第19話 姫さま、夫人に真相を語る

 俺は、連れてこられた女性を見て目が点になった。

 これ……虐げられているなんてモンじゃないぞ。

 使用人に引っ立てられているように引きずられてきている、ボロを纏ったガリガリの女性。……まさか、この方が伯爵夫人なのか? 本当に? いったい何があってこんな目に遭わされているんだよ?

 放り出されるように部屋に入れられ、さらには途中で足を引っかけられ、転んで倒れる。

 嘲笑する使用人。……最悪だ。

 俺がジャステ伯爵を睨むと、ジャステ伯爵は俺をバカにしたように笑った。

「もしかして、護衛騎士さまはうちの妻がお好みか? ……さすが、男をたぶらかす腕前は超一流だな、その売女は」

「何を言ってんだ?」

 ソッコーでツッコんだよ。なんでそうなった?

 あの状態の女性を見て、どうしてそんな感想が言えるのか、信じられない気持ちで伯爵を見つめた。

 その間に、姫さまは伯爵夫人に近寄っていた。

 そして、投げかけた。

「なんでがここにいるんだ? でもって、なんでやられたらやり返さないんだ?」

 その言葉に、俺も含めた全員が固まった。


 一番初めに自失から回復した俺は、姫さまに尋ねる。

「彼女、辺境伯当主なんですか?」

「その指輪をしているじゃないか、ホラ」

 彼女の細い指にピッタリとゴツい指輪がはめられている。

 宝石などの装飾はなく、どちらかというと武骨でちょっと奇妙な指輪だ。

 彼女も呆気にとられていた。

「わ……たしが、当主?」

「その指輪は、勇者の武器だぞ。使わないなら返してくれ。そもそも、あの地で魔物を討伐し続けると約束したから勇者が勇者の供に貸し与えたものなんだから」

 姫さま、空気を読まずにズイッと手のひらを出し、返せポーズをした。

 彼女は姫さまを呆けて見ていたが、ハッとして指輪を隠すように手で覆った。

「待って。――私は魔法を使えないの。そのせいで実家でも虐げられて、ここに売られたのよ。この指輪を魔法で使うんだとしたら、私は……」

「そうだ。その指輪は、使勇者の供に、勇者が、魔力で武器を作り出す魔導具を与えたのだ」

 全員、姫さまの発言に衝撃を受けた。

「……つまり、魔法が使えず膨大な魔力を持ってその魔導具を使いこなせる者こそが当主だと、そう言うんですか?」

 俺が確認すると、姫さまはうなずく。

「私の発言が信じられないなら、王宮に行って確認すればいい。王家の血筋の者なら、皆知っている常識だ」

 俺は、彼女を見た後ジャステ伯爵を見た。

 色男が台無し、って感じで目を剥いていた。

 信じられないのだろうが、姫さまはこんなんでも王族だ。離宮に閉じ込められみそっかす扱いされていたけれど、いつの間にか知らないうちに王族の教育はされていたっぽい。

 彼女は信じられないように指輪を見つめる。そして……指輪がだんだんと赤く輝きだした。

「「「ひっ」」」

 近くにいた使用人たちが怯えて後ずさる。

 ……今まで虐げてきたのは、やり返すことが出来ないと思っていたから。ところが、虐げてきた女性は伝説の勇者の武器を手にしているとわかったのだ。そりゃあ仕返しが怖いだろうね。


 指輪がどんどんと赤く輝き……指輪から赤い棒が生えた。

 おぉ、とは思ったが、……ちょっと武器としては微妙じゃないか? こんなんで魔物を倒せるのか?

「精度がイマイチだ」

 姫さまがガッカリしたように言った。あ、よかった精度がよくないせいみたい。

 彼女は申し訳なさそうに謝った。

「まだ慣れていなくて……。少し訓練すれば使いこなせます」

 彼女は顔を上げると立ち上がり、伯爵を見た。

 伯爵は、今までのやりとりを呆けたように見ていたが、彼女が立ち上がって自分を見たとたんに眉にしわを寄せる。

「離婚してください」

 彼女がそう言ったのを、伯爵は鼻で笑う。

「そんなふうに私の気をひこうとしても無駄だ。私はお前の醜悪な性根が大嫌いだからな」

 俺と姫さまはキョトンとしてしまった。会話がかみ合ってないんだけど?

 姫さまが夫人と伯爵を見比べて、

「離婚してください、じゃなくて離婚する、そして辺境伯に戻り辺境伯当主としての務めを全うする、って宣言して、武器を突きつけて離婚届を書かせるのだ」

 と、アドバイス……うん、ま、アドバイスをした。

「何を勝手な……!」

 伯爵が憤ったが、姫さまも彼女も意気投合したようにうなずきあってるし。

 やだ、勇者の子孫も勇者の供の子孫も、血の気が多すぎない?

「そもそもこの女は、辺境伯当主から『使い物にならないお荷物』として押しつけられたのだぞ! 勇者の供の子孫だからと血筋で母上が選んだだけの女だ! だが、手癖が悪く盗みは働くわ金は使い込むわ男はたぶらかすわでもらい受けたのを早々に後悔したのだ!」

「私はそんなことはしておりません!」

 伯爵夫人……いや、次期辺境伯当主が叫んだ。

「そうやっていつまでもとぼけられると思うなよ!」

「いったいその金や盗んだものはどこにあるというのですか!? 今までさんざん言いがかりをつけて、ろくに探しもしなかったではないですか!」

「お前が贅沢するために使い込んだのだろうが! 闇市で売られていたと執事が買い直したのだぞ!」

 執事が落ち着きはらって答えた。

「その際、『売りに出したのは若い男だった』と申し上げましたが……」

「それが男をたぶらかしている証拠だ! そう母上が言っていた!」

 俺は伯爵の発言に開いた口がふさがらなかった。

 ……なんでこの伯爵、こうも思い込みが強いんだ? 会話がかみ合わないんだけど?

 あと、マザコンだなこの男。『ママが言ったから』を連発しているもんな。

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