第30話 姫さま、蟻退治をする
森へ入るとさっそく魔物がいた。
「これはまたやっかいな……」
俺は思わずつぶやいてしまう。
ジェアンフォルミは、蟻が魔物化したものだと言われている。
救いなのはまださほど大きくないことだ。だが……うじゃうじゃいるということは、
これは、普通の蟻が魔物化するよりも困ったことになる。なんせ、ドミナシオンフォルミを倒さないと産み続けるからな。
生態に詳しいわけじゃないが、ドミナシオンフォルミはジェアンフォルミを産み、餌を狩りに行かせ、獲ってこれなくても産んだジェアンフォルミを喰ってさらに産む。このサイクルを繰り返す。
そのサイクルの速さと数は、ジェアンフォルミをすべて駆逐してドミナシオンフォルミを餓死させるより直接叩いた方が被害が少ないってくらい尋常じゃないそうだ。
姫さまはつぶやいた俺を見て、
「倒すのが難しい魔物なのか?」
と、尋ねてきた。
「いえ、倒すのはさほどでもありません。ただ、こいつらは際限なく生まれてきている可能性があります。そうなると、すべて駆逐しきる前にこちら側の体力が尽き、被害がさらに広がる可能性はあります」
俺がそう答えると、姫さまがうなずいた。
「コイツらを産み出している頭を探し、駆除する」
さすが勇者、ってことを言ってきた。
ジェアンフォルミは魔物化すると通常の蟻とは生態はもちろん行動が変わる。基本が団体行動になるのだ。群れというよりも歩兵隊のように行進し、連携するというよりも囲んで攻撃する。少ない隊列なら問題ないのだが、ここまで大部隊になるとかなり厄介だ。
「行進している連中のルートは避けて進みましょう。連中は行進から逸れることを厭うので、それだけでも少し戦闘が避けられます」
とはいえ、連中の目的は餌探しのはずなので、そうそう見逃してはもらえないだろうが……。
姫さまだから「連中すべてを倒すぞ!」とか言い出すかと思ったが、すんなりうなずいたのでホッとした。
頭をまず叩かないときりがないってことを理解していたか。ていうか、姫さまスゲェ。経験を踏んだ冒険者や騎士でもない限り、そこに至らないと思うんだけど。
行進するジェアンフォルミを避けつつ奴らの進行方向とは逆に進んだ。寄ってきた〝はぐれ〟と呼ばれる探索蟻は俺が剣で斬り捨てた。
進むほどにジェアンフォルミの数が増してくるな……。奴らの巣からはいくつもの進行方向があるので当然のことながら近づけば密集していく。今はまだ避けられるが、そのうち大群と戦わなければならない。
「姫さま……」
俺がそのことを進言しようとしたが、姫さまはうなずいた。
「わかっている。もう少し巣に近づいてから、新しい魔道具をお前に教えてやる」
……姫さまが、めっちゃ勇者だった。
だいぶ近づいてきた。これ以上近づけばこちらに向かってくる列が出そうだというところで、姫さまはマジックバッグからアイテムボックスの帯を取り出し、地面に置いて何かを取り出した。
「……それは……」
強いて言うなら、小さな小屋。両側は開いていて、中に何かが入っている。
「魔物が好む毒餌だ。小屋に入っているので雨に濡れないし、匂いは一定方向に流れていく。……離れるぞ、奴らがやってきた」
姫さまの解説を聞いた後、姫さまの言うとおり寄ってきたジェアンフォルミを確認して、慌てて姫さまを抱えると走って逃走した。
ジェアンフォルミは、はぐれ以外はルートから大きく外れることはない。何匹か外れてやってきたのを殺し、しばらく身を隠して奴らの隊列がどう変化するかを見ていた。
やがて、列が途切れる。後続がいなくなり、気配が消えたのを確認すると、姫さまに告げる。
「後続がいなくなったのを確認しました」
姫さまはうなずいて、
「よし、巣まで行ってみよう」
と言った。
あれほどゾロゾロと歩いていたジェアンフォルミはいなくなっていた。
連中が来た方向を辿っているが、さっきと違ってまったく見かけない。
そしてとうとう、大きな洞穴にたどり着いた。
「……正直、中に入って確認するのは安全面を考えるとおすすめできません」
俺一人だったら特攻をかますが、今は姫さまの護衛騎士、安全第一なので別の誰かに特攻かましてほしいと思っている。
「ジェアンフォルミなら、餌を見つけるまでは戻ってこないだろう? 確認するのなら今だ!」
姫さまが駄々をこねた。確かにそれは一理あるので俺も迷うところだが……。
「いつ戻ってくるかわからないからこそ、退路を断たれるような巣穴に潜り込むのは困るのです。ギルドに報告し別の冒険者に確認してもらうか、毒草を手に入れ巣穴に焚き込むか……。どちらにしろ一度引き返した方がいいかと」
姫さまがむーむーとうなっている。
「……巣穴に行くのは決定だ。アルジャン、お前の強さならもしも戻ってきても退路を切り開けるだろう? 他の冒険者には任せておけないのだ。これは、勇者案件だ!」
姫さまがキッパリと言い切った。
「――御意」
それが勇者である姫さまの判断なら、俺が勇者の供ならば、従うしかない。
巣穴を歩く。途中途中にある卵はすでに孵化して殻だけのようだ。だが、時間が許せば油を撒いて焼いておいたほうがいい。
いくつか横穴があったが、基本はうねりながら奥へ進んでいる。そして、最奥に一際大きく白いドミナシオンフォルミがひっくり返っていた。
かなり暴れたらしい。体液があちこちに飛び散っていて、さらにはここまで這ってきたように体液が伸びていた。どう考えても死んでいる。
「すごい効き目ですね」
俺は感心した。
姫さまは考え込むと、キョロキョロと辺りを見回す。
「アルジャン、もう少し調べるぞ」
「姫さま?」
姫さまはどうやら何かを探しているようだった。
あちこちをウロウロしている。
「姫さま? 何を探しているんですか?」
俺が声をかけてもむーむーと言いながらウロウロしている。
「……とりあえず、煙を出して消毒する魔道具を設置していく。消毒が終われば煙が消える。いぶされる前にここを撤退する」
けっきょく見つけられなかったらしい姫さまが諦めたように言った。
俺はまた繰り返し尋ねた。
「というか、何を探していたんですか?」
姫さまは準備をしつつチラッと俺を見て、むくれたように言った。
「……アレが発生した原因がどこかにないか調べていた。私では見つけられないのか……知識が足りないのか、原因はわからなかった。時間をかけると脱出できなくなるかもしれないので、今回は諦めた」
なるほど。そういうことか。
見つけられなかった姫さまの機嫌は悪い。
むくれたまま筒状のものをセットして床に置く。そして、筒状のものの上にある蓋を思い切り剥がしたら……!?
「姫さま!」
俺は姫さまを抱え、急いで踵を返し走った。
いきなり、姫さまのセットした筒状のものからものすごい勢いで煙が出たからだ。しかも、なんか有害そうなやつ。
「アレ、大丈夫なんですか!?」
「わからん。ただ、消毒効果は抜群らしい。魔物が巣くう建物や密閉空間で焚くと一網打尽だそうだぞ!」
「焚いた勇者も一網打尽って、意味なくないですかね!?」
煙に追われつつ必死で出口に走った。
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