そして思いは結実する その4

「離縁? その上、追放したというのか」


「ハッ!」


 フレデリクは緊張させた顔付きで、意気揚々と語る。


「あの痴れ者が、事もあろうに公爵家別邸へ押し入り! そこで公爵家の使者に対し、大変無礼な振る舞いを働いた事実は看過できぬと! 当主として、これを処断いたしました!」


「全く、頭が痛くなる……。本人から詳しく事情は聞かなかったのか? 別邸で何が起きたのか」


 予想していた反応と違って、フレデリクの表情が引き攣る。

 挑むように向けていた視線も、今では大きく外へ逸れてしまっていた。


「む、無論、聞き取りは慎重に……! しかし、別邸内での魔力沙汰、また殺人となれば、到底看過できる限界を越えております! 閣下のお怒りも……」


「私の怒りか。それで伯爵家に対し、何らかの罰が下ると思ったか。家を守る為、娘一人を犠牲にすれば、全て事もなしと思ったか?」


「は……」


 フレデリクは力なく頭を下げ、その怒りから逃れようと必死だ。

 それほど、グスティンから怒りの気配が立ち昇っている。

 冷徹なまでの双眸と表情は、怒りを表に出してはいない。


 しかし、言葉の端々、声の抑揚からどう感じているかは、この場に居る者なら如実に理解できてしまう。

 フレデリクの横に控える妻と娘も、か細く震えて同様に頭を下げ、その怒りを少しでも和らげてくれないかと、必死に祈っていた。


「確かにセイラ嬢は、公爵家別邸内にて魔力を振るった。しかし、それは使者に扮した暗殺者から、我が母と妹を助ける為だった」


「な……!? そ、そんな馬鹿な!」


「母と妹、両名からも事情は聞いている。そして、首謀者である祖母も既に捕らえた。聴取に対する齟齬もほぼ無い。セイラ嬢がその場に居合わせなければ、私は肉親と生きて再会できぬところだった」


 頭を下げたままのフレデリクに、大粒の汗が浮かぶ。

 弁明せねば、と思っていても、何と言えば良いのか思い付かない。


「母と妹からは、くれぐれもセイラ嬢に良くしてやってくれと頼まれている。……勿論だ。頼まれるまでもなく、公爵家の恩人たる令嬢に対し、無礼な真似などしないし許さん。……そうだな、スヴァン」


「当然でございましょう。聞けば、別邸には数年前から五日と時を置かず訪れていたとか。無聊を慰める為、そして閣下の母君の病から救うため、手を尽くしてくれたと窺っております。奥方様は都合二度、命を救われている事になりますな」


