第43話 姫さま、Aランクの魔物討伐を諦める
なんとか姫さまをごまかして胸をなで下ろした俺は、いちおうギルドマスターに依頼内容を尋ねた。
あまりに危険な依頼だったら逆に姫さまを遠ざけないといけない。
第二王子の命令に従うわけではないが、つまらない戦闘で姫さまが命を落とすことになっては大変だ。魔王は勇者でなければ封印できないという伝説だからな……。真偽はともかく、まだまだ幼い姫さまをよけいな危険にさらしたくはない。
「今までいなかった地域に魔物が下りてきているんだよ。恐らくリーダー格が群れを率いて移動してきたんだと思う。リーダー格を殺ってくれたら雑魚の掃討はどうにでもなるだがな」
なるほど。その地域を聞き出した俺は言った。
「うん、分かった。じゃあそこには近寄らないことにする」
「「なんでだ!?」」
ギルドマスターと姫さまがハモって叫んだ。
「俺の現在の任務は護衛なんだ。依頼対象を危険にさらすことは絶対に出来ない」
キッパリ言い切ると、ギルドマスターが黙った。
姫さまが言いかけようとしたのを制して俺は言う。
「姫さま。ご自身の立場を思い返してください。もしも姫さまに万が一のことがあったらどうなるんですか?」
姫さまがぐっと詰まったが言い返してきた。
「ジェアンフォルミの巣のときは何も言わなかったじゃないか!」
「あれで懲りたんです」
すぐさま答えると、ぶっすー! と見事に膨れ上がった。
俺はさらに諭す。
「冒険者や騎士団でどうにかなる魔物は、任せておけばいいんです。姫さまには他に使命があるのでしょう? ……遠くからなら様子を見るのはかまいませんが、その前に、先に錬金術師を見つけて話を聞いてみましょう。供も護衛も少ない状況での無理は禁物です。もう少し護衛や供が見つかったら、再度調査いたしましょう」
「……わかった!」
膨れながらも返事をしてくれた。
姫さまをどうにか説得し、錬金術師の住居へ行った。めちゃくちゃ機嫌が悪いが、それでも姫さまを連れて討伐に行くことは考えられない。Aランクの依頼は姫さまの安否を気遣いながら片手間にこなせるようなものじゃない。防護の札やブローチはあるにしろ、俺くらいの強さで破壊されてしまうのなら、Aランクの魔物なら一発で破壊してくるだろうし、数の暴力があると身代わり人形は幾つあっても足りない。
ジェアンフォルミは、魔物自体はEランクで、群れでもCランクなのだから。
該当住所にたどり着いたが、人のいる気配がしない。
ドアをノックしたが、やはり反応が無かった。
仕方がないので隣の住人に尋ねる。
「あー。出かけたんじゃないのかな。いないときの方が多いよ。なんでも、材料集めが大変とか何とか」
マジか……。でも、ちゃんとした錬金術師みたいだな。
「姫さま。いかがしましょうか?」
「戻ってくるのを待つ間……」
「遠くからならいいですが、近寄るのはダメです。……姫さま、Aランクの依頼になるほどの討伐魔物の恐ろしさを舐めないでください。私一人ならともかく姫さまを守りながらでは、元Aランクの私ですらその依頼はこなせません。姫さまの防護のグッズもたやすく破壊されますし、魔物の群れに呑み込まれたら、身代わり人形は馬車に乗っている程度の数では足りません。――姫さまのおにいが腕利きの騎士団員を率いて倒すのが最善なのです」
私は繰り返し姫さまに諭した。
姫さまは口を開きかけて閉じ、そして思い直したように再度口を開いた。
「わかった。じゃあ、錬金術師を追いかけよう。そいつがどうなっているのか見届けたら、おにいに任せて次へ行く」
俺はそう言った姫さまの頭を撫でた。
「命を懸けて姫さまをお守りいたします。ですが姫さま、不必要な戦闘は避けていただければ私も助かります」
「うん」
聞きわけの良い姫さまを見ると無理をさせてしまってつらくなるが、これを呑むと俺の命だけでなく勇者の命まで散らす可能性がある。
「俺程度の腕の立つ勇者の供を数人……もっと言うと姫さまが騎士団を率いてくれれば多少無理をしてもいいんですけどね。せめて護衛をあと十人……」
姫さまのパパも、権限と紋章を与えてくれるならついでに騎士団小隊を与えてほしかったね! なんで学園中退の小僧を……しかも婚約破棄騒動を起こした坊ちゃん嬢ちゃんを寄越すんだよ!?
ってブツブツ愚痴りつつ憤っていたら、
「いい。様子を見るのは諦めるからそう嘆くな。勇者の供は……これから真面目に探すから」
と、姫さまに慰められたよ。
追いかける道中で錬金術師の行方を尋ねていくと、どうやら山林に入っていったらしい。
誰しもが『あの変わった奴』と言うので、そうとう変わっているんだろうなと思う。『見ればわかる』とも言われるよな。……そんなんをお供に加えるのか。ちょっと憂うつ。
でも山林に入ることが出来るのなら虫もは虫類も大丈夫だろうし、そもそも錬金術に使う材料を自分で採れて狩れるのなら、腕は立つんだろうな。
――――このときまで俺は、自分の判断が正しいと思っていた。
護衛任務で平和ボケしていた頭では思いつかなかったのだ。ふだんいない地域に魔物が群れで出没した理由を。
山林に入ると、不気味なまでに静まり返っていた。
この時点で異変に気づけば良かったのに、姫さまが魔物に襲われなくて良かったくらいにしか思っていなかった。
「静かでいい山林ですね」
「そうなのか? ……魔物でも出てきてくれたらおもしろいのに」
「面白くなくてけっこうですよ。何事もなく錬金術師をつかまえて話を……」
姫さまが立ち止まる。
俺も立ち止まった。
――それは、静かにたたずんでいた。
俺ですら見上げるほどの身の丈の、三面六臂の異形。
見たこともないそれは、何かの返り血で赤く染まっていた。
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