第20話 護衛騎士、夫を断罪する
「伯爵の目は節穴ですか? この状態の奥方を見て、何も思わないのですか? 到底伯爵夫人とは思えないほどにガリガリに痩せ、服は平民よりも粗末だ。装飾品もつけていない。今の状態の夫人が贅沢をしているというのは他者から見たらそうとう無理がありますよ」
俺が思わず口を挟むと、ジャステ伯爵は俺を蔑んだように見た。
「そぅら、売女にたぶらかされた男が出てきたぞ。だが私は愚かな男どもとは違う。私だけは決して騙されない……!」
その言葉を聞いた俺は抜刀して、ジャステ伯爵の眼前に剣先を突きつけた。
「それは、騎士団を愚弄する発言と見なす。高潔なる騎士団は、か弱き者や虐げられし者を助けはするが、女の色香に惑うことなど決してない。騎士団の名誉にかけて、貴様の発言を正す」
ジャステ伯爵は、剣の切っ先を見て上っていた頭の血が下りたようだ。
俺はジャステ伯爵を睨んだまま話を続けた。
「今から私が質問することに対し『はい』か『いいえ』かで答えろ。まず、貴様は自分の妻以外の伯爵家令嬢や伯爵家夫人を見たことはあるか?」
ジャステ伯爵は質問の意味がわからずにいるようだが、返事をした。
「……無論、見たことがある」
「では、その夫人や令嬢がたとそこに立つ夫人は、同じ身なりをしているか? 服や装飾品を比べ、貴様の妻は他の伯爵夫人と比べて同等もしくはそれ以上なのか?」
ジャステ伯爵は、そこでようやく夫人の身なりに気がついたようだった。
「違うが、だが――」
「『はい』か『いいえ』かで答えろ」
ジャステ伯爵は唇を嚙み、
「いいえ、だ」
と答えた。
「体つきはどうだ。他の夫人は彼女のように痩せ細っているのか? 思い出せないなら、彼女の近くに立つ侍女と比べてみろ。どうなんだ?」
ジャステ伯爵はぐっと拳を握り、目を瞑る。
俺は切っ先で小突いた。
ジャステ伯爵は慌てて目を開き仰け反り、血の流れる眉間に手を当てた。
「目を開いてちゃんと現実を見ろ。どうなんだ!」
「…………使用人のほうが、肉付きがいい」
いいなんてもんじゃないけどな。正直、この身体で働けるのか? ってくらいふくよかだぞ。
「次は貴様の領民と比べてみろ。貴様の領民は、彼女と同じくらい貧しくみすぼらしいのか?」
「そんなわけはないだろう!? 私は、領民が良い暮らしになるように心を尽くして領地経営をしているんだ!」
伯爵が憤った。だから、『はい』か『いいえ』かで答えろっつってんだろーが。
「『いいえ』ってことだな。つまりは、彼女は伯爵夫人どころか使用人よりも平民よりも貧しくみすぼらしい状態だ、ということだ。……私の目にだけじゃなく、貴様の目にもそう映っているとわかって安心した」
俺はせせら笑う。
ジャステ伯爵は「でも――」とか「だが――」とかブツブツ言っていたので、トドメを刺した。
「じゃあ、こう言えばわかるか? 貴様は、貴様のご立派な母上――先代伯爵夫人と彼女を同等に扱っているのか?」
「こんな女と母上を同等に扱うわけがないだろう!?」
ジャステ伯爵が怒鳴った。
俺はジャステ伯爵に疑問を投げつけた。
「なぜだ? 彼女は現伯爵夫人だ。同等以上に扱わなければおかしいだろう。――魔法が使えない? それがどうした。それを理由に虐げているだけじゃないか。伯爵夫人が魔法を使う場面がどれだけあるんだ。先代伯爵夫人は毎日毎度、事あるごとに魔法を使っているとでもいうのか?」
俺がたたみ込むと伯爵が黙り込む。顔は真っ赤で、憤怒しているのかそれとも空っぽの脳みそが沸騰しているのかわからないな。
俺はジャステ伯爵を断罪する。
「貴様は、すべての罪を彼女にかぶせ、聞く耳を持たずに夫人を虐げていた、だけだ。そんな貴様が騎士の私に向かって愚かな男とはよく言った。私と貴様のどちらが正しいか、剣にかけて争おうじゃないか」
俺のせいで騎士団が舐められるのは非常にまずい。貴族は騎士団を失墜させたいと狙っているので、こういう輩はどんどん潰さないといけない、と騎士団長から教わっている。
ジャステ伯爵がぐるぐると葛藤している中、女性陣は話がまとまったらしく、伯爵夫人も姫さまもうんうんとうなずいている。大丈夫か? 姫さまと話が合うなんてとんでもないんだけど。
このカオスな渦中に飛び込んできたのが坊ちゃん。
「な――父上!? クソ、やはりその女が黒幕で、お前たちはその女の手先だったのか!」
「なんのだよ」
思わずツッコんでしまった。
姫さまは坊ちゃんを見て感心したように言った。
「貴族のか弱い男は皆似たような者が多いな。イディオもそうだった」
「一人息子とかじゃないですかね? イディオ様もそうでしたが、嫡男へのおべっかだっていうのに周りのおだてを真に受け自分は優秀だと勘違いした結果、思い込みの正義感に凝り固まり証拠もなく自分の気に入らない者を悪者に仕立てあげるんでしょうね」
俺が言い捨てると、坊ちゃんだけでなく伯爵にも刺さったらしい。二人して赤くなった。
先にキレたのは坊ちゃんで、俺をにらみつけて口を開いた。
「貴様ら! 全員まとめて捕まえてやる! 使用人たち、コイツらを捕まえろ!」
坊ちゃんが意気揚々と命令したが、誰一人として動かない。
「おい! 何をやってるんだ!」
いらだったように命令するが、全員が坊ちゃんを無視している。
俺は毒気が抜けて、ハァ、とため息をつくと剣を引き、しまった。
「今度は息子を説得するんですか。……もう、めんどうだから行きましょうよ姫さま」
俺が姫さまに向かって言うと、坊ちゃんが驚いたように俺と姫さまを見比べ上擦った声をあげた。
「ひ、姫さま、だと?」
執事が坊ちゃんに紹介した。
「こちらにおわす御方は、第三王女パシアン姫さまでございます」
「嘘だ!」
否定したよ。確かに気持ちはわかるけど。蛇を捕まえて追いかけ回す王女は姫さまくらいしかいないだろうしね。
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