第23話 姫さま、パパと語る

 ――時は戻り、アルジャンが東奔西走し、パシアン姫が王宮に預けられていたとき。


「パパー」

 執務室で書類を整理していた王が顔を上げると、そこには末娘のパシアンがいた。

「どうした? 一人か?」

 王が手を広げると、パシアンはテテテッと走りより、王に抱っこされた。

 パシアンは、結果冷遇されているが家族に冷たくされているわけではない。

 ただ、王族全員が多忙なだけなのだ。

「アルジャンの代わりの護衛は役立たずだから置いてきた。パパ、私、宝物庫の扉が開けられたよ」

 王が固まる。

「だから、冒険ついでに様子を見てくる。途中でお供が掴まえられたら掴まえる。でも、最悪アルジャンだけ」

 王はしばらく黙っていたが、ため息をついた。

「お供はアルジャンだけでいいのかい?」

「うん」

「様子を見るだけだよ。危なそうだったら戻ってくるんだ。みんなで戦わないといけないからね。絶対に、無事に帰っておいで」

「うん」

「帰ってきたら――お話を聞かせておくれ。お前が次の王になるのだから、絶対に無理をするんじゃないぞ」

「わかった」

 王はパシアンを下ろした。

「本当に、護衛はいらないのかい?」

「いらない。宝物庫の、全部使えたから。冒険の途中で見つける」

「そうか。……念のため、お前に権限をやるから、好きなように動きなさい。お前が言ったことは、すべて叶う」

 王は隠し金庫を開けると、小箱を出し、王家の紋章を取り出す。そして『第三王女パシアンに、一時的に王と同等の権限を渡す。尚、期間は定めない』と正式な書状を書き国璽を押すと、紋章と書状をパシアンに渡した。

「ん。わかった。じゃあ、行ってくる」

 パシアンは王に手を振ると、執務室から出て行った。


 王はパシアンに手を振り返し、執務室の扉が閉まると椅子に倒れ込んだ。

「嫌な予感はしていたんだ……。これは天命なのだろうな……。あんなに幼いのに、なんという……」

 遅く出来た子だったし、生まれてくる前は多少甘やかそうと思っていたのだ。

 上の子たちはどの子も優秀で政治と関わり合いのある婚姻を結んだが歳の離れた末娘なら多少わがままに育ってもいいし、降嫁も政治とは関係ない中立の穏やかな学者貴族にしようと考えていた。


 ところが、パシアンが生まれる前後に近年最大級の魔物の被害があり、その対応で全員が追われた。

 パシアンの育児と環境に関してある程度の指示は飛ばしたがあとは王宮にいる侍女たちに判断を任せて政務と討伐対応に奔走し、生まれてきたパシアンの顔は見れず、気付いたときには小さな離宮の片隅で泥んこになりながら平民の護衛騎士と遊び倒しているありさまだった。

 王妃も高齢出産になったので産後の肥立ちがよくなく、ちょっと無理をすると寝込む日々が続いている。

 王妃の執務を手分けして行っているが、どうしても漏れが多く目が行き届かない。パシアンの境遇はまさしくそのことで起きてしまった

 思わず額を押さえたが、楽しそうだったのでそのまま伸び伸びと育つのもいいかと考えた。

 決して、陰から見ている自分に気づいたパシアンがパッと自分を見つけ、「パパー」と駆けよってきたことに喜び、下手に王女教育をしたらこの純粋な子供っぽさがなくなってしまうのではないかと考えたわけではない。

 王はパシアンが不自由なく暮らせるように予算を増やし、もう少し華やかな離宮に移動するように指示したが、それが守られているか確認する間もなくまた仕事に追われていった。


 最初の手違いにより、パシアンは離宮勤めの使用人たちに侮られてしまっていたため予算は着服され、何もしない侍女がつけられ、次に王が気付いたときには手遅れだった。

 王は離宮勤めの全員を解雇、着服した者たちは捕らえて魔物討伐の前線に行かせる処分を下し、改めてパシアンに教育係をつけようとしたが、本人が断った。

「べんきょうは、じぶんでするからいいよ。おしごとがんばってね、パパ」

 この言葉に陥落した王は、パシアンの自由にさせることにした。

 そして、パシアンがどの子よりも聡く強いのもこのときに理解した。

 手違いでは済まないような事態が降り注ぐが、その逆境にくじけず自身で学んでいるパシアン。現在就いている護衛騎士は平民だが名のある冒険者だという。


 ……娘は、勇者なのではないか? とこのときふと思った。

 王家は勇者の血を引くが、勇者の使用した魔導具はほとんど扱えない。特に、宝物庫に収められた魔物討伐用の勇者専用魔導具は。使えないどころか宝物庫が開けられる者が歴代でも数名だった。血が薄まったのではなく、何かの能力が足りないのか勇者の息子ですら使えなかったという。

 使えたのは、勇者と勇者に選ばれし供だそうだ。

 最近とみに魔物が活発化しているし、その危機に勇者の霊が降臨して娘に宿った――という恐ろしい考えが思い浮かんで慌てて首を振った。


 勇者の旅は過酷で、勇者自身、恵まれた人生ではなかったという。

 隣国で生まれ、魔物討伐を押しつけられ、協力者のおかげでどうにか魔王を倒し、そして魔物を侵入させない楔のため小国の王にさせられた。

 王になってからの人生は、ひたすら魔物を抑えるための布石を打つためにささげられたという。


 …………そんな人生を娘に歩ませるのか。

 出来れば違ってほしいと願いつつ、王は娘の降嫁先を探し、歳近い公爵家嫡男を選んだ。

 政治方面に力は入れておらず安定した領地経営をしている。

 穏やかな公爵家夫妻の姿を思い出し、息子も優秀だとの噂を聞いていたためそこに打診したのだが、それもまた失敗だった。


 イディオは、穏やかな公爵夫妻にまったく似ていないとんでもないバカ息子だったのだ。

 優秀だからと周りが褒めたたえすぎて、とんでもなくつけあがっててしまっていた。公爵家夫妻を筆頭に周りも穏やかな使用人や家庭教師ばかり。いい気になって威張り散らす息子の舵が取れない。


 パシアンとの出会いはある意味運命の出会いだった。出会ってはいけない二人、という意味で。

 イディオの相手はパシアンにしか出来ないという意味でも運命的だった。

 バカにしているパシアンに負け続け泣かされているイディオは、パシアンに勝つべく訓練するので同級生でも頭一つ抜けて優秀だった。

 だがそのせいで、うぬぼれもどんどんとつよくなっていってしまった。

 そして、六つも年上の男子に勝つパシアンも異常だった。


 結果、公衆の面前で婚約破棄。こんなことがあるのかと王は頭を抱えた。

 何もかも異常事態だが、パシアンは常に達観した雰囲気だ。

 早急に次の婚約者を選定しているが……パシアンが勇者となると話は別だ。

 どういう結末にしろ、無事戻ってきたらパシアンが王になる。

 婿を探さないといけなくなった。

「……魔王が復活したとしたら、娘の供の中で生き残った者になるだろうな」

 現在、候補はただ一人だ。

 元冒険者のアルジャン。

 共に戻ってきたら、侯爵に叙爵、もしくは公爵家に養子として入れてからパシアンと結婚になるだろう。いつ気づくかわからないが、気づいたときには覚悟をきめているだろう。

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