。分家筆頭という立場に手心を加えると、今後に影響しかねません。もう前の時代は終わったのだと知らしめる為にも、いっそ見せしめに使うべきです」


「そこまで覚悟の上で、その進言か……」


「その時には、証拠は揃えておきます。父が言い逃れできないように」


 グスティンが感嘆した息を吐き、それから大いに頷いた。


「……分かった。二年を目処に終わらせる。セイラ嬢、貴女の進言に感謝する」


「グスティン様のお考えに、幾らか寄与できたなら、臣下として光栄に思います」


 ――乗り切った……!

 万感の思いで溜め息を堪え、扇子を畳んだ後に、恭しくカーテシーをしながら頭を下げた。

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