 グスティンは大いに頷き、フレデリクの頭上から声を落とす。


「分かるか? ――恩人だ。公爵家に対する、そして私個人に対する恩人。それをお前が離縁の上、追放だと? 笑い話にもならん」


「し、しかし――!」


 フレデリクの分は圧倒的に悪い。

 それでも、一つの釈明もしないのは拙かった。

 一切の落ち度なしと言えずとも、あるいは論点をすり替えてでも、已む無しと思われる程度の言い訳は必要だった。


「病を治すなどと、あれに可能とは思えません! そ、それに……何年も前から侵犯を繰り返していたなど! それこそ追放刑が妥当であると言っているようなものでは……!」


「まず、勘違いを訂正しておこう」


 グスティンの眼力に圧され、フレデリクの声が萎んで止まる。


「母と妹を気遣ってやってくれ、と頼んだのは私だ。我が手の者は、常に祖母によって見張られていたからだ。頼める者で、警戒の薄い相手は彼女しかいなかった」


「わ、わたしには、一言も……」


「お前に言っては本末転倒だろう。セイラ嬢は約束を果たしてくれただけ、契約書も用意されていた。咎めには値しない」


 パーティ内での口約束とはいえ、それが原因でセイラを窮状に立たせるつもりは、グスティンにもなかった。

 だから、もし問題になった時、即座に庇えるよう、互いの合意があったとする契約書は捏造済みだった。

 だが実は、頼んだその時より以前から、既に面倒を見ていてくれたと知った時には、驚きと共に感謝を覚えたものだ。


「次に病についてだが、お前は自分の領内で起きた流行り病を知らないのか?」


「は……」


「こちらには報告が上がっている。西隣の領から発生した肺病で、多くの領に飛び火した。ただ、バークレン領での被害は比較的緩く、その際に活躍したのもセイラ嬢だ」


「そ、んな……。何故……! あれにそんな事、出来る筈が……!」


 到底、信じられず、フレデリクは顔を上げてグスティンを見やる。

 グスティンからは呆れを含んだ、落胆めいた視線が向けられた。


「お前は何も知らないんだな。……いや、何も知ろうとしなかったのか。何故、そんな事が出来るのか? 彼女は、草属性の魔力を用い、効率的に薬草を量産、精製した薬を作った。薬は高価だ。多くの村民は買えない。だが、彼女の奮闘で被害は最小限だった。こちらにも事の警告と、知り得た対処法が送られた」


「そんな筈が!」


「――ない、か? そうだろうな。希少属性の制御方法を、独自に見つけるのは困難を極める。偶然か、試行錯誤の果てか……どちらにせよ、彼女ならば、と納得できてしまうが」


 グスティンの記憶には、六歳時点のセイラの聡明さが刻まれている。

 久々に再会したパーティでも、それが更に顕著となった。

 希少属性の制御発見など、凡人には到底不可能だろう。

 だが、彼女ならばあり得る、と思えるのだ。


「お前は、希少属性を目覚めさせたのは、家の恥だと罵ったそうだな。可能性を育むのではなく、隠せと命じたと聞く。セイラ嬢は、まさしく言いつけを守ったのだな」


 グスティンは皮肉げに笑って、侮蔑の視線をフレデリクへ向けた。

 しかし、納得できないフレデリクは、尚も言葉を重ねる。


「ですが……薬が事実だったとしても、それがアレの……魔力に寄るものだったとは限らないのでは! 単純に、――そう! 薬を買い付けただけと考えた方が妥当でしょう!」


「……お前は、何故そうも、何も知らずにいられるんだ?」


「ここまで来ると、逆に憐れですな。これ以上、話を聞く意味もないのでは」


 グスティンとスヴァン、両者から蔑みの視線を向けられ、フレデリクはまたも言葉を失った。

 咄嗟にビルギットマルグリットへ顔を向けたが、頭を下げたまま青い顔で身体を震わせている。


 これまで公爵家と面と向かった経験の少ない二人は、グスティンからの叱責に、ただ縮こまっていた。


「セイラ嬢の能力について、疑いようはない。寒冷地に適した葡萄の開発、次いで小麦の開発まで、僅か数年で成し遂げた。無能には無理だ」


「ここ数年の不作は、国家として取り組む問題でした。このまま気候が改善されなければ、三年で国が傾くという試算まであった程です。が、セイラ嬢が生み出した品種では、天候に恵まれずとも、収穫高を増やせる。王家の方々は、国家功労賞の授与まで考えていらっしゃると聞き及びますな」


 スヴァンの嬉々とした発言を引き継ぎ、グスティンも笑う。


「実に名誉な事だ。両陛下も大変ご機嫌麗しくあられた。伯爵家にも、更に箔が付くというもの。そうではないか、バークレン伯?」


「は、は……!」


「あぁ、いや。しかし、当人は離縁のうえ、追放か。――どうしたものか」


 グスティンは視線に力を込めて睨み付ける。

 フレデリクの額は既に冷や汗で埋め尽くされており、眉に汗が掛かって、それでようやく拭う事を思い付いた。


 ハンカチで拭う間、考える時間を稼げたつもりでも、どうすると言われて、即座に解決策が浮かぶ筈もない。

 苦し紛れの発言が飛び出るだけだった。


「そ、それは……伯爵家が受ける名誉でありますから、当主たる私が……」


「何もしてないお前が、ただ功績だけを掠め取るか……。受け取るならそれで構わぬが、次なる作物の改良も打診されるだろう。寒冷に強い野菜などをお望みと聞いている。お前にそれが出来るのか?」


