認められない現実 その2

「どぉぉして、あんな言われ方されなきゃいけないのよぉぉぉ!!」


 セイラは自室に戻るなり、ベッドにダイブした。

 そのまま顔を枕に押し付けて、心が思うままに叫び散らす。

 事の発端は、例の魔力測定だか検査だかにある。


 本来ならば、どこぞの施設に足を運んで検査するのだが、バークレン家は貴族だ。

 それも伯爵家という、そこそこ良い家柄でもある。

 足を運ぶのではなく、足を運ばせ検査させる立場なのだ。


 だから、客間にて両親立ち会いの元、検査は順調に進んだ。

 その結果、セイラに出て来た適性属性は『草』。

 王国の歴史上、存在すら知られていなかった希少属性が、セイラに備わっていると知られた瞬間だった。


 驚きはあったが、悪くない。

 母は水属性、父は地属性、どちらも極一般的で、貴族社会においても特筆するほど高い魔力でもなかった。

 トンビが鷹を生むとでも言うのか、希少性を得たのだから、褒められると思ったのだ。


 しかし、両親の眼差しは冷たかった。

 元より初めて見る顔で、愛着など欠片もない。

 それでも誇れるものが一つあれば、何かと鼻が高いと思ったのだ。


『そんな属性を得て、どうしようと言うのだ……』


『幾ら希少とはいえ、草でしょう? それで何をするの? 雑草刈りにでも使えというのかしら。……家の恥だわ』


『全くの手探りで、ろくに使えない属性を鍛える意味などあるまい。素直に地属性か水属性であれば、教本など幾らでもあったものを……』


 夢から覚めるまでの辛抱だ。

 初めからこの親への愛情などないし、気に入られる必要などない。

 そう思って、この儀式めいた検査にも付き合っていた。


 そこへ降って来た、あまりに辛辣な言葉である。

 家の恥だと言い切った冷め切った視線、その両方が元よりセイラを愛していないと、告げているかの様だった。


 セイラが我がまま放題で癇癪持ちだったろう事は、メイドの反応から見ても推して知れる。

 それは一重に、親の教育、家庭環境があったからではないか。

 子供は親から受ける感情に敏感だ。


 普段から親にあの様な視線を向けられているのなら、セイラもまた色々と拗らせようというものだろう。

 他人のお家事情がどれだけ酷かろうとも、自分の預かり知らぬ事とはいえ、これが我が身に降りかかるというのなら話は別だ。


「見返してやる!」


 枕に顔を埋めたまま、力いっぱい叫ぶ。

 だが、よくよく考えてみると、そんな事を考える必要も、する必要もないのだ。


 この家とは目が覚めるまでの関係でしかなく、何より、このバークレン家が没落すると知っている。

 小説ではシン悪役令嬢に、つまらない難癖でセイラが断罪されてしまう。

 それを切っ掛けにお家まで波及していくのだが……、事実とは若干異なる。


 バークレン伯爵家の取り潰しが先にあって、それを誰も知らない内に学園内で利用した結果、断罪という形で現れただけなのだ。

 父親の不祥事が明るみに出て、それを公爵家が然るべき対応をした結果、お家の取り潰しとなった。

 公になる前の出来事なので、シン悪役令嬢に学園から去れと言われて本当に去ってしまい、周囲の度肝を抜くシーンとなった。


 その悪役令嬢たる、フェルトバーク公爵令嬢エレオノーラの強権ぶりが、作中に現れる切っ掛けでもある。

 いくら公爵家とはいえ、小さな難癖で一生徒を退学に出来る権力などない。


 出来るとしても、精々が一日謹慎させる程度なもので、本当に翌日いなくなっているとは誰も思わなかった。

 セイラは取り巻きの一人でもあったのに、身内の令嬢さえ慈悲は見せず、その権威に誰もが逆らってはならない、と恐れられる事になる。


「でも、重要なのはそこじゃないのよね……」


 普通なら、自己の責任において回避すれば良いだけの話だ。

 エレオノーラに近付かないとか、不興を買わない努力をするとか、幾らかやりようはある。


 だが、実際に起きた事は、父の不祥事の結果でしかない。

 例え、エレオノーラがヒステリーの末断罪しなくても、セイラは学園を去るしか無かったろう。

 没落するのは避けられず、その内容次第では母ともども修道院送りか、或いは野垂れ死ぬかする事になる。


「あんな親とも思えぬ他人なんてどうなっても良いけど、自分もそれに巻き込まれるのは笑えないわ……!」


 第一、没落を避けたくとも、親の不祥事を止められない、というのが痛い。

 この世界では女性の権利はまだまだ弱く、父や夫に意見する事は許されない風潮がある。

 小説の中でも、そうした男尊女卑は幾らか見られた。


 そこに幼い娘から、仕事に対する忠言なり進言となれば――。

 娘の評価が一層下がった今なら、折檻だけで済めば御の字だろう。

 親の仕事に口出しするな、と激高されるのが目に見えるようだ。


「とはいえねぇ……! 今から挽回できるかっていうのも……」


 不祥事の原因となるのは、父の借金が原因だ。

 収入に見合わぬ賭博を繰り返し、その借金を返済させる為に、罪人を賄賂で助けていた。

 ――伯爵家の権威を利用して。


 バークレンはフェルトバーク公爵家の幾つもある分家の一つであり、そして筆頭分家でもある。

