第21話 姫さま、離婚を奨める
全否定された姫さまはマジックバッグを漁ると、坊ちゃんに向かって何かを突き出した。
「この紋章が目に入らぬか」
ソレを見た俺は、目が点になった。
姫さまが手に持つソレは、明らかに王家の紋章だ。しかも国宝級のヤツだぞ。大きいだけでなく鑑定眼のない俺ですら分かるほどに高価そうな作りをしているんだから。
「ちょ、それ、どっから……」
俺はプルプルと震わせながら指した。また、勇者の宝物庫に入っていたとかなのか? でもソレはさすがに持ち出しちゃマズいだろ!
俺を見た姫さまが、かわいく言った。
「パパからもらったー」
「「「パパ!?」」」
全員の声がハモった。
姫さまはなんてことがないようにうなずいて言う。
「パパが、何かあったらこれを使いなさい、権限もくれる、って言った」
パパ……陛下のことだよな。パパ、って言うと威厳が急降下だぞ。あと、陛下と話すんだ。そしてパパって呼んでるんだ。
いろいろ駆け巡ったが、意外や意外、姫さまと陛下の親子関係は良好なようなのが判明した。放置していたからてっきり疎遠なんだとばかり……そうか、陛下は忙しいから手が回らないのか。
俺が護衛騎士になるまでの冒険者時代、魔物討伐で騎士団としょっちゅう合同討伐して周囲の町の被害確認やらなにやらもちょいちょい手伝っていたんだが、第一王子第二王子もだが陛下もその地まで赴いて、被害状況を確認して指示を飛ばしていたのを何度も見た。
貴族はドロドロの足の引っ張り合いをしているが、一部の貴族や特に王家はこの国がどういう国かをわかっていて、そのために奔走している。だから騎士団も冒険者ギルドも協力しているんだよな。
姫さまは腐っても王家の一員。間違ったことは正しているんだなぁと妙な感心を俺はした。
さすがに王家の紋章の威力は大きかった。どうみても本物、超豪華な大きい紋章なので坊ちゃんもさすがに何も言えない。というか、プルプル震えているし。自分が誰を怒鳴りつけ見下していたのかわかったか。
イディオ様も紋章があったらひれ伏したのか? ……いや、無理だろうなアイツは。
全員を黙らせた姫さまが厳かに告げた。
「ジャステ伯爵と夫人の離婚は、書類を書いて王家に送れば受理されるように私が一筆書いておく。同時に辺境伯当主も交代だ! 彼の地に戻って魔物討伐をよろしく頼むぞ! その指輪が使いこなせれば、千匹程度なら一瞬のハズだ」
え。そんなに強いの!?
それって騎士団が束になってかかるよりも強いんじゃ……というかすごいな勇者グッズ!
つか、そんな武器を使わないといけないような地なのかよ、辺境伯の土地って!
「……彼女の実家って、そんなに魔物が出るのですか?」
コッソリ姫さまに尋ねたら、首をひねりつつ曖昧に答えた。
「今はまだそんなでもない、と思う。けど、そのうちそうなるから、今のうちに正せて良かった。下手をしたら手遅れになるところだった」
ゾッとしたのは俺だけじゃないと思う。千匹程度一瞬で倒せる者がいないとダメな土地にそれが出来る者がいなくて、こんな場所で虐げられていたとか……下手をすると現辺境伯当主もこの伯爵家も重罪じゃないの?
憎悪を込めた笑顔で伯爵夫人は言い放った。
「離婚の手続きは書類を取り寄せてからになります。それまでは、この伯爵家でこれまでの分、たっぷりとお世話になりますわ。身体も元に戻したいですし、この指輪でこの辺り一帯を更地に出来るようになるまで精進させていただきます」
「離婚!?」
坊ちゃんが悲鳴のように叫んだ。
だけど、伯爵夫人は坊ちゃんをいっさい見ない。
坊ちゃんは、焦れるように伯爵夫人を指さして叫ぶ。
「り、離婚は出来ないぞ! そうやって父上の気を引こうとしたって無駄だって、父上もお祖母様も言っていたぞ!」
「安心しろ! 王家で権限を持つ者が離婚しろって言ってるから、出来るぞ!」
坊ちゃんの、父親と親子だなぁと感じさせる発言を、姫さまが朗らかに否定した。
焦った顔の坊ちゃん、相変わらず伯爵夫人を指さしたまま、姫さまに訴えた。
「こ、この女は犯罪者なんだ! この家からいろいろなものを盗んだんだ!」
俺は、坊ちゃんの言い方が気になった。……彼女はもしかしたら産みの母親じゃないのかな? 贅沢三昧の義母に懐かない息子のような反応だ。
つか、彼女のどこをどう見たって贅沢三昧しているようには見えないんだけど、ホンットこの伯爵家にいる連中ってどんな節穴アイなんだ?
俺は再度言った。
「坊ちゃん。あなたのお父様同様、あなたも物が良く見えないようですね。あなたの指さしたその人は、あなた自身よりも太っていますか? あなたのその衣装よりきらびやかな服を着ていますか? あなたが彼女の服を着ろ、と言われたらどう思いますか?」
言われてようやくハッとしたように、彼女を見た。
「……でも……」
さらに姫さまが何度目かの爆弾発言をした。
「あと、何を勘違いしているのかわからないんだが、彼女は辺境伯の一族の者だから、望めば金品を差し出さなくてはならないぞ?」
全員、姫さまを見た。
注目された姫さまは、腰に手を当てフンスと鼻を鳴らすと言った。
「当たり前だろう! 辺境伯は、一族総出で魔物討伐に当たっているんだぞ! 武器を揃え防具を揃え兵を鍛えるのは無料じゃないんだ! 守ってもらっているんだから、身代が潰れようとも望むだけの金品を差し出すのが常識だ! 盗む、じゃない。彼女が欲するのなら与えるのだ!」
……そうか。そういや騎士団もけっこう優遇してもらっているもんな。貴族はそれが不満なんだけど。
もはや建て前になっていたその常識は、姫さまには通用しない。だって姫さまは生粋の王族だから。
特に姫さまはまだ幼い。年が経てばそううまくいかないのがわかってくるのかもしれな…………いや無理そう。
姫さまは、ジャステ伯爵に向かって言い切った。
「特に彼女は次期辺境伯当主だ。伯爵家に嫁いだのが金品を貢がせるためならば、望むだけくれてやらなくてはいけない。身代が潰れようが渡すのだ! 常識だぞ!」
姫さまの発言を聞いた伯爵夫人は……とっても怖い笑顔で周りを見渡した。
「王家の後押しもありますので、私は望みます。……まず、待遇の改善。今まで粗末な小屋に閉じ込められていましたから、ちゃんとした部屋……本館でなくても構いませんが、次期辺境伯当主であり現伯爵夫人にふさわしい部屋を望みます。
食事も、きちんと三食、今までのように一食食べられるか食べられないか、出てもカビたパンに腐りかけたスープではなく、ちゃんとした食事を望みます。
服も……そちらの伯爵家当主やそのご子息と同等の衣装を用意してください。……いえ、用意
うっわー。怖っ!
ま、当たり前だけど。今までよく生きてきたなって待遇だもんな。姫さまが寄らなけりゃ、大きな損失を国に与えていたことになるし、しかもそれは隠蔽されていたはずだったのだ。
「…………離婚には応じる。待遇の改善も認める。だが、息子は渡さない」
喉を絞るような声で伯爵が言った。
返す伯爵夫人の言葉は。
「私の息子は死にました――いえ、貴方と貴方が愛する母親に
だった。
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