第22話 姫さま、自身の真相を語る

 マジかよ!? 俺は伯爵夫人の言葉を聞いて驚愕し、ジャステ伯爵を見ると、ジャステ伯爵と坊ちゃんはがく然としていた。

 そんな二人を見た伯爵夫人は、冷笑して言った。

「私が我が子につけた名は、出生届に書き神父に届けた名は『ルイ』です。その子の名は違います。それに、私のかわいいルイは、産みの母親に対して『この女』などと言いません。抱きしめようとした母を突き飛ばし唾を吐いたりいたしません。歩み寄ろうとしている母に『近寄るな、汚い』『お前のような女を母親だと思ったことは一度もない』などという言葉を投げつけません。――どうせ、私の子はひそかに殺して、貴方の大好きな母上と通じ産ませたのがその子なのでしょう? そうしたら『私の産んだ子』として世間をあざむけるでしょうからね!」

「「なっ!?」」

 坊ちゃんは目を見開き、父である伯爵を見た。

 伯爵は目をつり上げ、彼女に歩み寄ろうとし――、指輪の赤い棒を眼前に突き出されて止まった。

「……貴様。俺を侮辱するにもほどがあるぞ」

「侮辱? 本当のことでしょう? 実際、家系図でもルイは取り消し線で消されているじゃないの。……私のかわいいルイは殺されました。その子――貴方の大好きな母親と貴方が通じて産んだ子を入れ替えるために。貴方たちジャステ伯爵家なら、絶対にやるわ!」

 そう叫ぶと目に狂気をにじませて嗤った。


「姫さま、決着がついたようですのでまいりましょう」

 俺は遁走をはかることにした。これ以上ここにいたら姫さまの情操教育によろしくない。会話の途中から俺は姫さまの耳を両手で塞いでいたからね! 幼い姫さまに聞かせる内容じゃないだろ、まったく。

 姫さまはうなずいた。

「うむ。――確かにソイツは彼女を『ママ』って呼んでいないよな」

 姫さまが最後につぶやいた言葉を聞いて、凍りついていた坊ちゃんはますます凍りついた。

 夫人は朗らかに笑う。

「あら、確かに。さすがに『ママ』って呼ばれたら母親だって勘違いしてしまいますわね。……王妃殿下がうらやましいわ。私はルイから一度も聞かないまま……」

 夫人は最後の言葉をさみしそうに言った。

 ……坊ちゃんの歳で『ママ』はキツいな。でも、もしも言えたら許してもらえそうだぞ。頑張れ坊ちゃん。

 そして、意外と姫さまが陛下と王妃に懐いていた件について。毅然としたお二人がパパとママって呼ばれてどういう反応を示したんだろう? と、ちょっと気になった


 姫さまを押してすたこら歩き去った俺たちは、馬車に乗ってさっさと出立した。

「姫さま、夫人の件ですが本当に辺境伯当主になるのですか?」

「なってもらわないと困るぞ! 辺境伯の一族は代を経て戦闘民族になったのかもしれないが、あの地は特に強い魔物が出るからな。彼の地が突破されたとしても騎士団は手が回らない。冒険者ギルドで人をかき集めてもらい、食い止めないと蹂躙される地帯が広がる。一族を率いてバッサバッサとやっつけてもらわないと無理だ。こんなところでのんきに痴話喧嘩してる場合じゃないんだ」

 姫さまが辛辣に言った。

 ……それにしても。

「今って、けっこうまずい状況なんですか?」

 姫さまの話が気になる。姫さまは、『今後魔物の侵攻が増え強い魔物が出没する』前提で話しているのだ。……もしかして、姫さまは大冒険をしたくて離宮から旅立ったのではなく、各地を巡って勇者の供の子孫がちゃんと魔物を食い止めているか確認するために出てきたんじゃ無かろうか?

「わからないから冒険のついでに様子を見てくる」

 ついでかよ! ……となると、俺の役目ってけっこう重要なんじゃないか?


「……姫さま。俺に隠していることはありませんか?」

「ないぞ」

 即答した。……ホントかよ?

  俺は口調を正して真面目に姫さまに問いかける。

「姫さまを守りきるのが私の役目です。私は姫さまが冒険者の真似事をしたいと言うのでそれに見合う覚悟をしておりますが、もしもそれに魔物の侵攻の調査が加わっているのなら……考えを改めねばなりません」

 姫さまが俺を見た。そしてすぐにうつむく。

「…………それも、ちょっとある」

 ボソボソと姫さまが言い出した。

「私は、宝物庫を開けられて、勇者の魔導具がぜんぶ使えるから」

 …………え? それと何が関係するんだ?

「これ以上はあまり言えない。でも、無事に帰ったら、パパからアルジャンに話をすると思う」


 おいぃ~!?

 聞いてないぞ! 大ごとじゃねーかよ!

 あと、『パパ』とか軽く言ってるけどね、キミのパパ、王様だから! そこんとこわかってるのかな姫さま!?


 …………あー。すっげー嫌な予感がする。

 今の言い方。

 小さい頃から子分を探していたこと。

 …………つまりは。


「姫さまは、勇者なんですね?」

 俺が直球で尋ねたら、姫さまはモジモジしながら小さくうなずいた。

 …………あー。そうかよ。

 俺は『勇者の供』に選ばれたのか。


 俺は天を仰いで嘆息し、顔を戻してさらに大きくため息をついてから姫さまを見た。

「……姫さま。〝パパ〟に頼んで、俺の給料を上げてください。護衛騎士の給料じゃ見合わないと思うんで。……そしたら俺も覚悟を決めます」

 うつむいていた姫さまは弾けるように顔を上げ、ぶんぶんうなずいた。

 ――つか、俺の給料が高かったのって、もしかしてこのこともコミで? でも、もうちょっと上げてもらおうっと。

 だってよ……。


 この時期に勇者が出た、姫さまが勇者になったって事は。

 姫さまのパパが王家の紋章を渡し、姫さまに権限を与えたのは。

 姫さまが彼女を辺境伯当主と認めて辺境伯領に行くように再三促しているのは。


 魔王が復活するのか。


 俺、魔王討伐のメンバーじゃん。しかも、俺一人しかいないんですけど。

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