「そ、それは……」


「功を受けるとは即ち、次なる労も期待されるという事だ。お前には、その労を何一つ期待できない」


 グスティンが断言し、スヴァンが深々と頷く。

 だが、その期待できないという一言が、フレデリクには我慢ならず声を上げた。


「お言葉ですが、閣下! 私はエルディス様、無二の親友! 彼のお傍でしかと労を務めていたのです! 公爵家の重臣としての誇りがあり、これからも支えていく自信がございます!」


「お前がか」


 グスティンの表情に、怒りも落胆も浮いていない。

 ただ無表情で見つめるだけだが、その声には嘲笑めいたものが混じっていた。


「私がお前に、父と同じ事を許すつもりは全くない。お前を頼みにしないし、傍に置くこともしない」


「な……! バークレンは分家筆頭! 何より代々、公爵家に忠誠を誓ってきた家柄! それを蔑ろにするなど……!」


「許されないか。誰が許さない? ……お前か? 他の分家か?」


 更に強くなる視線に圧され、フレデリクは言葉を飲み込んだ。

 額の汗を拭う素振りで、その視線から逃れた。


「今日、ここにやって来た理由の一つは、セイラ嬢に直接謝意を捧げたかったからだ。彼女が分家として行った、我が家に対しての奉仕は、それに値する」


「ご尤もでございます」


 スヴァンが深く頷いた後、重々しい声でフレデリクに言い放った。


「そして、バークレン伯。良くお聞きなさるが宜しい。閣下から、二つ目の理由と沙汰をお言い渡しになる」


「沙汰……?」


「バークレン伯爵家は、その爵位剥奪のうえ取り潰しとする。現領は一度公爵家が接収し、次いで相応しい者を新たに任命。フレデリク・バークレンは、この場で逮捕する」


 グスティンが朗々と宣言すると、スヴァンが羊皮紙で作られた正式な書面を高々と掲げた。

 そこには今グスティンが言った内容を、より詳細にした内容が書かれている。

 当然、そこには公爵家の決定を意味する公用印まで押されていた。


 騎士二名が進み出て、フレデリクを左右から拘束する。

 ビルギットが悲鳴を上げ、マルグリットは掴み掛からんと手を伸ばしたが、それを家令のオルガスが押し止めた。


 両腕を拘束されたフレデリクは、最初こそ暴れようと身を捩ったものの、無意味と察してすぐに諦めた。

 だが、不当な沙汰という態度は崩さない。


 顔には絶望めいた表情が浮いて、慈悲をせがんでいるものの、そこに反省の色は全く浮かんでいなかった。

 何故こんな目に遭うのか、この期に及んでもまだ理解できていない。


「閣下! 何故!? 我がバークレンは、公爵家のもっとも信頼厚き忠臣! それを!」


「何故? むしろ、何故分からないのか、その方が疑問だ」


「アレを追放したからですか!? あの無能を! 今まで育ててやっただけでも感謝してしかるべきだというのに! ――そうか、あれが閣下に泣き付いたのですか!」


「話を聞いていたか? 私はセイラ嬢がここにいると思って足を運んだのだ。お前を捕らえるだけなら、出頭命令を出して城で待っていた。わざわざ自ら足を運ぶものか。彼女への敬意を示したいから、こうして足を運んだのだ」


 氷の様な冷めた視線で言い放たれ、フレデリクは口惜しそうに言葉を飲み込む。

 グスティンとしても、ここで単に連れて行くだけでは、もはや気が済まなかった。


 自分が何をしたか、そして何をしなかったか理解させ、それを家中の者達にも理解させなくてはならない使命感に駆られた。

 何故なら、家中の者八割に渡り、逮捕の意味を理解していない。


 そして、セイラが家でどういう扱いを受けていたのかも、そこから推察できた。

 彼女の名誉の為にも、ここで言ってやらねばならなかった。

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