 収める領地も相応に広く、現公爵家当主からの信頼も厚い。


 本来なら不祥事など起こしてはならないのだが、その賭博仲間こそが公爵家当主なのだ。

 若くして公爵位を継いだものの、領政を省みず放蕩の限りを尽くした。

 親友という立ち位置を崩したくない父はそれに付き合い、そして賭博で身を崩したのだった。


 その現公爵閣下こそ諸悪の根源とも言えるが、その付き合いを無くせなど、仕事に口出しするより無理筋だと分かる。

 つまり、どう足掻いても父の浪費は解消できず、そして結果借金を負うのも避けられない。

 そうなれば、良からぬ企みで身持ちを崩すのも、また同様に避けられないだろう。


「アホくさぁぁぁ!!」


 枕に顔を埋めながら、足をバタバタと布団に叩き付けた。

 避けられないというのなら、素直に没落してしまえば良い。

 助けたいという愛着も、伯爵家という特権に執着もない。


 夢から覚めれば、こんな馬鹿げた状況も終わりになる。

 そう、思うのに――。


「どうして、いつまで経っても覚めないのよ!」


「先程から小うるさいですよ、お嬢様」


 頭上から平坦な声が聞こえて、うっそりと顔を上げる。

 そこにはやはり、平坦な表情をして見下ろすカーリアがいた。


「何ですか、帰って来るなりベッドにダイブおあそばされたりして。よっぽど酷い属性でも引き当てたんですか?」


「酷いかどうか知らないけど、希少属性の『草』を引き当てたわ」


「……ハッ!」


「何よ、あんた! いま鼻で笑った!?」


 ガバリと身を起こし、食ってかかろうと腕を伸ばしたが、それをひらりとカーリアは躱す。


「まぁまぁ、宜しいんじゃございませんか。ところで話は変わりますけど、午後に行うお庭の整備にご協力いただいても?」


「話変わってないじゃないのよ! 嫌味なの!? 当てつけなの!? 大体、そんなこと令嬢にやらそうとするな!」


「だって……それなら、そんな属性、何に使えるんです? 普段から役立たずなんですから、せめてこういうところで役立って下さいよ」


「何たる言い草! 令嬢なのよ、私は!」


「あ、うまいですねー」


「そんなつもりで言ったんじゃないッ!」


 ウガー、と唸りながら掴み掛かるが、ひょいひょいと躱されてしまう。

 ベッドから降りて掛かっても、さながら闘牛士の如く、寸での所でいなされて、服の端さえ掴めない。


「それで、一体どうしたんですか。下手に希少属性を引き当てただけじゃ、あんな意味不明な戯言を枕に向かって言わないと思いますけど」


「何であんたはそう、何か一つでも暴言含めないと、言葉を喋れないのよ」


 げんなりと息を吐くと、いつの間にやら背後に回っていたカーリアに腰を捕まれ、そのまま姿見近くの椅子に座らされてしまった。

 メイド技能なのか知らないが、抵抗する暇もない、意識の外から来る早業だ。


 返事をどう返すか迷っていると、そのまま髪を解いて、元の髪型に戻された。

 衣装替えの時は流石に立ったが、これもまた早業で室内用の動きやすく質素なワンピースドレスに着替えさせられてしまう。


 思わず無言のまま目で追って、その仕事ぶりをまじまじと観察した。

 伯爵家に仕えるメイドだけあって、有能であるのは間違いないらしい。


 これであの暴言と表情さえどうにか出来れば、どこの屋敷でも引く手数多だろう。

 逆に言うと、問題があるから、こんな問題令嬢の所に来てしまっているのだ。


「さ、終わりましたよ。……何か変なこと、考えていらっしゃいますね」


「別に……。あんたも苦労してるのねぇ、と思って……」


「齢六つのご令嬢に、そんな同情を頂けるとは思いませんでした。――その頭、かち割りますよ」


「何でよ!? 暴力が一足飛びに近付きすぎなのよ! ――その手をしまえ!」


 チョップの形で持ち上げた手を、小さな手で必死に抑えて留める。

 しかし、力量差は歴然で、大した抵抗も出来ず、額に落とされてしまった。

 その上、一度ならず三度叩かれ、更にもう片方の手も追加して、リズミカルに叩き始める。


「あら、良い音ですね。とても良い音が出ますよ。出る所に出れば、お金を稼げるかもしれません」


「私の頭は楽器じゃない! こっちが出るとこ出たっていいのよ!?」


 タイミングを見計らって横から払い、下から顔を顰めて睨み付ける。

 そうすると、カーリアも素直に手を止めて、口の端にあるかないかの笑みを浮かべた。


「少しはご気分、晴れましたか? さぁさ、何が思ってベッドで唸ってたのか、このカーリアに教えて下さいな」


「いや、なに良いことしてあげた、みたいな雰囲気させてんのよ。そんな励まし方あってたまるか! 馬鹿なの!?」


「あら、嫌ですわ。すっかりヘソ曲げちゃって……」


 カーリアはシナを作って頬に手を当てると、わざとらしく息を吐いてから、改めて顔を向けてくる。


「ところで話変わりますけど、午後からのお庭、まずは東側から始めようと思うんですけど――」


「だから、話変わってないでしょ! やらないっての! 勝手にやってなさい!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る