第44話 護衛騎士、異形と切り結ぶ①
まずい。
まずいまずいまずい。
それは、明らかに今まで出遭ってきた魔物と異なった。
人型なのに、腰から上が背中を合わせるように三人分の身体がくっついているのだ。
魔王の眷属。そんな単語が頭に浮かんだ。
……ちくしょう。Aランクの魔物は、
それを俺は……危険を避けたつもりが、危険に飛び込んじまった!!
「姫さま。俺の後ろに。ありったけの防護グッズで、身を固めてください。隙あらば逃げてください。馬車に乗り、王都へ向かい、騎士団を率いてください。……この国の平和は姫さまにかかっております」
俺はそれだけ言うと、勇者の剣を抜いた。
武器に頼るのは癪だが、それで勝てたら僥倖だ。
「アルジャン! 私の安否を気にするな。私は勇者だ。勇者の道具をすべて使える者なのだ!」
姫さまはそう叫ぶと、マジックバッグから何かをぶちまけた。
俺は地面を蹴り、異形に斬りかかる。
異形はぐるりと俺に向き直り、俺の剣を素手で受け止めた。
「ッ!」
俺はすぐさま離れ、剣を構え直した。
……勇者の剣でも斬れないのかよ。
俺は久しぶりに焦りを感じた。
俺は、謙虚に言っても剣術だけならこの国で強い方だ。騎士団最強の騎士団長に肩を並べるくらいに。その俺の剣が通用しないとなると、わりと絶望的なんだが。
クソ……けっこうなピンチだぞ。こんなんが野放しで、しかもこれ以上に強い奴がいるとかになったら、控えめに言っても世界的危機状況だろ!!
異形は俺に標的を決めたらしい。ものすごい勢いで突っ込んできた。
「……もってくれよ、勇者の剣」
俺は構えた剣で異形を受け……流した。
誰がそのまま受け止めるかよ! 俺はタンク職じゃねーんだよバーカ!
思ったよりスピードがなかったのも幸いした。速いことはやはり速いが、感じ取れないほどじゃない。
今まで戦った最速の魔物とか、姫さまの撃ち出す勇者の武具並みだからな。
勘で予測して、相手が動く前に避けないとダメっていうね。
受け流したことが幸いしたのか、あるいは弱い箇所だったのかわからないが、受け流したときに当たった異形の腕から血飛沫らしき体液が飛んだ。
「■■■■■■■■!!」
異形が、名状しがたい声で吠えた。
うわー……キモイ。コイツ、絶対に魔王の眷属だろ! 異形がこちらを睨むと、くるっと向きを変える。
「……マジかよ」
向きを変えた異形は手に持つ錫杖を振る。すると、俺のつけた傷が癒えた。
……まいったな。これ、勝ち目あるのか?
一撃で致命傷を与えなきゃ無理だろ。
俺は息を吐き出して気合いを入れて構える。
――当初の目標は、腕を切り落とす。
あの錫杖を持つ腕を切り落とせば回復出来ないだろ。
そして……いちいち向きを変えるのが気になる。
推測になるが、あの三面はそれぞれ役割を持ってるんじゃないか。錫杖を持つ手は癒やし担当、素手が物理で殴る担当。もう一つは……。
異形が向きを変えた。三つ目の向きだ。あの武器、姫さまと同じ……!?
「おわっ!!」
勘で避けた! 間一髪、武器から光が放たれ、俺の傍を通過した。
避けたが、アレは姫さまの武器と同じ魔法銃とやらだ! 連射がくる!
すべては避けきれず、何発か当たって吹っ飛んだ。
……俺は奇跡的に無事だった。
ハハ、奇跡じゃねーな。姫さまがばらまいた何かが爆発したよ。アレ、身代わり人形とやらだろ。
マジかよ当たったらあんなふうに爆散してたのかよ。
「姫さまの武器より物騒じゃねーか!」
転がり避けながら叫ぶ。
異形は笑い顔だ。いや、三つの顔は基本的に表情が変わらない。
物理担当が怒り顔、回復担当が泣き顔、飛び道具担当が笑い顔だ。
木に潜み、いったん呼吸を整えてまた再度アタックをかける。
アレはヤバい。
俺が本当に勇者の供ならば、姫さまが勇者ならば、ここでアレを仕留めなければならない。
「……頼むぞ勇者の剣!」
なんかすごいことを起こしてくれ!
「うおぉぉおお!」
特攻かましたらめっちゃ撃ってきた!
俺は、ほぼ反射的に、剣を振る。
――斬れた!!
「マジかよ!?」
自分でやっといてなんだけど! めっちゃ驚いたわ!
だけど、一応言っとく。
「来いや飛び道具担当! 全部斬ってやんよ!」
いや無理だろうけどな。
その後数発撃ってきて、奇跡のように斬った。
そしたら、物理担当に切り替わった。
……助かるわ。正直、まぐれだったから。
「仕切り直しだ」
俺は剣を構え直す。
物理担当は、俺をにらみながらゆっくりと構え……。
「■■■■■■■■!!」
急にのけぞって吠えた。
死角から、姫さまが回復担当に魔法銃を叩き込んだのだ。
姫さまの魔法弾は、正確に、連続して回復担当の肘を撃ち抜き、錫杖を持つ腕をもぎ取る。
さすが勇者!!
だが、その代償として、ターゲットが姫さまに移る。
こちらを向いていた物理担当が姫さまに向き直る。
「姫さま!! 逃げろ!」
俺は叫ぶが、物理担当は姫さまに走る。
しかも、飛び道具担当は俺をニヤニヤ笑いながら魔法銃を撃ってきやがった!
避けつつ追うが、姫さまに間に合わない!
物理担当が、姫さまに手刀を……
バチッ!
――反射のブローチで物理担当の腕は弾かれたが、姫さまも吹っ飛ぶ。
マジか! 威力によっては姫さまにも反射がいくのかよ!
千切れた紙が舞っているのは、防護の札だろう。一瞬で抜かれたか……。
姫さまは転がり、だがすぐ起き上がる。
泥だらけで、おまけに鼻血が出てるぞ。おい身代わり人形、仕事しろって!
物理担当は姫さまにゆっくり近寄っていく。姫さまは鼻血を手の甲で拭いながら、物理担当を睨みつけた。
「姫さま! 逃げろって!」
「背を向ける方が危ない!」
叫び返された。
そりゃごもっとも!
俺は必死に近寄ろうとするが、飛び道具担当の魔法銃がやっかいだった。
牽制のためにやたらめったら撃ってきやがる!
いったん木に隠れて、木々伝いに姫さまに近寄ろうとするが、異形の方が圧倒的に近い。
ヤバいヤバいヤバい!
もう、剣を投げつけようと決心したとき。
「……あーくそー!!」
横から何かの塊が、叫びながら突っ込んできた。
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