第7話 閑話(プリエ・ルミエールの場合1)

 私はプリエ・ルミエール。男爵家の第一令嬢……でした。


 うちは名ばかりの貴族で、下手をすれば平民よりも貧乏。他の男爵家は商売などで手堅く儲けているのだけれど、うちは過去に幾度か失敗していて商売を諦めた経緯があって内職で暮らしている。ちなみに得られる税金は国に納める分と、領地の修繕費で消える。

 あまりに貧乏なため、何度も爵位返上を願い出ているのだけれど……何やら因縁があって男爵家をつぶすわけにはいかないと受理されず、貧乏貴族のままずっといる。

 いっそ平民になってバリバリ働いたほうがよほど儲かるのに……。


 しかもね、貴族というのは金がかかるのよ!

 見栄のためにかけるお金なんてうちにはないのに、それでもかけないとダメだそう。ふざけんな。

 歴代の当主が毎年、爵位返上の嘆願を出しているけれど受理されたことはなく、最低限かかる見栄のための費用を貸し出されているってわけ。つまりは借金ですね。ふざけんな。


 ――そんな極貧男爵家なので、本来はお茶会などもってのほか、貴族学校に通うお金すらない。……なのですが、学園は貴族の義務なので通わなくてはならないのだと。マジふざけんな。

 返すあてのない借金をさらに増やしつつ用意をし、学園に行く前日に私は両親に諭された。

 要約すると、

『ひたすらヘコヘコして調子を合わせておけば、からまれない。そして、可能なら小金持ちの男をつかまえて玉の輿に乗れ』

 だ。なんなら手堅く稼いでいる次男以下を婿養子にしてもよいそう。

 次期当主の弟にも、ぜひとも私に継いでほしいと言われている。気持ちはわかるけど私だって継ぎたくないので手堅い商売をしている男爵家の令息を、なんとしてでもゲットしたい。本音は裕福な平民に嫁ぎたい。


 私は学園に入り、媚びへつらいまくった。「おっしゃる通りでございます!」を必ず言うようにしている。そしてもうひと言。

「うちはそこらの平民よりも貧乏でして! えぇ、まったくもってお金がないのでございます!」

 これは、『あら、喉が渇いたわ。そこの貴女、何か飲み物を持ってきてちょうだい』などと言われないようにするためだ。

 よもや、うちよりはるかに良い暮らしをしている人たちが私に集ろうなどと思っているワケがないと思いたいが、貴族は下々の者から搾取するのを当たり前のように思っているイキモノだ。他所の本物の貴族はうちのように、領民に「税率を上げたら出て行くぞ」と脅されつつ税金を納めていただいているエセ貴族とは違うのだ。


 そうやって媚びへつらいまくった結果、いじめられもせず学園生活を送ることができた。いや、それどころか私を支援してくれる人も出てきたのだ!

 ちょっとどころではなくいばりくさっているけれど、ちょっとおだてあげるだけで調子に乗ってくれていろいろ買ってくれたり奢ってくれたりするので、たいへん扱いやすい。

 おバカちゃんなのかな? と内心思っていたけれど意外や意外、上位の成績だった。特に剣術が素晴らしく、騎士団長の息子を打ち負かしている。魔術も使えるし、いばりくさるだけあったのよ。

 彼はイディオ様。グラン公爵家の跡取りなのですって。名乗られたときに驚いて腰を抜かしたら、なぜか気に入られたのよね……。


 そんなある日、彼に拉致されて王宮に連れてこられた。

 離宮だって訂正されたけれどどうだっていいわ! そんなトコに連れてくるな! 場違いにもほどがあるだろーが!

 そして、そこで幼女を紹介された。庭で遊んでいたらしく、平民服が泥んこだった。

 えぇ? ここって離宮……つまり王族が住む場所よね? なんで平民が庭で遊んでいるのよ?

 ……って思ったら、第三王女! 良かった変なこと言わなくて!

 さっそく媚びへつらいまくったら、幼女が満面の笑みで手をつきだした。

「イディオの子分か! 私はパシアン! 姫さまと呼んでいいぞ!」


 …………悲鳴を上げなかった私を誰か褒めてほしい。

 姫さまが突き出した手に持っているのは虫だった! 私、虫が大嫌い。加えて貴族は皆、虫は汚物よりも汚い生き物として認識している。……姫さまは別として。

 悲鳴を呑み込み、引きつりながらもなんとか笑顔を返したら。

「ギャーーーー!!!!!」

 姫さまは、私の服に虫をくっつけた!


 それから幾度となく、イディオ様は私を離宮に連れて行った。

 姫さまの言う通り、イディオ様は私を子分扱いして姫さまの前で褒めたたえさせ、さらには姫さまのイジメ避けに使っている! 私だって虫は苦手だよ、無理! 媚びまくりの私だけれど、そしてお金はかからないけれど、虫は無理なの!

 そのことを、姫さまの顔色をうかがいつつ出来るだけ不快にさせないように懸命に伝えたら、姫さまはしぶしぶながらもわかってくれた。

「うむ……徐々に慣らしていくとして。じゃあ、こっちはどうだ?」

 眼前に蛙を突き出された。卒倒した。


 そんなことが何度もあり、私はさすがにイディオ様に訴えた。もう姫さまの仕打ちに耐えられないので、離宮に連れていってくれるなと。

 イディオ様は深くうなずいて、

「次のパーティでパシアンに宣言する」

 とか言い出した。


 大丈夫かしらこの人? と、思ったけれど成績上位の公爵家令息に「大丈夫ですか」と聞けるわけもなくお任せしたら、大丈夫じゃなかった。

 いきなり大声で『婚約を破棄する』って……王女に何言ってんのこの人!? アタマ大丈夫!?

 しかも、私と婚約!? 巻き込まないでよ! 私は確かに玉の輿に乗りたいけれど、公爵家当主夫人になりたいわけじゃない! 同じ男爵家の、手堅い商売をやってるおうちに嫁ぎたいんだよ!

 特にお前との結婚はぜったいに御免だ!

 ……と、ショックが抜けきったあとに思ったのだけれど、当時はあまりのことに放心状態で、されるがままになってしまった。

 気付いたら両親に詰問されていて、我に返った私は開口一番、

「あンのやろおぉ~!!!」

 と、大声で叫んだ。

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